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興奮の収束

一度何処かで経営破綻したと聞いていたネパールエアラインは
なんと今までこの旅で乗った飛行機の中で一番だった



だって



機内食ついてる!!!



20100430-4.jpg




CAさん達がエプロンを付け出した時の僕達の興奮といったらない

「まさかあれって!?」
「いやまさか!あんまり期待しすぎると痛い目に遭うぞ」

二人で騒いでいると
CAさんが笑顔でやってきた


そしてコップとビーナッツを渡してくれる




おおお!!




これは
昔懐かし機内で頂くピーナッツ!


飲み物は何か聞かれたので
ビールはあるかと訪ねると笑顔で頷く



ビーーール!


20100430-3.jpg


しかもタダ!!
巷で買ったら高くて絶対に買わないタイガービアですよ



いや確かに飛行機代として高いお金は払っているのだけれども

そんならそれをまかなう位飲んでやる!!



大人気無くビールをその後二本も頼んだ

オレンジジュースも頼んだ

コーヒーも頼んでやった

僕達のテーブルの上には一時期コップが四つずつ載っていた



遂に南アジアへと向かう興奮も手伝ってか
僕達は久し振りの機内サービスというものに感動しっぱなしだった



今まで使ってきたいわゆるLCCは
極限まで機内サービスを削ってチケットを安く抑えるというモノで
水やブランケットですら有料だったから
こんな至れり尽くせりな飛行機の旅は冷静で居る方が無理な話で



勿論バンコクーカトマンズ間にLCCが飛んでたら
そりゃあそっちを選びますけどね
飛んでいるのがネパールエアラインか
ビーアムエアラインっていうバングラデシュの飛行機しか飛んで無いんですからね

だったら

しょうがないです
もうがっつり満喫させて頂くしかありません





お腹一杯になって
ほろ酔いになって


そしたら


まあ眠くなってしまいます




あー!寝たくない!
こんな快適な時間
寝てしまったら勿体無い!!

寝るな愛二!




とか言いながら結局気が付いたら目を瞑っていて
しまった!って感じで目を開いたら着陸態勢に入っていた










窓の外を見る

山に囲まれた町カトマンズ

停電が多いと聞くがちゃんと街は道は
暗いといえども光に浮かび上がっている



どんどんと高度を下げていくにつれ
家々に車の輪郭がはっきりしてくる



一体どんな街なのか



上からだと今までの街との違いが判らない



そのまま擦れ擦れまで近づいていって



大きな衝撃の後に一度のバウンドがあって
世界で一番危険だと言われているカトマンズ空港へ無事に降り立った











ネパールはアライバルビザを認めている

つまり入国前にビザを取っていなくても
着いた空港のイミグレカウンターで直接購入できる

ただネットの情報によると
大体の人がビザ手続きをカウンターでするのに加えて
ネパール人の気質なのか世間話しながらゆっくりやるというので
かなりの時間並ぶ事になると言う

だから急いで並びなさいという注意書きが沢山書かれていた


という事で僕達も早く並びに行こうと少し急ぎ目に飛行機を出ようと
飛行機が着く前にすぐに立って荷物を取る




すると


「すいません」


と日本語で話し掛けられた




振り向くとデニムパンツにぱちっとしたTシャツ
それにハンチングを被った男の人が居た

格好は綺麗にしてあるけれども目付きはしっかりしていて
機内サービスに興奮している僕達や
旅行で日本から今まさにやってきましたという浮き足立った感も無く
すごく落ち着いた雰囲気


オッキーの第一印象はそんな感じ






事前に僕も調べていた事だが
カトマンズ空港から市内に行くまでにはタクシーしか手段が無い

オッキーは独りで来ていたので乗り合いを提案してきた訳だ


僕達も勿論人数が多い方が良かったし
話を聞いてみるとネパールは五年前にもやってきているという

しかも僕達が行こうと思っていた安宿街のタメルという所にオッキーも行こうとしている
僕達はガイドブックを持ってきていないし何より地図すら今の所無い


それにやはり噂の南アジア

インド程では無いけれども
客引きのしつこさは東南アジアの比にならないと
何処にも書いてある

空港のアライバルのゲートには
いつも沢山の人でひしめき合っているけれども
その殆どが迎えではなくて客引きであるという


そんな所に、しかも夜着いてしまったのだからその危険度もぐっと増す
東南アジアを廻ってきたといってもやはり別の場所では勝手が違う
何処まで押せるか、どのタイミングで引くか

