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歴史の卵

20120202









名前、風習、道具
などなど歴史を証明するモノは多々あれど
それを体現する一番のモノと言えば

人自身

ではないだろうか





今を生きる人々


人が考える歴史というものから連想するのだから
きっと当たらずとも遠からずと思う







親から子へ


語り継がれる童話伝説
教え込まれる伝統料理
そして贈られる名前

そうして数珠続きにやってきた歴史


大人になれば多くの知識を吸収する
雁字搦めにそして混ぜこぜになった中を生きるのに比べて
子供達はより純粋に歴史を表していると言えないか





パラグアイの41km地点
またの名をイグアス移住区

そこで僕達は幸運にもそんな子供達と接する機会を持った































五人で来た事をいいことに
クーラーのある一室を占拠して一週間泊まったペンション園田

そのうち殆どをダラダラと過ごした中での
ある一日の話






ダラダラしたいトップバッター僕と愛二はベッドでゴロゴロ
さすがに愛想をつかしたのか
ジュンコとツウとアヤカちゃんが買い物ついでに外にお散歩

すぐ近くのスーパーへ
その割りには帰りが遅いと思っていたら
何やら興奮して帰ってきた


「ちょー面白い子に会った」


名前をトモヤ君という小学3年生なのだが
ぽっちゃりというにはちょっと無理がある
というよりもビール腹のような体格

その子に三人が気に入られて
ずっと遊んでいたそうだ


「今日夕方からお姉ちゃん達がバレーの練習するんだけど
 遊びに来たらいいよ」


でっかいお菓子の袋に手を突っ込みながら
誘ってくれたのだという





スイッチオフ状態の僕達だったが
辛うじてスポーツは大好き

早速汚れてもいいような服に着替えて
意気揚々と教えられた場所へ

そこで僕達は中学生と高校生の
地元の女子バレーボールチームに混ざって
汗を流す事になった



彼女達は大会が近いというので
しっかりサポーターを付けて試合着

大変申し訳無く思いながらもオジサン達が
練習試合の相手をさせて貰える事になったのだが
久し振りの部活の雰囲気でとても楽しめた




20120202 (1)























彼女達は気軽に僕達に日本語で話し掛けてくれた

合間合間に、

「きゃー」とか「マジ?」とか

全然日本の子達と変わらないようなノリと言葉で
部活の雰囲気も相まって日本にいるような錯覚





でも、完全にその錯覚に覆われる事は無かった




まずはコートの周りに平らに広がる赤土の大地
そして彼女達どうしで喋り合う時に出てくる異国の言葉

日本人のような顔の子もいるし
こっちの血が何処かで入ったのだろう
彫りの深い顔をしている子もいる




錯覚が時々に襲ってきては払拭されて
兎に角不思議な感覚だった

























彼女達は部活が終わってから僕達を夕食に誘ってくれた


今まさに青春を謳歌する多感な女子学生諸君に
夕食を誘われてしまったのだ
どうしていいか正直言って戸惑ってしまった

日本にだって彼女達くらいの歳の知り合いなぞ
親戚にも居ないかもしれない


という訳でオジサンはもしもの時の為にと
いつも荷物の重さと戦っていながら
辛うじて一着、捨てずに持ち続けているYシャツを着て向かう


待ち合わせのレストランは
まあ、何ともない言ってみればファミリーレストランのような場所
でもきっとここら辺では一番の場所なのかもしれない

程なくしてみんなが集まると
さっきの汗泥にまみれた身体をしっかりと洗い流してきて
バッチリおめかしして来ていた

Yシャツあって良かった




さて、レストランに入ってメニューを見てビックリ

ONIGIRI に YAKISOBA などなど
完全なる和食の名が並んでいる

さすがイグアス移住区
と思いきや店員は日本語は一切ダメ
女子学生諸君がこっちの言葉でオーダー

これまた面白いクロスカウンターである















彼女達はやはり普通では無かった


いや、このパラグアイの中での感覚なら
別段特別な事は無いだろう

ただ、彼女達は日本語で僕達に喋りかけてくる
そして僕達は知っている日本の事を思い出して
そこと比較するのだ

そうなれば、やはり彼女達は特別な存在に思える



彼女達は日本語とスペイン語
そして現地のグアラニー語を解し
中には親がブラジル人だったりして
ポルトガル語を解したり

この地域には他にドイツやスイスからの移民も多いらしく
そっちの言葉を知っている子もいたりして



英語はおろかスペイン語にフランス語に中国語に
色んな言葉に挑戦しながら全然力及ばずの僕からしてみたら
既にその時点で神業に思えてしまうのだが

そんな事お構いなしに彼女達は
今の日本のドラマやジャニーズの話をふってくる

まあ、どちらかといえばそういう話の方が困ったりするが




20120202 (2)
























