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フエの夜


フエは夜しか知らない



王朝の拠点があった
当時の面影を残す遺跡がある
だが僕達が宿を決めた時にはもう街中に姿を隠してしまった


夕食を取りに出掛けると
久しく聞いていなかった都会の喧騒が聞こえてくる

大きい事が良い事であるかのように
ガラス窓の中から色とりどりの照明が道にまではみ出し
それに負けじと幾つもの黒い箱から飛び出してくる力強い音
中できらぎらした衣装に包まれた男女が
赤いソファに座って向き合っている


奥まで進んで行くと小さな屋台がこじんまりと数軒並んでやっている
ただ雰囲気とは違って屋台の人は威勢がいい

カンボジアから僕達のメニューに頻繁にのるお粥を食べる





そこから行きとは違う道を通ってホテルまで帰る
その途中に漢方がショーケースに並んだ小さなお店の前で
ポットに小さなお猪口を酌み交わす二人に呼び止められる

年長の人が小さな椅子を二つ出してきて僕達に薦めてくれる


座ると飲んでいたお猪口を身体にいいからと差し出してくる
その中身は身体に染み渡る中国茶
食後にはちょうどよいさっぱりした味だ

美味しいの意のベトナム語
ラットゴンを連呼する

気を良くしたのかちょっと待ってろ
という仕草をして店の中に入っていく

小さなグラスにお茶と同じような色の液体が入って渡される
匂いは強烈な癖のあるアルコール臭
彼はウイスキーと言いながら
店内に並べられている漢方の瓶を指差す

どうやらハブ酒のような物らしい

恐る恐る口にするとさっぱりとしたお茶の味を押しのけて
一気に身体の中で暴れて熱を作り出してくる
たったの一口で身体がびっくりして跳ね起きたみたいだ

僕達の反応を見て
年長の彼は嬉しそうにこの店でナンバーワンのやつだ
と言う


彼は僕達が解する解さずをいとわず
立て続けにベトナム語を話しかけてくる

素直に解らない顔をする時
彼は躊躇無くペンを掌に走らせて説明してくれる
僕達に対する興味に対して
愛二と少し覚えたベトナム語を何とか駆使する


年長の彼が何か一生懸命伝えようとしてくれる事が一つあるみたいだ
ただもう一人も何と言っていいのか解らないみたいで
どうしたもんかと困った顔をしている
そうしたら恥ずかしさも無く年長の彼が歌いだした

それを聞いてついつい笑ってしまった

もう一人の彼も大きく笑っている
年長の彼がこの歌を調子も音程も気にせず
実際めちゃくちゃだったのがおかしかったみたいだ
みんなで笑い合った




その歌はジングルベルの歌だった




そうだもうクリスマスなんだ




一体クリスマスがどんな意味があるかなんて置いておいて
クリスマスというそれなりに思い出しやすい日を利用して
過去を少し振り返る


今年はラオスでクリスマスを過ごす


記憶の中に碇を下ろす日
ラオスで過ごすその日は一体どういう日になるのだろう



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無償の愛


目の前に次々と供される沢山の料理
鶏に豚に牛に魚に野菜
子どもの時にテレビでやっていた日本昔話みたいに盛り付けられた山盛りのご飯
グラスが配られてビールが注がれる
揚げたライスペーパーがそこそこのお皿に添えられる
家族の団欒


20091222-7.jpg


ニーさんの家兼美容室兼マッサージ屋兼オフィス
そこにバスのチケットを頼みに向かった
その場でホーチミンシティから尋ねてきた親戚と共に
円卓を囲む


ヨー!


という調子の良いベトナムの乾杯の音頭
旅をしてきて久し振りの
絆の中に席を占める





伺う前に夕食を屋台で食べてきた
日が暮れても振り続けた雨の中
寒さに縮こまりながら暗い照明の中食べたチキンライス

勿論美味しかった
調子の良い屋台の主人が言葉を通じないのをものともせずに
僕達には少な目だった満足感の隙間を埋める様に
満面の笑みで固い握手をしてきた

ホイアンの狭い路地
寂しさからそれでもやはり満ちるには足りず
贅沢が身にしみてしまっているのだろうか
悲しいと思うべきなんだろうか
僕は食の満ちる感覚から解放されるべきなんだろうか
一体何の枯渇感なんだろう

