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インドを象徴する場所


インド中の死者がバナラシにやってくる
天国への階段を上る為に沐浴をしにやってくる
死に逝く者もやってくる
死を待つ者もやってくる

火葬場はきっとずっと燃え続けてきたんだろう

似つかわしくないピンクに塗られた太い煙突
その周辺からも煙が昇っている
働く人見送る人で辺りはごったがえしている

今を生きる人も
そして勿論そこには白い布で包まれた『人』も




















僕達が泊まっていた宿は中心街から結構離れている所で
宿の近くの迷路をまだうろうろしていた僕達は
メインの火葬場やセレモニーが行われるガートを見に行っていない

それではさすがに来た意味が無いという事で
今日は炎天下の中気合を入れてガンジス河沿いを歩いて
メインガートと呼ばれる所へ向かう





人は思ったよりも居ない

川辺に階段があってちょっとした市民の憩いの場のような広場にはなっているのだが
居るのは釣りを楽しむ人か昼寝をする人に水浴びをしている牛ばかり


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寺院のごつごつとした建物がここの寂しさを助長する


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歩いていると大粒の雨が降ってきた
最近バナラシは昼過ぎに少し雨が降る
といっても10分くらいなのだが

通年ならすでに雨季に入っているらしいが今年は遅れているらしい
ガンジス河の水位はここ数年の中で一番低いという

僕達は建物のちょっとした出っ張りに雨宿りをする
そうしたら一人のインド人がこっちにやってきて
僕達と同じ場所で雨宿りをした






とりとめも無い話をする

少しして今から何処に行くのかという話になる
メインガートだと言うと僕も家があっちの方で
今から帰る所だから折角だから案内するという
最後に

「僕はガイドでも無いしお金を要求する事は無いから」

と付け加える



基本的にインドで話しかけてくる人達は観光客相手に商売をしている輩である
だから勿論そういう疑いを持ちながら接するがそれは仕様が無い

観光地としてもバナラシは既に歴史が長いので騙された観光客の数も多い
なので情報もよく出回っていて
新しくやってくる観光客は「怪しい奴にはついていくな」という警戒心がつく
今までそれで商売をしてきた人達はまずその警戒心を解かなくてはいけない

その結果が先のセリフである
基本的に何気無い話から始まり
「金は取らない」とかまたは「僕の良心で」という事を言って
観光客に沿って歩き出す

結局それで何処かのお店に連れて行って誰かに引き渡したり
しらばっくれてお金を後で要求したりする


もう一つの南アジアでの特徴がある
さっき会話の中で

「この町に来てよく『ハッパ』とか声を掛けてこないか?」

と彼がニヤッとしながら聞いてきた
彼は『ハッパ』の所だけ日本語で言う

そうだねぇ、なんて答えると

「気をつけなよ、ここでは一杯騙してこようとするやつらがいるから」

さも自分はその一味では無いように言う
これは南アジアではよくある事で東南アジアでは殆ど無かった気がする

「アイツは信用するな」

周りをおとしめる事によって相対的に自分の立場を高める
本当に誰しもが言う
本当の良心から言っている人もいるかもしれないが
まあつまりは両者共に同じ事を言う訳なので結局それだけで判断するのは難しい




じゃあどう判断すればいいのか


簡単だ


話をしていって最終的にビジネスの話になるかならないかである


それしかないしそれ以外はもう最初からすべての人を拒否しかない
か、そのビジネスにノルか




ここでそれなりに日が経ってくると
それが自然になってくるので変に構える事もなくなってくる

後で適当にあしらう事も出来るし断る事も出来るし
しつこくても強引に突破する事も可能だから最初から拒否する事は無い

もしかしたら本当に親切な人にも出会うかもしれないのだから
最初から拒否していたらそういう出会いもフイにしてしまう
ただそれは最後まで会話をしてみないと分からない

というか基本的にビジネスを通して観光客を見るのがこっちの人であるから
みんながみんなそうなのであって
その中で『良い出会い』を作りたいのであれば
やはりそれは会話次第でありそれはつまり自分次第である