彼女達の中に特別というか異様に元気な子が一人
その名も牛、、

いやいや、アッキーナ



自分から

「私みんなから牛ってあだ名で呼ばれてるんですよねー」

なんて笑いながら言う子

バレーをやっている間も一番背が小さいのに一番元気だったのだが
実は今日やったチームはBチームで
彼女だけはAチーム、つまり一軍に所属しているというから驚き




そんな彼女は気圧され気味の僕達を前にも全く動じずに
ぐんぐん突っ込んでくる

彼女の好奇心はまさに純粋で勢いがあった




彼女の行っている日本語学校では
校内で二人だけ研修という形で日本に行くプログラムがあるという
そのプログラムに立候補して見事二週間程日本の地を踏んでいる


今の日本のドラマをしっかりネットでチェック
バラエティーだって芸能情報だって
いや政治も知っていたかもしれない


そんな彼女は将来日本に行きたいと言った





「でも、今お姉ちゃんが日本に言ってて
 私も行ったら両親だけになっちゃうから」





14歳の少女の言葉とは思えないような

一体彼女は何を背負い
そしてどこまでパワフルになる必要性を自分に課しているのだろうか





普通に日本語を喋り
最近の日本の事情も僕達よりも詳しいかもしれない



それでも、

ここから日本という『本土』を意識して
育ってきた彼女にはやはり
僕達とは逆の意味で日本は『特別』な存在として
受け止められているようだ

そしてそんな日本からやって来た僕達自身も
同じ日本語を喋りながらも
『特別』な存在として見られていたのかもしれない










彼女は何と次の日に自分の家に僕達を招待してくれた



大きな大きな敷地の中にある
木でできたまるっきりの日本家屋は
なんと彼女のお祖父さんが建てたものだという

移民でやってきた人達の
色々な試行錯誤の日々を容易に思い浮かべられる



エアコンがバッチリ効いた部屋で
大きなソファに大人5人がいつもの癖で
グターっとなっているにも関わらず
アッキーナはしっかりおもてなしをしてくれる

歳が倍も違うというのに
という気持ちはあるのだが
すっかり甘えてしまう




アッキーナがテレビを付けてビデオを繋げる

去年、ここイグアス移住区の移住50周年祭が行われた
そこでアッキーナが披露したというダンス
それを見せてくれたのだが

てっきり日本舞踊かかと思いきや
なんとそれはパラグアイの伝統舞踏であった


ビデオの中には日本舞踊を踊っている子達もいたが
彼女曰く


「だってカッコ悪いじゃん」


いや、ハッキリした物言いでヨロシイ





彼女はその時の衣装を実際に僕達に見せてくれた

不思議な踊りで
ドレスを着て笑顔で踊るのはいいのだが
なんとその頭の上に空瓶を載せるのだ



20120202 (3)