経験者のオッキーが居る事は僕達にはかなり大きな事だった








実際アライバルゲートに向かっていくと
ガラスの向こうに夜だというのに柵に人が群がっている



そこに向かう前に何故かゲートのこっち側で客引きをしている人に話し掛けられる

その人の提示した額は一人100ネパールルピー
1ルピーは大体1.3円くらい

事前の調べによると空港からタメルまで
タクシーで大体300、400ルピーくらいなら良しという話を聞いていたので
今いきなり三人で300ルピーと言われた事に少し拍子抜けしてしまった


ちょっとここでネパールどんなものか試してみようか
そんな感じで200でどうか、と聞いてみた

そしたらちょっとごねたけれども
あっけなくそれでいいと言い出した



この拍子抜けな感じはどっちなんだろう



実は相場が下がっていたのか
それともこいつはただのホンとの客引きで
別のやつに引き渡してそれっきりの感じなのか



どちらにしてもガラスのすぐ向こうには沢山の人が居るし
一刻も早くこの場所から離れてタメルにとりあえず向かいたい

とりあえず飛び込んでみるかでその客引きについていった



一緒にゲートを潜り抜けると
一気に沢山の人が回りに群がってきた

口々に言いたい事を言いまくる
自分の事だけじゃなくて

「一体いくらで乗るんだ!?」
「こいつは信用するな!」

車に乗り込む直前までそれは続いた
一体自分は誰と交渉しているのかつい忘れてしまうくらいだ







車に乗り込んでやっと解放されると思いきやそうでもない

やはりさっきのは客引きで今車を運転しているのと
助手席で日本語で話しかけてくるネパール人は別の人だ


すかさず向こうは宿は決まっているのかと聞いてくる


どこの国でもそうだが
大きなバスターミナルや空港からのタクシーやトゥクトゥクにバイクタクシーなんかも
大抵ホテルやゲストハウスと繋がっている

何とか贔屓のゲストハウスに連れて行って
宿のオーナーからお小遣いを貰う訳だ



オッキーが強い口調でタメルで降ろしてくれればいいとつっぱねる



その押し問答は降りるまで続いた

オッキーがしっかりと場所を覚えていて
ここでいいから降ろしてくれと言ったのだ

もしオッキーが居なくて僕達だけだったら
そんな判断は出来ないからもうちょっと面倒な事になっていたに違いない





タクシーから降りる




そこには真っ暗な街が蠢いて居た


20100430-5.jpg


所々にたまに光るバイクとタクシーのヘッドライトが照らすだけで
街自体は光っていない
人達は影になって動き回っている

道が細く吸い込まれるように向こうへ繋がっている
何世代前かのスズキの小型車がその奥から湧き出てくる
道ががたがたなのはライトが上下に大きく揺れているので判る


不思議な喧騒がそこにあって
何だか吸い込まれそうにそこに歩いていきそうになるけれども
まだまだタクシーから解放されていなかった


タクシーの運転手は案の定というか
一人200ルピーだとごねだした


僕達はそんなおとぼけを今まで何度も聞いているから
乗る前にも何度も確認したしそんな事で動じる事も無い

勝手にしろって感じである

僕としては早くあの暗く吸い込まれるような道に行きたくてしょうがなかった
もう早く200ルピーだけ渡してそこを立ち去りたかった

ただそこはオッキーの素晴らしい所で
きちんと説明しながら結局200だけ渡し
渋々運転手達は立ち去った






オッキーが真っ暗な道を歩いて行く



五年前に一度来ただけとは思えないくらい
オッキーの足取りはしっかりしていて
昔に泊まった宿などに辿り着く




数軒の宿を回ってみるも
何処もオッキーが言っていた額よりも随分と高い

どうやら物価が上がっているのかもしれない


そんな中ある一人の客引きと交渉し
20分くらい街角で立ちながらやっと最低額を手に入れて
僕達はある路地のまた路地に入った大きな六階建てのゲストハウスの501へ

ここはイギリス式なので501とはつまりは6階の事であり
重い重いリュックを背負いながら勿論エレベーターのついていない
暗い階段を延々登って最上階の三人部屋に泊まる事にした