彼はどちらかといえば観光客相手に商売をしている方だろう

僕が「何で『ハッパ』なんて日本語を知ってるの?」って聞いたら
「街中でみんなが日本人に向かって『ハッパ』って言ってるのを聞いているからさ」
と言っていたのだが結局僕達がメインガートに向かって歩いている時
「トモダチ、ダイジョウブ?」とか「バナラシハオチャデユウメイダ」とか
所々で日本語が飛び出してくる

前にも書いたかもしれないが日本語が喋れる輩はほぼ間違い無く商売人である
特に『トモダチ』やら『ダイジョウブ』やらそういう単語を知っている人はそうだ




おっちょこちょいな彼なので
あんまり害は無いだろうと一緒にガンジス河沿いを歩いて行く

ガートでのセレモニーの様子やヒンドゥーの神話
そんな話の合間合間に

「僕はいいお茶のお店を知っているんだ」
「すごく安く服を買える所があるんだよ」
「実は政府公認の『ハッパ』を売るお店があってね」

なんて話が入ってくる


きっと彼は英語にちょっとの日本語が出来るので
暇つぶしにガンジス河を歩いている観光客を捕まえて
お店に流して小遣いでも稼いでるのだろう
あまりしつこくは言ってこないし勧めてくるお店もバラバラでいくつもある

どうやら本当にそんなに害はなさそうである



ガートの近くまでやってくると
彼は一度離れてまた戻ってきた

別の男を連れて来ている



その別の黒いTシャツを着た男は僕の近くに寄ってきて

「『ハッパ』いるか?」

とぼそっと言ってきた

ハッパ売人は基本的に近寄ってきて小さくぼそっと言ってくる
どうやら小遣い稼ぎのお兄ちゃんが日本人が二人今一緒に居る
と売人の友達に言って連れて来たのだろう

適当に受け流していると
彼もバナラシの歴史について話しながら一緒についてきた


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話をしながら4人で歩いていると
急に周りが暑く感じられてくる



古ぼけた建物に囲まれた場所


木材が所狭しと積み上げられている
河と建物の間で木材が灰になって煙がもくもくと昇っている
長い杖を持った男が灰を崩している
その向こう側にはまだ火がつき始めてすぐの木材がある
黒と灰色に覆われた中でその黄土色の木材は目を引いた
そしてしっかりと格子状に組まれた木々の上に白い布が置かれている

白い布を認めてその輪郭を目で追うと
そこには足があり手があり鼻があり顎がある


「ここが『カソウバ』だ、写真はダメ」


日本語でハッパ売人が僕に告げる
近くまで行くと灰から立ち昇る煙が顔に身体に容赦無く向かってくる

じっと顔を向ける事が出来無い
暑さも身体を痺れさせる





もっと近くで見たい
近づこうとするといつの間にか僕達の目の前に別の一人の男が居る
ハッパ売人によると彼はここのホスピスでボランティアとして働いているという

ホスピスとはこの火葬場を囲むようにしてある建物にある
不治の病にかかった人や老人が死を待つ為にインド中からやってくる場所
それがホスピスで彼はそこのボランティアだという

ボランティアの彼が喋り出す

「ここは火葬場です、僕が色々と案内します」

これはそろそろ引き際である
ここは観光のメインの場所である
小遣い稼ぎがハッパ売人を通して彼の所まで連れて来た
観光のメインという事は騙しのメインの場所でもあるという事で
彼の先には必ず何かある