その空瓶を持たせてもらったのだが
メチャメチャ重い

一本だけでもスゴイというのに
なんとそれを何本も載せて
その本数を競ったりするらしい

ちなみにアッキーナは8本

こっちが見上げるだけでも首が痛い




ビデオの中では5人が一緒に踊っていたのだが
どうやらアッキーナが一番載せられるらしく
メインをはっていた

そしてその弾けんばかりの笑顔













彼女は何事にも一直線で真面目で
手を抜かない性格らしい



そんな彼女だからこそ

日本を意識しつつもパラグアイの環境に育ったという
ハッキリとした二つの文化が織り混ざった
このイグアス移住区の歴史を体現しているように見える


彼女はきっとそれを自分でも理解していて
さらに加速度を上げようとしている



何故日本に行きたいかを訊ねた



「何でもあるし楽しそうだし
 日本へ行って、がっぽがっぽ稼ぎたい!」



『がっぽがっぽ稼ぐ』なんざ
久し振りに聞いたセリフだ

でも、彼女はやっぱり全く物怖じせず
ハッキリとそれを言った

自信すら感じられる










普通と特別を自由に行き来できる彼女



今のご時世、確かにそれは強みかもしれない

自分に対する自信と相手が感じる説得力の理由
今までの歴史をしっかりと掴みきっているという事なのか


























彼女は僕達と別れた後、ご両親と話をしたのか
日本に行く決心がついたらしく
4月の新学期に日本の高校に行く事になった

パラグアイのイグアス移住区から日本の高校へ

彼女の夢は一歩近づいた
というより一つ叶った訳である



自分の高校時代を思い浮かべて
同級生に

『パラグアイから来ました』

と、日本人の顔をして綺麗な日本語で話されたら
それは人生変わってしまうくらいのインパクトを
持っていたかもしれない






是非ともアッキーナに頑張って欲しい






そしてがっぽがっぽ稼いだら
是非僕達をまた招待して欲しいモノである





20120202 (4)












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名前という証

20120131











快楽にヘロヘロになりながらも
何とか二泊で抜け出した僕達が次に向かった先

そこは長距離バスを途中下車して辿り着く場所





















失礼な話かもしれないが
パラグアイと聞いて何を思い浮かべるだろうか

恥ずかしながら僕自身、南米にまでやって来てなお
なかなかイメージをつかめない国というのが正直な所である


パラグアイに入って数日
首都であるアスンシオンで過ごしたはいいが
実際はリゾート地『ホテル内山田』に篭りっぱなしで
ハッキリいって実情は何も分かっていない




多くの人と同じく旅人にとっても情報は大事なモノで
同士での情報交換は結構頻繁に行われているが
その中にもパラグアイの情報は少ない

どうやら観光地らしい大遺跡や大絶景も無いようだ
というのを知ったのが入国後という状態
というか入国後にもそれくらいの状態になってしまうのだ




僕自身、どちらかといえば
あまり観光地化されている所は苦手といえば苦手ではあるし
多くの旅人と同じ様に
『レア』な場所に惹かれてしまう所はあるにはあるが
それにしても、

ここパラグアイの印象は























暑い





















悲しいかな、この一言になってしまう

僕の着眼点の狭さのせいなのか

何にしてもこのままでは
考えようでどうとでもなる『思い出』すら
作り出せなくなってしまう
(むしろここが『内山田』という国になってしまう危険性が)






と、心配していた


ここに来るまでは


























さっき、旅人の間で
あまりパラグアイの情報が無いと書いたが
その『あまり』の中に実は有名な場所が一箇所ある

それが『ペンション園田』

いわゆる日本人宿と言われる所だが
まだ始まって4年というのにその評価はうなぎのぼりと言う






そこへの行き方

アスンシオンから真東にあるブラジルとアルゼンチンとの
国境の町シウダデルエステ行きのバスに乗り
途中でバスの運転手に物申して降りるという

その駅の場所の名前、ズバリ





『41km地点』





一体これが何を表すか意味が分からないが
もしもの時の為に事前にグーグルマップで位置を調べようと
ペンション園田の住所を調べたら
やっぱり41km地点と書かれている

こんな住所で果たして表示されるのか?
なんて思って入力すると果たしてちゃんと出てきた


ちなみに日本国籍所有者にとって
南米で数少ないビザを必要とする国ブラジル
そのビザ取得が一番安く早く出来る
と噂のブラジル大使館がある街エンカルナシオン

僕達もそこにブラジルのビザを取りに
ペンション園田に宿泊中に向かったが
41km地点からシウダルエステ行きのバスを途中乗車
30km地点で途中下車して
そこでエンカルナシオン行きのバスに途中乗車


そこそこの土地の名前は文化や歴史が表れているモノだが
『41km地点』やら『30km地点』やら

きっとここは何も無いような荒野のような場所か
近代に人工的に入植があったような場所なんだろう
という想像がつく

つくにはつくが
それにしてもなんとも味気無い名前ではないか




この名前といい行き方といい、そして良い噂もあって
どうも惹かれてしまって僕達はペンション園田に向かった




この事は直接的にはパラグアイという国に対する
イメージを膨らませる事には繋がらなかったが
日本とパラグアイの関係を知る上では
大きな意味を持つ日々になった

イメージを持つには自分の経験や環境と比較するのが
一番てっとり早い様な気がするからそういった意味では
僕自身の中でのパラグアイの印象を
日本という媒介を通して作り出せた