ばたっとベットに横になる






天井には今日アユタヤの電車の中で想像していた通りの
乳白色に少し濁った様な色のファンが廻っていた





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残された時間


待ちに待った出発の日

次は一体何時ここに戻ってこれるだろうか
でもそれでも僕の足に迷いは無い


尚吾が駅まで見送りに来てくれた
窓から今年最後になるだろう尚吾の姿に手を振る







電車は夜行で十何時間も揺られてやってきた人達で一杯だ
みんなぐったりとして静かに席に座っている

バンコクへ向かう電車



外の景色を見る事も無く
前夜のお酒を身体の中に感じながら目を閉じる

今日の夜には既に違う新しい土地で
何処かのゲストハウスのベットに横になって
天井に回るファンを見上げているだろう

そんな景色が瞼の裏に浮かび上がる



今日中にはそこに居る筈なのだ








いつの間にかバンコクに着いている





残された時間の中の二時間があっという間に過ぎた

着々と近づいている
新しい土地にいるきっと新しくなる自分との対面





アユタヤで出会った人と会う

彼女は僕達を車で迎えに来てくれ
そして空港まで送ってくれた


一度しか出会ってなかったのに
会社を抜けて一緒に空港で昼食を食べ
しかも払ってもらってしまった


20100430-2.jpg




話は淡々と進む

話が盛り上がる時というのは
過去の時間の共有と未来の時間の共有

「あそこで何をしたか」

という話と

「今度何かしたいよね」






でも僕達には今それが出来無い


過去一度しか出会っていないばかりか
僕達はもうあとちょっとしたら長くタイを離れるのだから

彼女の好意はすごく身に染みる
是非今度またどこかで会いましょう
と言ってみるもどうしても軽い言葉になってしまう


最後にこんな出会いがあったのに
これで終わってしまうのはすごく嫌だ





でも




それでも僕は先へ進む





お礼を言って空港のゲートをくぐる




そこには沢山の人がイミグレーションカウンターの前で並んでいる

みんなそれぞれのパスポートを握り締めて
何処かに旅立とうとしている






結局飛行機は三時間遅れた





でもそれでもその時間はやって来た





バンコクの蛇腹のような天井は
奥へ吸い込まれるような気にさせる



20100430-1.jpg



それぞれの物語の始まり


あっという間に時は過ぎて今日は三人での最後の夜
そしてアユタヤ最後の夜


もうここから僕は西へ向かう

ここ東南アジアを遂に離れる







台湾に長く居た時
僕の心は何かに押し潰されそうだった

幸か不幸か考える時間が沢山あった僕は
その相手が何かもわかっていた

でも勝手に回転する
考える事をやめない僕の頭は必要以上にぐるぐると廻り続ける



台湾を離れようとする時
僕は殆ど発狂するような気持ちが一気に雪崩れ込んで熱を持ち始めた



新しい土地へ!

旅への熱がまた勢いよく燃え出した



本来の予定ならタイに一ヶ月それからラオスに抜けて
行けていなかった北ラオスを見て廻り
またタイのバンコクに戻ってから南アジアへと向かう筈だった






そんなだらだらしてらんない!