というか何より僕はこの火葬場での営みをゆっくりと独りで眺めたい
説明など要らない


「僕はそんな説明などいらない、僕達だけで回れる」


ボランティア氏が言う
「いえ、ダイジョウブです、僕はボランティアなので
 『僕が』お金を請求する事はありません
 ここで働き説明をするのは僕のカルマなのです」


彼は『僕が』という所を強調する
間違い無く怪しい


「いいから、僕は大丈夫、説明要らないし、あの火葬場の所にまず行きたいんだ」


今度はハッパ売人が言う
「ダイジョウブ、彼はガイドじゃなくてボランティアだからお金は要らない」


じゃあ何でそんなに強引なんだ
何より独りでゆっくりとこの場に居たいのだ
ただ向こうはまだ引き下がらない

もう勝手にしてくれ
このままずっと遣り取りを続けては行く前にもう気分が悪くなってくる


「いいか、説明するのは勝手だが金は絶対にやらないからな」


そう言って僕は火葬場の近くに向かう
ボランティア氏ははっきり言って僕の言葉は聞いていないだろう
基本的に商売人はこっちの話を本気で聞いていない
ただ僕達が歩き出したのを認めそれをゴーサインと受け止める
あとはもういつもやっているように話し始めるだけだ

彼は僕達の先に立って歩き出しそして喋りだした










近くに行くとちょうど河で身体を洗われた『人』とすれ違う
うっすらと白い布の下に肌の色が見える

煙はさっきよりも容赦が無い
何処にも落ち着いて座ったり立ったりする場所が無い
スペースが無いというのもあるのだが
何かここに留まる事を躊躇させるような空気がある


ボランティア氏が僕達を促して場所を移動させる

彼は5000年は燃え続けているという火の場所を見せてくれた
火葬場で使われる火はすべてがここの火によると言う


ボランティア氏は自分の説明が終わって気が済むと
僕達をさらに奥へと案内する

そこには木材がごろごろと転がっている場所
インドの人はここで木々をキロ何ルピーなどで購入し
死者を火葬するのだという


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そうしてまたボランティア氏はまた別の場所に僕達を連れて行く
いつの間にかさっきの小遣い稼ぎ氏とハッパ売人も居る