兎に角もう一品ニーさんの家へ向かう道中探し続けていた





いつになく箸が伸びる
いや今まで伸びる先のお皿が無かっただけかもしれない

いくら空腹が少しあったとしても
満腹中枢はすぐに反応する
それでも箸は伸びる
そしてそれよりも先にニーさんの箸が
僕達のお皿へ料理を足してくる


枯渇感は食にあった訳では無いようだ


萎んだ身体は料理を口に入れる度に
ヨーという言葉を口にする度に膨れ満たされていく





一日冷たい雨に降られて少し身体が火照っている
それともこの場の熱にやられているのだろうか

今日話しかけてくれたお母さんが体調を気にしてくれる

食後にベトナムの万能薬という軟膏を使ってマッサージをしてくれる
お腹に頭に肩に身体中を
急に溜まった熱を解してくれる様に時間を掛けて入念に

意識がぼおっとしながらその揺れの中に漂う

これで今日ゆっくり寝れば大丈夫
もしダメならまたいつでも夜中でもいらっしゃい
またそんな事を言ってくれる
優しさに逆上せながら何とかお礼を言うと


いいのいいの私の新しい息子なんだから


ほぐれた熱は今度は顔の方へ押し寄せてくる




僕は一体この人達に何をしてあげられたのだろう
無償の愛をくれる人に何をしてあげられたのだろう
会ったのはつい数時間前だ

旅をして街を通り過ぎる
そこで沢山の人も目の前を通り過ぎる
その中には貴重な出会いも勿論含まれる

旅をして新しい場所を見続けていく
でも逆に言えば場所を去り続けて行く事だ
立ち去って行く事に意味はどこにあるのだろうか
出会う事にしか意味が無いのだろうか




どちらにしてもなんと幸せなんだろう
幸せに入り浸るような時間




ホイアンを立ち去る日
バスは朝発ではなく当然昼発を選ぶ

その前に美容室をまた訪れる


お母さんはいなかったがニーさんと旦那さんはいた
友達と共に朝のコーヒーを飲みながらやっぱり白く曇る空のした街を眺めた
ニーさんと今まで食べた事の無いホイアンのオムレツを食べる


20091222-8.jpg


昼のバスまで美容室で過ごした
街を眺めずに街の中で時間を流した

バスの時間までお母さんは姿を見せなかった
ニーさんがバス停まで見送りに来てくれる
その道中に前からバイクに乗ってやってくるお母さんをすぐに見つけた

手を振り合う
そうやって一瞬の別れが済んだ




ホイアンで出会ったお母さんは本当にお母さんだった


20091222-6.jpg




でもきっとこの一瞬は永遠に繋がる筈


近くにずっとずっとの永遠を象徴するような木が見下ろしていた


20091222-9.jpg


詐欺か親切か


岸に着きながら河の流れに上下する船ように
ゆっくりと時間に揺れているようなホイアンの街




愛二と朝食を食べて宿に戻った後だ
フエ行きのバスとその後ラオスへ行くバスのチケットを調べる為に
外へもう一度出た時だった


宿の目の前のバイク屋で1人の女性に声を掛けられた
僕の母親くらいの歳
優しく英語で語りかけられた

さて一泊といえども今日は朝から活動している
この時間を一体どうやって有効に利用しようか思案していた時だった

だから呼び止められて話しかけられた時は
つまりまだ何をするか決めていなかった訳で
特に考えもせずに立ち話の感覚でその場に立ち止まった

お母さんはバイクの修理にいるみたいだった
話をしていると
気に入られたかそれともこうやって観光客を引き入れているのか
家に来なさいという話になった

まだこの街に来て二三時間しか経っていない
だからどんな人がいるかも分からない
そしてこのお母さんとはまだ二三分しか話していない

お母さんは家には英語が上手な娘がいるし
マッサージとかも出来るし
それがもし嫌でも
そこで何もしなくてもいいから
お酒でもお茶でもしながら一緒に話でもしましょうって
バイクで送っていってあげるし
なんて親切に誘ってくれる

しかもバイクを直しているお兄さんにどれ位かかるか問いただし
時間が掛かると分かると
バイク屋に僕を今乗せて行きたいから代わりのバイクを貸してよ
何ていう遣り取りだろうと思われる事もしている