今、今すぐにでも新しいモノを見たい

行かなくちゃ気が済まない

大きな刺激が
目を真ん丸にして驚いたように
そして小さな事にもついつい目が行ってしまいそうになる
そんな場所に行きたくてしょうがない



僕はラオスに行く事をやめ
タイからすぐにネパールへ向かう事にした








フィリピンから帰ってきた尚吾
尚吾もまた違った新しい想いが彼の先を照らしていた


20100429-2.jpg


ここアユタヤで僕達はバラバラになる
次に尚吾と会うのは次の三月になるかもしれない
全く違った道を歩む事になるだろう




モンゴルから帰ってきた愛二
愛二もまた違った新しい想いが彼の先を照らしていた


20100429-1.jpg


インドを抜けてから僕達はバラバラになる
ネパールとインドを過ごしてから次に会うのは年末になるかもしれない
全く違った道を歩む事になるだろう








友と共に







そうやって日本を飛び出した

生活をして旅をして
殆どの時間を一緒に過ごした


話を始めれば

「あそこの飯うまかったよねー」
「あの時さ」
「あの人覚えてる?」

話の流れですぐにどの場所かどの人か
ピンと来て盛り上がる


沢山の時間と経験を共有した証が
その度その度に実感できる


同時に同じ出来事を同じ場所で通り抜ける


話もするからすぐに考えや情報が共有されて横一列
それからまた新しい壁に向かって一緒に対峙する





そんな僕達にいつからかぽっとそれぞれの色をした火が心に点り出した




個性とは何処からやってくるものなのか




同じ横一列から
いつの間にか違う先が見え出して

気が付いたら全然違う人間が目の前に居る

そして振り返れば自分もまた違っている




ついこの間新年の乾杯をした僕達は
今日忘年会と称して今年最後になるだろう三人での乾杯をした



周りには沢山の人がいる
今回出会った大好きなアユタヤの人達

最高のマスター

20100429-4.jpg




お茶目なスタッフ

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ハリー一家

20100429-5.jpg




まだまだ若い美容師さん

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アユタヤでのすべての出会いのきっかけを作ってくれたホテル従業員

20100429-7.jpg



いつもいつもおいしいラーメンをありがとう

20100429-8.jpg





みんなに囲まれて
オレンジ色の光に包まれて
お願いして僕の音楽を流してもらって

みんなが僕達の旅路を祝してくれる
みんなとの再会を約する

三人での何処かでの再会を約する











さて





一体これからどんな色の炎が燃えて

紙にどんなストーリーが炙り出されていくんだろうか




楽しみでしょうがない






運動不足


またアユタヤでの生活が始まった

同じ部屋に三人で

贅沢な時間






前日の the seven seas で遂にマスターと共同出資している
オーナーのオランダ人のハリーと話す事が出来た

彼はマスターのお姉さんの旦那さんで
一年のうちに半年は奥さんと東南アジアを廻りながら
時間を過ごしているのだという

今回はたまたまアユタヤにやって来た時に
僕達もそこにやって来て会う事が出来た訳だ


前日お酒を飲みながら話をしていると突然

「明日何か予定はあるか?」

と聞かれた









という訳で僕達はハリーと
アユタヤの周りを囲んでいる川をカヤックで廻る事になった


これも前にやったボートトリップと同様 the seven seas の新しく始めたサービスで
前回マスターに見せられたパンフレットに載っていた
確かきちんとした料金が書いてあった筈なのだが


今回もフリーになってしまった、、


ここに居る人達は一体何なんだろうか
金持ちの道楽なのか
それとも今まで僕がまだ本当の親切に出会ってなかっただけなのか





ハリーが僕達に水とタオルを買ってきてくれ
昼の12時前、ハリーと僕、尚吾と愛二が組んで
二つのカヤックに乗り込んで滑り出した



はっきり言って



完全になめきっていた



かなり体力使う



バスに乗って電車に乗って何時間も
重いリュックを背負って街を歩き回る

そんな事をするといっても
基本的には宿に居て飯時になるとちょっと起きだして街を歩いて
戻ってきて話して寝て

そんな繰り返しになっている僕達に
体力がある訳もなく



尚吾と愛二のカヤックは技術的な話もあるだろうが
右に左に大きく蛇行してなかなか進まない

僕のカヤックはハリーのお陰でどんどんと真っ直ぐ進んで行くのだが
僕はそれについていくのが精一杯で尚吾と愛二のカヤックを待つ為に少し休む
その時の休憩が待ち遠しくて必死にオールを漕ぐ