今度はあるおばあちゃんの所にやってきた
ボランティア氏は愛二に帽子を取るように言い名前を言うように促す

愛二が頭を垂れて自分の名前に家族の名前を言っている間
おばあちゃんは愛二の頭に手をかけて何かぶつぶつ言っている

ボランティア氏が僕にもそれをするように言う


それが終わると何かボランティア氏が僕達に説明しだした
僕はもうそろそろここから離れたかったのだが
どうやら遂に面倒な話をし始めた


「このおばあちゃんはホスピスの人です
 彼等彼女等は木々を買うお金が無いのです
 さっきも言ったように火葬にはお金がいるのです」


そうやって一気に喋る
きっと毎度言うセリフなのだろうかなり早口である
そして


「だからあなたの気持ちでいくらかのお金を渡してあげて下さい」


おばあちゃんはよくわからないような顔をして僕達を見ている
いや僕達の事は興味が無いようだ
すぐに目線を外して何処か中空を眺めてまたぶつぶつ言っている

僕達がボランティア氏にやっぱりお金かというような事を言うと
今までのゆっくりとした口調が急に強くなって


「これは僕に対してのお金では無くてホスピスに対してです!
 この人達は木々を買うお金が無いんですよ!」


とおばあちゃんを指差して言う


このボランティア氏とおばあちゃんの関係は何だろうか
僕にはどうしてもこのボランティア氏がホスピスで働いているのが想像できない
そしてこのおばあちゃんも

もしかしたら本当に死を待つ為に
このおばあちゃんはホスピスにやってきたかもしれない
彼女の目や身体つきはもうこの世界に全く関心が無いようだ

だからこそこのボランティア氏が彼女に目をつけて
彼女をここに座らせて商売の道具にしているかもしれない

こんな卑屈な想像をしてしまうのは
僕が既にインドに長く居すぎてしまっているからだろうか
悲しい想像なのだろうか


僕達が拒否するとさらにボランティア氏は
口調を強くして捲くし立ててくる


「なんで払わないんですか!おかしいでしょう!」


こんなボランティアがいるだろうか
僕はもう諦めてその場を離れようとする
獲物を逃すまいと彼は遂に本性を現す


「じゃあ僕にガイド料を払って下さい」


呆れるがこれが僕達がよく出会ってきた観光地でのインドだ


「僕はあなた達に沢山の説明をしたでしょう
 それにはお金を払うべきでしょう!」


火葬場を離れても彼はべったり愛二についてくる
一緒にやってきたハッパ売人が僕に言う


「彼にお金をやってくれよ」


「バカ言うな、あなたは彼がガイドでは無いと僕に言ったじゃないか
 彼はボランティアじゃないのか
 それに僕は始めに説明は要らないと言ったじゃないか」


「いや始めにそんな事は言っていない
 むしろ彼にお金を払うみたいな事を言ったじゃないか」


自分の事をあれこれ言うのはいいが
こっちの言い分までほじくり返してくるのは我慢がならない
ハッパ売人の言い草に少しカチンときて


「何だって!?俺がお金を払うなんて言ったって言うのか!?」


少し声を大きくして逆に捲くし立てるように
ガーっと喋りだすと彼は諦めたように


「オーケーオーケー、忘れろ」


と言った
随分と上から目線だったがこれでハッパ売人とは話がついた
まだ後ろで愛二にがなり立てている嘘つきボランティア氏に
ハッパ売人がヒンドゥー語で多分「もう行け」と言い手で払う動作をした

それで嘘つきボランティア氏は愛二から離れたが
彼は納得がいかないのか後ろから叫んでくる


「くそ!
 もう二度と来るなよ!絶対にカソウバに戻ってくるな!!
 ファックユー!!!」


ファックユーなんて久し振りに聞いた
こんな単語をこんな所で聞く事になるなんて

いくらインドで一ヶ月経ったとはいえ僕はショックを受けた
しかもとても強い


構わずに振り返らずにその場を立ち去ろうとするけれども
黙っているとふつふつと怒りが込み上げてくる

もう火葬場に来るなだって?
すでに彼のせいで僕の火葬場を見たこの時間は最悪だ
それにつけて最後のセリフが嫌な感じを膨らませる



我慢出来ずにまだ悪態をついている彼に振り返って叫ぶ



「それがお前のカルマだ!」







くそ


本当に気分が悪い








インド、バナラシ、火葬場


インドの生と死が交差する場所
インド人の一生が現れている場所

インドを象徴する場所





良くも悪くも確かにインドを象徴しているのかもしれない





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ガンガー

僕達の泊まった宿はガンジス河のすぐ近く

屋上に上がって見せられると
確かに白壁の合間に小さく河らしきモノが見える

少し見えるだけなのだが
あれが幾多の人を虜にさせたあのガンジス河だと思うと
さすがに感慨を抱かずにはいられない


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ガンジス河沿いには沢山の寺院やかの有名な火葬場が並んでいる
それらの裏側にひしめく様に3,4階建ての住居にホテルが建ち並んでいる

工事中の表通りからガンジス河に向かうには
建物の間を迷路のように通っている1m幅も無かったりする道を
右に左に曲がり曲がりで行かなくてはいけない

僕達の宿はその迷路のちょうど真ん中に位置している


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ガンジス河にすぐに行きたい気もするがまずはここの迷路を解明し
食堂を探しそこから宿まで無事に辿り着けるようにしなくてはならない
しかも街灯など無いのだから日の出ているうちにしなくてはならない


その為に果敢に迷路に挑戦するのだがなかなか難しい

表通りと宿を結ぶ所を覚えるのがやっとで
なかなか脇道に飛び込むまでに至らない

しかも表通りに出ても売店はあるのだが
なかなか安食堂というモノが無い
コルカタの安く食に溢れた時を思い出してしまう


表通りは工事中で埃が舞っている
食にもあまりありつけない
表通りから一本入る小道はすべてが迷路のよう
右に左に試行錯誤している間強い日差しは常に僕達の頭上にある

本当にフラフラー、フラフラーと
ゆらゆら町を漂っている感じ


しょうがないので道端に売っていた訳もわからない
カレー風味のスープに二種類のジャガイモコロッケのような物を摂取し
それでは足りないのでやはりカレーが入った揚げ物のサモサを食べる