旅をしているなら素直に疑わしいシチュエーションだが
街の雰囲気とお母さんの顔が不思議ととげとげしいイメージをなくしている
だがそこが一番警戒すべきであるのは事実である

こんな優しそうなお母さんの顔を見ながら言うのは忍びなかったが
一応聞いてみる


僕あんまりお金が無くて、、、


そうしたらこっちの考えを汲み取ったのか
大丈夫
そんな事気にしなくて大丈夫だから
バイクで送るのなんて勿論タダよ


お母さんはやっぱりこの通り親切な人であってくれたという事に安心する
その優しさに乗じてもう一つどれ位の距離か尋ねる
そうしたらバイクで二三分だという

それなら歩いても帰ってこれる

その時にはもう行こうと思っていた


友達も今宿にいるので聞いてきます
少し待っててください



戻ってきた時には娘と息子がバイクで来ていた
お母さんは笑顔で僕達を迎えてくれる
ただバイクはまだ直っていない
僕達はお母さんにまた後でと言い残し
二人のバイクの後ろに乗って動き出す



着いた所はなんと美容室だった
内装は白い壁で覆われていてとてもキレイにしてある
どうなっているのかわからないまま薦められる席に座る
まさか結局あのお母さんも、、、
そんな悲しい妄想が頭をよぎる

娘さんは確かに英語が達者だった
ただ持ってきたラミネート加工の紙には
カットやカラーの値段がかかれている
裏にはマッサージ

信じたくない現実が今目の前で展開されているのか
一体こういう時はどうしたらいいのだろうか

ただお母さんは嫌ならいいと
飲み物でも飲みながら話でもって言っていたから
そんな子供みたいに
その時の記憶を頼りに娘さんに言ってみる


ちょっと今はこういうのは考えていないかな
さっきの話だと飲み物を飲んだりとか、、、


そしたらここには無いという話
あぁやっぱりそんなに都合の良い話は無いのだ
そう諦めそうになった時
娘さんが何を飲みたいのって聞き返してきた

何だか諦めきれない気持ちが悶々とあって
こっちにきてコーヒーをまだ飲んでいなかった事を思い出し
コーヒーと言うと
じゃあコーヒーを頼みますねって
誰かに頼んで買わせに行かせてしまった

一度疑心暗鬼の中に落ちてしまった心はすぐにうろたえる
いや外に買わせに行かせなくても大丈夫ですよ
それに、、、

みたいな素振りをすると
娘さんも察しがいいのか
大丈夫安いから
観光客が買ったら多分10,000ドンとかするだろうけど
私達が買えば5,000ドンだから



やってきたコーヒーは
ホイアンに来た時から街角でよく見ていた物だった
ホーチミンシティでもミトーでも味わっていない
この雨降る寒さの街に相応しい
ホットのコーヒーだ
ベトナムらしく濃くて美味しい

騒がしかった頭はやっと落ち着いた
それからは本当に話をしただけだった

彼女ニーさんの本業はツアーガイド
この美容室は副業みたいだ
アメリカ人に雇われて
ホイアンでの事をすべて任されているらしい

ホイアンという街について
ベトナムの歴史について
伝統料理のカオラオについて
さらにはバスの情報まで
色々な話を聞いた

フエ行きのバスを安く仕入れる事が出来るというニーさん
事前に調べたシンカフェのバス60,000ドンの三分の二の値段
なんと40,000ドンで行けるという
それは是非に頼みたいと思った


途中でお母さんも帰ってきた
今日はホーチミンシティから親戚一同が尋ねてきてくれているらしい
忙しそうにしている


僕達は邪魔にならないように席を立つ
きっともう一度遊びに来ます
バスのチケットもお願いしたいし




そうやって後にした

流石に帰りはバイクで送ってくれなかったけれども
コーヒーはきっかり5,000ドンだった




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Profile
    ふらふら何処かへ酒飲んで本読んで人と話してぼーっとして海に入って空飛んでバスに乗ってまたふらふら何処かへ、、何処へ?うーん。。とりあえずの試行錯誤継続鍛錬。

    2009年5月、日本を後にし、ゆっくりだけどそのうち加速予定。

    未熟ながらもなんとか自分の言葉で世界を書き起こしたい。ただいまその道中。


    name : LAN
    now : Quito ( Ecuador )
    latest update : 20120816
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