と言えなくもないかもしれない



























事前情報ではこのペンション園田は
日本人が経営しているという話だった

世界中の日本人宿には
確かに日本人が現地に移り住み
経営されている例がゴマンとあるので
別にそれに関しては何の疑問も無かった


しかし、このペンション園田に関しては
そこがミソというか醍醐味なのだった









南米と日本の関わりを考えた時
まず思い浮かべるのがブラジルの一大日系コミュニティではなかろうか

日本にブラジル人が沢山出稼ぎで
トヨタやホンダの技術者としてやってきていたりするが
たまにその名前が『タカシ』だったり『ノボル』だったりするのを
聞いた事がある

これはまさにブラジルに昔
沢山の日本人が移住していったその証である訳である




ハワイと同じく沢山の日本人が政府の主導の元、移住し
そこで現地の人と丁寧に付き合いながら
必死にそれぞれの国作りに貢献した

そのお陰様で今の世界中の日本人の良いイメージが
作り上げられ、伝媒していった

というのが僕の持ってる日本の現代史観だった




自身の伝統を重んじながら『郷に入れば郷に従え』
という精神で、あくまでヨソモノであるという意識を
忘れずに出しゃばらずに尊重する

それが日本人は謙虚で働き者だというイメージにつながった

きっとそうだったんではなかろうかと僕は思っている





それが良い事か悪い事か
というのを今話そうという訳では無く
話というのは実はこのパラグアイにもその移住があったという事実

てっきり僕は移住はブラジルにしかないと思っていた
というよりもブラジルに沢山の日本人が移住した
という事実で満足してそれ以上気にしなかっただけかもしれない


実はその政府が主導した移民政策は
ブラジルだけでは無くペルー、ボリビア、そしてこのパラグアイも
南米中で行われていたというのだ





基本的に移民政策は
国同士が交渉して日本がパラグアイの土地を買い
そこに自国民を向かわせるというもの

その土地がとてもとても開発されていないような場所なのだが
政府は『広い自分の土地を持てる』という謳い文句で
人を募って送り出す




やはり園田さんがパラグアイに来た頃も
他の移住先と同じ様にそれはそれはヒドイ有様で
ジャングルの様な場所に連れてこられたそうである

そこを上に書いたように懸命に働いて
今ではパラグアイの中でもここ41km地点
またの名を『イグアス移住区』は
かなり余裕のある生活圏になったという











そう、そしてこのペンション園田のオーナー

確かに『日本人』かもしれないが
その実はパラグアイ生まれの日本人という事なのだ



このペンション園田があるのは
園田さんという50年程前に日本から
小学生の頃に移住された園田さんの家の敷地内にあり
オーナーはその息子さんがされている

つまり何と言えばいいだろうか
日本でいう日系二世である
(無理矢理言ってしまえばパ系二世であろうか)




園田さんは日本のNGO組織JICAと繋がり
ここに移住の歴史資料館を建てられたり
日本語学校やコミュニティの維持に熱心に取り組まれている方

そういう事もあってか
息子さんから働いている従業員の方まで
全員が気持ちの良い日本語を喋られる




そして驚くべき事が




最寄りのスーパーに買い物に行った時である

僕達が買い物をカゴにたらふく詰め込んでレジに向かう
世界中の何処でも見る景色

ハッキリ言って現地の言葉をなんとか聞き取るよりも
レジに表示される数字を見た方が確実で早いから
ついついそこを覗き込む癖がついてしまっているのだが
今回は覗き込もうとするする前にハッキリと



「一万九千四百グアラニーです」



と、日本語で言われてしまったのだ


別にその顔は日本人では無い
確かに彫りの深い南米のパラグアイの顔

『?』が頭に乗っている僕達の反応はいつもの事なのだろう
彼女は顔色一つ変えずにまた言った



「袋は要りますか」














ここの場所は確かにパラグアイの中では
公的には『41km地点』というが
別に『イグアス移住区』という名があった

それはたとえ昔、何も無い場所だったとしても
日本人が移住して来て開拓したという歴史があるという証である








20120131.jpg















泥沼の如し

20120129











僕が一番陥ってしまう落とし穴と言えば
それは『快楽』

というか進んで飛び込んでしまうかもしれない
















別に大した事はしていないのに
というかウユニ塩湖という世界でも稀有な景色を楽しんでおいて
一大イベントを自分が遣り切ったように錯覚させて
休憩しようとするのだからタチが悪い


そしてウユニ塩湖で出会ったカッコイイ『大人』の方々によって
普段点きの悪いお尻に火が点いたのはいいものの
あっという間に焦げ付いてしまうから
やっぱりこれもタチが悪い