こっちのメインの調理法は揚げである
そして大体カレー味かカレーが入っている

まあ、しょうがない気もするが


それでヘトヘトになって宿の方へ向かう小道へ入って行く
本当に最近体力という物が無い気がする
夏バテだろうか


小道を進んで行くと大きな牛が道端のゴミを漁っている
別に漁ってもらってもいいのだが
むしろ道が綺麗になっていいかもしれないが
ここは小道なので少し困ってしまう

牛が二頭いる向こう側でパンジャビを着た女性が困っている
石を投げたり大きな音を立てたりするが牛は動じない


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はっきり言ってインドの一番のネックは牛であろう

こっちに来てビックリした事があるが意外にイスラム教徒が多い

インドと言えばヒンドゥー教である
国名の由来でもあるのだから代表するものと言ってもいい
ただサノさんの意見ではインドの宗教は
ヒンドゥー教徒と同数くらいイスラム教徒もいるという事である
僕の印象としてもそうだ

他にも勿論仏教徒もキリスト教徒も居る訳で
当然他の宗教徒からしたら困った話である
サノさんの見解を元にすれば半数以上はヒンドゥー教では無い訳だから

まあここはヒンドゥー教の聖地なので
ここから牛が居なくなる事はまず無いだろうが


そのまま小道を歩き宿まであと二曲がり
もうすぐという角を曲がろうとした時
そこの建物が突然気になった

それは僕の中では目印となる物で周りの住居とは形が違った
もしかしたら寺院かもしれない

そんなに道を反れる感じでもないので
少し寄ってみようと愛二と二人で建物をぐるっと回る事にした


寺院らしき建物を見上げながら歩いていると
ちょうど反対側にやって来た時に寺院の反対側から声が聞こえた

気になってそっちを向いた瞬間立ち止まってしまった


建物で密集したこの一体は太陽が傾き始めていて既に日があまり入ってこない
壁に囲まれた暗い小道をずっと進んできていたから
そこにちょっとした空間がある事にまず驚いた

赤い像が真ん中に置かれている
その周りで人々が寝たりしている

その先に明るい青色が見えた







突然目に飛び込んできた確かな河の映像







迷路を歩いていた僕達はぽろっと一つの出口に放り出された
そんな感じだった


完全に僕の心は掴まれてしまった感じで
足は当然という感じで赤い像の空間に進み出し
河へ寄っていく

空間を抜ければすぐに急な階段が現れる
そして河もどんどんと大きく視界に入ってくる

階段の一番下では水浴びをしている人達が居る




急な階段を慎重に一段一段降りて行く

気が付いたらもう夕暮れ時
強い日差しも無くなり河を走り抜けてくる風が気持ち良い

所々に石段に座った人達が居る
それに習って僕達もそこにとりあえず座る
もっとよくこの河を見ようとする


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河に沿うように町並みが並んでいる
その縁には寺院だろうか尖塔の様な物も所々見える