だからなかなか周りの景色を見る余裕もあんまり無い

それでも川沿いで遊んでいる子供達から

「日本人!日本人!!」

だなんて声がかかって
ちょっと顔を向けて笑いかける

何だかマラソンの時を思い出す



ハリーはこれを友達と三時間もこなすらしい

僕達は二時間のコースをお願いしたのだが
ハリーが見かねたのか近道で一時間にしようと言ってくれた

どれだけ嬉しかった事か



まだ救いだったのは
普段のタイだったら日中は日差しが暑くて歩くのもままならないくらい
なのに今日は珍しく曇っていてたまに涼しい風が吹く所






途中ハリーもまだ行った事が無いという寺院に寄った



桟橋にカヤックを括りつけて
裸足で寺院の中を散歩した



そこは船でしか行けない所らしく
歩いていても殆ど人に出会わない

木々が生い茂る細い道を通ってくる涼しい風に当たりながら
奥の仏像が奉られているお堂へ入っていく


お堂に入ると音が綺麗に遮断され
日差しから隔離されたひんやりとした空気
五感を通して別空間に入り込んだ事を告げてくる


ここの当番を任されているのか
それともただの近所の子供が遊びに来ているのか
小さな座敷童子のような子が静かに歩き回っている


何かのストーリーが一枚一枚の天井板に描かれている
袈裟を着たお坊さんに手を合わせながら訴えるような目を向ける民衆
それを熱心に見上げるハリーの姿


外に出ると木の合間からこぼれる日差しがまた暑い
僕の裸足の裏まで焦がしてくる


ブッシュに覆われた道無き道を歩いていくと
小さな小屋が並んでいる


何人かの家族連れが縁側に腰掛けて中に向かって真剣な目つきを向けている
横まで行って中を覗いて見ると
そこには橙色の袈裟を着たお坊さんがその眼差しを受け止めている






小さな島はあっという間に廻り終えて
再び過酷なボートの旅に出る


ハリーが必死に漕ぐ僕の後ろから声を掛けて色々な事を教えてくれる

ここに係留されている船は建造から100年以上経った物ばかり
今はレストランになっていたり家として使われていたりするんだ

僕は耐え切れずに漏れるような息の荒い返事をするばかりになってしまう






一時間半くらいのクルージング

やっとこさ辿り着いた時には両手の親指の付け根にマメが出来ていた






20100427
運動不足



またアユタヤでの生活が始まった

同じ部屋に三人で

贅沢な時間






前日の the seven seas で遂にマスターと共同出資している
オーナーのオランダ人のハリーと話す事が出来た

彼はマスターのお姉さんの旦那さんで
一年のうちに半年は奥さんと東南アジアを廻りながら
時間を過ごしているのだという

今回はたまたまアユタヤにやって来た時に
僕達もそこにやって来て会う事が出来た訳だ


前日お酒を飲みながら話をしていると突然

「明日何か予定はあるか?」

と聞かれた









という訳で僕達はハリーと
アユタヤの周りを囲んでいる川をカヤックで廻る事になった


これも前にやったボートトリップと同様 the seven seas の新しく始めたサービスで
前回マスターに見せられたパンフレットに載っていた
確かきちんとした料金が書いてあった筈なのだが


今回もフリーになってしまった、、


ここに居る人達は一体何なんだろうか
金持ちの道楽なのか
それとも今まで僕がまだ本当の親切に出会ってなかっただけなのか





ハリーが僕達に水とタオルを買ってきてくれ
昼の12時前、ハリーと僕、尚吾と愛二が組んで
二つのカヤックに乗り込んで滑り出した


20100427-1.jpg




はっきり言って



完全になめきっていた



かなり体力使う



バスに乗って電車に乗って何時間も
重いリュックを背負って街を歩き回る

そんな事をするといっても
基本的には宿に居て飯時になるとちょっと起きだして街を歩いて
戻ってきて話して寝て

そんな繰り返しになっている僕達に
体力がある訳もなく



尚吾と愛二のカヤックは技術的な話もあるだろうが
右に左に大きく蛇行してなかなか進まない


20100427-4.jpg


僕のカヤックはハリーのお陰でどんどんと真っ直ぐ進んで行くのだが
僕はそれについていくのが精一杯で尚吾と愛二のカヤックを待つ為に少し休む
その時の休憩が待ち遠しくて必死にオールを漕ぐ