17時間+26時間のバス移動

そうして見事に意思が焦げ付いた先に辿り着いた先
その名も『ホテル内山田』という快楽




20120129 (1)















よくあるホテルと名の付いたホステルや安宿
そう思われる方もいらっしゃるかもしれない

確かに、僕のブログにそうそうホテルなんぞ出てこないのだから
そう思って頂いて当然であるが
ここはれっきとしたパラグアイの首都
アスンシオンにあるホテル

正確にはビジネスホテルと言われるモノであるが
南米におられる日系企業で働いてらっしゃる駐在さん達や
日本からやってくる出張さん達に向けて建てられたモノである




実はここ、ホテルであるが南米を旅する旅人にはそれなりに有名で
その理由はサービス内容に価格である

朝食ビュッフェ付きで全部屋にエアコン完備という
それだけでも見事なサービスであるが
何より日系の人向けという事もあって
朝食ビュッフェは日本食でなんと納豆が食べれるというし
部屋には全てシャワーとトイレが付いていて
(ビジネスホテルだから当たり前か)
なんとバスタブが付いているとな

それで破格で泊まれるという
















破格とは一体どれくらいの値段か



前情報では15USドルで泊まれるという

旅人としてはうっとなってしまう値段だが
日本のビジネスホテルの値段を考えるまでもなく
周辺の先進国ブラジルやアルゼンチンと比べると
安宿の相部屋でも同じくらいの値段なのだから
これはやはり『破格』である














ただ、僕達はブラジルやアルゼンチンをまだ経験していない

むしろ南米一安いと言われるパラグアイと
争う程の物価のボリビアから来ているのだから
いきなりそんな所に逃げ込むなど反則である

周辺諸国を考えて破格なだけであって
パラグアイの物価から考えればやはりここは
『ホテル』なのだ

探せばもっと安いホステルはいくらでもある筈で













言わせてもらえば、

僕の意思もまだ長距離バスを経て
アスンシオンに降り立ったまではまだ元気だった


バスターミナルからタクシーを使ったのは致し方無い
夜中でもう移動手段が限られていたし
こちらは5人で安く済むだろうし
今旅は女の子も一緒である

それはそうとタクシーで初めに向かった先は
ホテル内山田の半額ちょっとで泊まれるという
謎の『日系福祉センター』

情報もあやふやで果たして宿泊施設を伴っているか定かでは無い
それでもタクシーの運転手に住所を見せるが
やはりというか、迷う

グルグル回って
タクシーの運転手は運ちゃん仲間に訊ねて
またグルグル
大きなショッピングモールの警備員に訊ねて
またグルグル

一体どれだけ経ったか
夜もすっかり更けて僕達も存在を危ぶみ出した末に
唐突に発見









みんなで飛び出してインターホンをポチ


全く反応が無い


この時点で僕の意思はもう殆ど無かったと言っていい

むしろこのまま反応が無い方がいい
とすら思っていたかもしれない

後ろを振り返ればタクシーの運転手が
一大仕事を終えた後の様にタバコを吸っている





程なくして大きな母屋の建物とは別の所から
どうやら従業員と思われる人が出てきた

彼女は怪訝そうな顔で何事かと訊ねてくる

初めは、
ここは確かに日系福祉センターだが宿泊施設では無い
という反応だった
しかしそのうち、予め言ってもらえないと
今は担当者が居ないのでどうも対応出来ない

と、名刺と連絡先を渡される

明日連絡してくれたら可能だという







うーむ困った

そういう感じでみんなでタクシーの周りに戻ると
なんと建物のゲートが開く

やっぱり日系福祉センターは
どんなにみすぼらしくとも我々日本人を見捨てないのか



となる訳も無く

高級車が出てきて走り去ると
すぐにゲートは閉まってしまった



思わせ振りな事しやがって!!
、、というか担当者っぽい人いたじゃないか!!