ボートが沢山くくりつけられ
その合間を子供達がクロールで競泳している

今は乾季なので河の向こう側は思ったよりも随分近い
それでも水が流れているだけでもこの河は随分と重要だったのだろう
それをもって重要な聖地となる資格があった訳だ


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ヒンドゥーの聖地
インドの聖地

そこを流れる母なるガンジス河








そのガンジス河は普通に流れていた



さっきの突如として現れたガンジス河は
今僕の目の前をゆったり自然に流れている


確かに水浴びをしている人もいる

「あれが『沐浴』か」

『沐浴』という言葉はあれ、僕には子供に混じって大人もみんなが
水浴びを楽しんでいるようにしか今は見れていない

そう思っている僕が僕自身に不思議で
でもそう思うのが当たり前のようにも思える
朝ゲストハウスの上からガンジス河を見た時に感じた感慨が嘘のようだ



火葬場を見たら違うだろうか
寺院でのセレモニーを見たら違うだろうか

触れただけで下痢になってしまうだなんて噂があるにも関わらず
意外にガンジス河が綺麗に見えたからだろうか

事実僕が飛び込んだアユタヤの河の方が
完全に茶色くて汚いように思える
ガンジス河は濁りはしているが青色をしている



兎に角今はいつもの川辺に座り込んでぼーっと
人が歩く様とか鳥が飛ぶ様とかボートが流れる様とかを
眺めている時と同じ様に心は何も感じず静かに寝ている

むしろそれが母なるガンジス河の母性なのだろうか









もう暗くなりそうなので僕達はそこを離れる








帰り道

今の静かな僕の心を脅かすように
真っ暗になる上に燃えるような赤が覆っている




実は静けさの裏にヒンドゥーの荒々しさが隠れている事を示すかのように


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人のタイル


朝の三時にバナラシ駅に着く

当然まだ日は昇っていないので辺りは真っ暗
駅も閑散としている、、





、、事は無くむしろ駅は人で溢れかえっていた

『溢れかえっていた』というのは間違っているかもしれない
確かに沢山の人がそこには居るのだが
歩くと肩が当たって真っ直ぐ歩くのが困難ないわゆる駅の混雑とはまた違う

殆どの人が下に敷物や新聞紙やサリーのストールを敷いて横になっている
子供の手足が伸びていたり朝食にするのか色んな袋が道端に出ていて
注意して下を見ながら歩かなくてはいけない

真っ直ぐ歩けないといえば確かに混雑かもしれないが
この景色は少し異様だ


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まさかこんなに人が寝ているとは思わなかったから
僕達も寝場所を探すのに本当に苦労した


ホームを出て電光掲示板のあるホールのような所に出るも
そこはホーム以上にびっしり人が敷き詰められていた
『人のタイル』はホールを出て駅前の広場まで続いている


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何とか柱の側に場所を見つけて
僕達もその人のタイルの一つになる
日が昇るまでここで待つ事にする


夜移動するのは値段の面でも安全の面でもあまり好ましい事ではないし
ガヤの時同様ここで予め次のチケットを買っておこうとしたのだ

チケットのカウンターが開くのが朝の8時なので
それまで一団に混じって仮眠を取る事に









眠りにつくまでに何となく周りを眺める



横になっている人々の間に数人立っている人は
新聞紙の束を持っていて駅から出てくる人なんかに配っている

いつも電車の中で見かける売り子が
チャイなどを売りに合間を縫っていく

人々の合間にはほんの少しの隙間しかないのだが
そこを売り子や駅を出入りする人ばかりでなく
大きな牛がのっそりと歩いている

牛は枝が沢山放り込まれたゴミ箱にぐっと頭を押し込んで
何かを漁っている


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サリーを着たおばあさんが手に数枚のチャパティを持って
牛の背後から近づきゴミ箱に向かって投げ入れる

牛はそれに気が付いてチャパティを口に頬張り
目を細めながら口を左右に動かして食べている

満足そうに去っていく黒い牛の後に今度は白い牛がゴミ箱にやってくる
既にそこにはめぼしい物が無かったのだろう
白い牛はすぐにそのゴミ箱を離れて顔を地面に近づけながら食べ物を探している

すぐ近くに敷物を敷いている家族に近づいて行く
小さな子供の兄弟が驚いてその場を離れる
牛はそれには動じずにそこに置いてあった袋に口を突っ込む

子供の小さな悲鳴を聞いてお母さんがやってくる
お母さんは「こらっ!」とでも言いながら
空のペットボトルで思いっ切り牛を叩いている
ポン!という気持ちの良い音が当たりに響く