だからなかなか周りの景色を見る余裕もあんまり無い

それでも川沿いで遊んでいる子供達から

「日本人!日本人!!」

だなんて声がかかって
ちょっと顔を向けて笑いかける

何だかマラソンの時を思い出す



ハリーはこれを友達と三時間もこなすらしい

僕達は二時間のコースをお願いしたのだが
ハリーが見かねたのか近道で一時間にしようと言ってくれた

どれだけ嬉しかった事か



まだ救いだったのは
普段のタイだったら日中は日差しが暑くて歩くのもままならないくらい
なのに今日は珍しく曇っていてたまに涼しい風が吹く所






途中ハリーもまだ行った事が無いという寺院に寄った



桟橋にカヤックを括りつけて
裸足で寺院の中を散歩した



そこは船でしか行けない所らしく
歩いていても殆ど人に出会わない


20100427-2.jpg


木々が生い茂る細い道を通ってくる涼しい風に当たりながら
奥の仏像が奉られているお堂へ入っていく


お堂に入ると音が綺麗に遮断され
日差しから隔離されたひんやりとした空気
五感を通して別空間に入り込んだ事を告げてくる


ここの当番を任されているのか
それともただの近所の子供が遊びに来ているのか
小さな座敷童子のような子が静かに歩き回っている


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何かのストーリーが一枚一枚の天井板に描かれている
袈裟を着たお坊さんに手を合わせながら訴えるような目を向ける民衆
それを熱心に見上げるハリーの姿


外に出ると木の合間からこぼれる日差しがまた暑い
僕の裸足の裏まで焦がしてくる


ブッシュに覆われた道無き道を歩いていくと
小さな小屋が並んでいる


何人かの家族連れが縁側に腰掛けて中に向かって真剣な目つきを向けている
横まで行って中を覗いて見ると
そこには橙色の袈裟を着たお坊さんがその眼差しを受け止めている






小さな島はあっという間に廻り終えて
再び過酷なボートの旅に出る


ハリーが必死に漕ぐ僕の後ろから声を掛けて色々な事を教えてくれる

ここに係留されている船は建造から100年以上経った物ばかり
今はレストランになっていたり家として使われていたりするんだ

僕は耐え切れずに漏れるような息の荒い返事をするばかりになってしまう


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一時間半くらいのクルージング

やっとこさ辿り着いた時には両手の親指の付け根にマメが出来ていた






三人の三度目の


僕達は三人で共に日本を出る計画を立てた


出発はバラバラになった


オーストラリアで再会した


三人での共同生活が始まった


オセアニアを車で駆け廻った


大陸を越える時に僕は二人と別れた


新しい東南アジアという土地で共になった


24時間衣食住を同じ様に過ごした


重いリュックを背負って一緒にあちこち廻った


共有する経験を経ていつの間にか僕達は別々の夢を見た


台湾から三人は別々の針路を取った






二ヶ月が経った






三人は特別な場所であるアユタヤに居た


また同じ部屋で


また同じテーブルを囲んで


そうしたら今まで出会った人達も周りに居た


話は夜中まで続いた









どうやらそれぞれの夢は


その後の針路にやっぱり大きな影響を与えているみたいだ




三人は三人


共にした沢山の経験から


個性が生まれてきた





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Profile
    ふらふら何処かへ酒飲んで本読んで人と話してぼーっとして海に入って空飛んでバスに乗ってまたふらふら何処かへ、、何処へ?うーん。。とりあえずの試行錯誤継続鍛錬。

    2009年5月、日本を後にし、ゆっくりだけどそのうち加速予定。

    未熟ながらもなんとか自分の言葉で世界を書き起こしたい。ただいまその道中。


    name : LAN
    now : Quito ( Ecuador )
    latest update : 20120816
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