となっても我々しがない日本人にはどうする事も出来ず




















、、、、と、なると








知っている名前はあそこしかない




























という訳で我々ヘタレ日本人はタクシーを走らせて
ホテル内山田まで


タクシーの運転手もホテル内山田は知っているらしく
軽い笑顔をすら見せて音楽の音量を上げて快走

僕達も気分は何故か(いや理由は明らかだが)
快調で掛け声は「納豆!」





タクシーに少しチップを上げる余裕を見せ
立派な十七階建ての建物の中に乗り込む

























ロビーのカウンターには40歳前後の女性
なんと日本語を喋る

といってもカタコトでどうやら日系の方らしい
そのアクセントがまた独特なのだが
非常に丁寧に接して頂くのでどうもこっちも背筋が伸びる


本当にしっかりとしていて
部屋に僕達が入ったのを見計らって
内線で(部屋に電話がある事にまずビックリだが)
電話を掛けてきて

「お部屋は大丈夫ですか」

なんて聞いてくるのだ







ただ、







普段慣れていないこんなサービスをされるだけでもくすぐったいのに
その言葉が丁寧なところにカタコトなので、どうも肩透かしというか
失礼と分かりつつ少し笑いが出てしまうのも事実


いや、本当に素晴らしい事なのですが















さて、肝心の部屋


これがまたとんでも無かった




受付の女性は最初

「残念ながら今5人のお部屋は空いてませんで
 三人部屋があるのですがそれでもよろしければ、、」

と、申し訳なさそうに僕達に言う


いやいや、僕達としてはその部屋で
五人泊まれるのだから格安で願ったり叶ったりである
(ちなみにそれで日本円で一人1500円)

三階の部屋までの上りエレベーターでは誰が床で
誰の寝袋を使うかで盛り上がったりしていた






さて、部屋に入ってビックリ






まず入口を開ければ待合室のようなソファのある部屋が
多分ここだけで10畳はある
というかしっかりとしたキッチンが付いている

初め僕は部屋はここだけだと思った程
そこだけでもしっかりしていた


その部屋の奥に扉があって
そこを抜けると今度こそビックリ

温泉宿の大広間のように
ずーーーーーっと向こうに壁がある
(いや、言い過ぎてない
 確かに最初そういう実感を持った)



その中に三つのベットが
一つはシングル
一つは少し大きめなシングル
一つは完全なダブル

全然五人で寝れるし!!!




20120129 (2)





反対側の壁には一面に棚が
一番奥の棚の上には何故か10インチ位いのテレビ

この部屋の大きさには全く合ってないが
意味も無く付けてしまった


それにしても
さっきの待合室にエアコンはついてるし
こっちの部屋にはなんと大きなエアコンが二つもついている





文字通り僕達は部屋の中を走り回った
そして普段広げられない荷物を散らかし回った





















ハッキリ言ってこんな自己満足快楽
読まれても面白くないと思うが

こんな長くなろうと
是非、まだ書かせていただきたい


それ程このホテル内山田の快楽っぷりは凄かった





まず、寝るのが勿体無いと言いつつ
『超』快適に寝てしまうと
朝は意気揚々と食堂へ

そこには確かに日本食のビュッフェが


お目当ての納豆は寝過ごして
遅くに行った為に逃したのか発見出来なかったが
卵かけご飯に海苔にだし巻き卵に焼き魚に
あー、書けばキリがない素晴らしき日本の朝食



20120129 (3)








部屋に戻るともうチェックアウトの時間



どうするどうする



みんなあたふたあたふた

でも顔には既に笑顔
ずっと笑いっぱなし




チェックアウトの15分前

謎の日本福祉センターに電話する事を諦め
高らかに連泊を宣言


まあ、火を見るより明らか
みんな殆どパッキングやっていなかったし




20120129 (4)







その後の行動が早かった








もう一日このリゾートを満喫出来るという訳で
さっとみんな水着に着替えます

何故かと言えばこの内山田
まだ僕はその底力の半分もご紹介できていない



実はここにはテニスコートにバスケットゴールに
というスポーツ施設からプールまで完備



20120129 (5)




勿論遊び倒し
そのままなんとサウナへ!!


一日中遊びまくってヘトヘトだけど
それでも笑いっぱなしでホテル内山田を満喫したのです





20120129 (6)












あー、快楽


















それでもまだ内山田にはカラオケとゲームルームがあったとか
さらには内山田の隣に併設されている日本食レストラン
そこにルームサービスを頼む事も出来た

まだまだ奥が深い内山田



快楽とはまさに泥沼の如くである























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    ふらふら何処かへ酒飲んで本読んで人と話してぼーっとして海に入って空飛んでバスに乗ってまたふらふら何処かへ、、何処へ?うーん。。とりあえずの試行錯誤継続鍛錬。

    2009年5月、日本を後にし、ゆっくりだけどそのうち加速予定。

    未熟ながらもなんとか自分の言葉で世界を書き起こしたい。ただいまその道中。


    name : LAN
    now : Quito ( Ecuador )
    latest update : 20120816
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