それでも牛が動じず今度はお父さんがやってきて
牛のお尻を蹴り上げる
牛はその間にもう袋の中身を食べてしまったのか
のっそりと動き出そうとする

怖がっていた子供達は両親の動作を見て
真似して空のペットボトルで去って行く牛のおしりを叩いている

枝を30センチくらいに切りそろえたのを束にして持っている
おばあちゃんが今度はゴミ箱にやって来て
中に入っていた沢山の枝を引っこ抜いて行く

おばあちゃんは側でその長い枝をやはり30センチくらいに切りそろえていく
人々がそこにやってきて何がしのコインを渡して枝を買っていく

寝癖のついた人達はその枝を口に入れると
ごしごしとやり出してぺっと吐く
どうやら歯ブラシの代わりのようだ


ある時間、多分5時くらいだろうか
今まで電池の切れたように横になっていた人たちが
無言で立ち上がり始める

そして掃除機に吸い込まれるように
駅に向かう小さな扉に向かっていく


気が付くと6時過ぎで外は白み始めている
愛二に促されてホールの方を見ると一人の男が
僕達にそこを退くように言っている

彼の手には大きなモップが握られていて
いつの間にかホールに寝ている人は一人も居なくなっている

ホールの真ん中に水が撒かれ
その中心にきっと寝ていた人達がだしただろう沢山のゴミが積み上がっている

一人はゴミを大きなブラシで集めながら水を伸ばして床を拭き
一人はモップで広がった水を今度は切っている
ゴミと人によって覆われていた白い床が浮かび上がってくる

そうやってバナラシ駅に朝がやってくる




きっとこの繰り返しは毎日続いている


人が集まるとそこには自然にそれぞれの行動の凹凸がはまりだす
そして一応のスマートな流れが生まれる

これがルールとなってこの場を支配しだす
きっとそれが『社会』というシロモノ







僕達は掃除中のホールの端に腰掛けてまた少し眠り
オートリキシャーのおっちゃんに

「チケットを買うんだろう、もう開いたぞ」

と起こされてやっと僕達のバナラシでの一日を始める事にした








菩提樹の下


悔しいので今日も頑張って早起きをして日本寺へ向かいます


もしかしたら昨日は日曜日だったのでお勤めが無かったのかもしれないし
はたまた実はインドの祝日だったりして無かったのかもしれないし
日本のお寺に土日祝日の違いがあるなど聞いた事が無いがここはインドである


どちらにしても二日連続で行けば
さすがに通常であれば出来るでしょう

二日連続でいないのであればもうきっと今駐在僧がいないか
またはどこか遠方の村なんかに出張しているか
きっとそんな特殊な事態なのだろう


そう思いながら若干フラフラな感じでお寺に向かいます







日本寺は昨日と全く変わらない


朝焼けの中に落ち着いた茶色に玉砂利の音
薄暗いお堂の中に静かに鎮座する金色の仏像
そして昨日と変わらないのはそこに誰も居ない空間


僕達は諦めてそこで座禅の真似事をする

本当にちょっとの間
5分か10分くらい仏像の前に座って目を瞑る

きっと奉公インド人さんだろう鐘の音が響いてくる
目を瞑っていると朝の静かな町に
鐘の音がゆっくりと広がっていく感じが頭の中にイメージされる








宿に帰り僕達はチェックアウトする

荷物をまとめロビーに置かせてもらう
昼食を採り終わりさてこれから電車の時間までどうしよう

すると宿の人が是非日本寺に行くといいと言う
そこには図書館があって日本の本も沢山あるから


それならと僕達は再び日本寺へ向かう事にする




日本寺へ向かうと今度はお堂までも閉まっている
お堂の隣には現地の子が通う学校が併設されていて
赤い上着に黒いパンツのシックで
なかなかカッコイイ制服を着た生徒達がまばらにやってくる

僕達は図書館の位置を聞いて向かうもなんと閉館中



一体この日本寺はどうなってるんだ



近くで働いていたインド人に尋ねると
昼食休みだという

どうやら僕達はこの印度山日本寺とはつくづく縁が無いのかもしれない

ただこれから暑い日差しの中をまた宿まで戻る気は全く起きない
ちょっとでも肌を晒せば一瞬で黒焦げの炎天下
汗はすでにダラダラである

僕達の足は自然にお堂近くの菩提樹へ向かう




菩提樹の大きな枝葉の下は本当に気持ちが良い
しっかりと暑さを遮ってくれ風を導いてくれる
僕達に餌を貰いに寄ってきた筈の犬も既に寝ている


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仏陀がここを瞑想の場所に選ぶのも納得がいくというものだ

ならば僕達もここで瞑想をすれば
もしかしたら悟りが啓けてしまうかもしれない


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と思う訳も無く僕達は朝に奉公インド人さん達が気持ち良さそうに寝ていた
彼らを見習って寝っ転がる事にした


いいのだ

瞑想の姿勢で横臥というのもある


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たまに肌にこつっと当たるので
身体を動かさずにそこを見れば菩提樹の丸い葉が乗っかっている

きっとバリバリになって何処かでなくなってしまうだろうけれども
一つそれを鞄の中に入れる

その後どうなるかわからないけれども大事なのは気持ちだ


何でも想えばそれだけで何かが変わる
それでいいんだろう







ブッダガヤ



何も特別他の場所と違うとは思わない
何故ここが仏教の聖地となったのか
ここは一つの乾燥地帯のど真ん中にある集落

今だにとても田舎だけれども
お寺は各国がこぞって建てている
人もそれなりに遠方からやってくる
道も新しく舗装されだしている

それでも気候は変わらない
乾燥した砂埃が舞う

そしてのんびりした町の空気感もきっと変わっていない


菩提樹の下が涼しいのも


20100621-2.jpg











僕達は今日の夜

乾燥地帯の真ん中にある仏教の聖地ブッダガヤから
やはり乾燥地帯の真ん中にあるヒンドゥー教の聖地バナラシへ向かう


バナラシの空気感はどうだろうか
菩提樹のような優しい空間をガンジス川も人に与えてくれているのだろうか

それともヒンドゥーらしい厳しさがそこにはあるだろうか







印度山日本寺


ブッダガヤにある日本寺
ここには日本から派遣される駐在僧が居て数年ここで勤めという

居ない期間もあるというのだが
居る時に行くとここでお坊さんの読経を聞きながら禅を組め
時には説教を聞く事も出来るという


ネパールに居た時に今は駐在僧が居るという話を聞いたので
それなら是非、色々な人に社会に揉まれながら通ってきた僕達に
いつの間にかこびり付いているだろう様々な想いや
気が付かないうちに変化しているだろう心の内を
祓って頂いたり啓いて頂こうと思う訳です


日本寺での勤めは朝と夕の二回が行われていて
誰でも自由に参加できる

僕達は折角なので朝の静かな時間に行く事にする
禅といえば朝ではないですか、やっぱり



何とか早朝に起きて日本寺へ向かう

まだ町は静かで道端で寝ている人もスヤスヤの時間
昨日の騒々しかった結婚式の会場であったであろう場所も
椅子やらテーブルやらが放置されていて人一人いない

鴨も猪も山羊も見かけない

二人のサンダルが砂を擦る音だけが耳に届く



色々な形をした寺を通って日本寺までやってくる

そこには落ち着いた茶色に包まれた
まさに日本のお寺

昨日行ったマハブディ寺や他の国々の色鮮やかな
沢山の装飾に包まれたお寺からすると
本当に質素で落ち着いた日本のお寺

昔から見慣れているからかもしれないが
日本のお寺だけ他の様々なお寺の中でも
特に違って特殊に見える




門をくぐると懐かしい玉砂利の道

お堂へ向かうと物音一つしない人も居ない
いるのは近くの木で休んでいるというかまだ半分寝ている
お寺の奉公インド人さんだけ




サンダルを脱いでお堂に入ると
そこには中心にある仏陀像だけが居て誰も居ない


20100620-1.jpg




時間の5時になるとこれまた懐かしい大きく重たい鐘の音が響く

鐘の音はいい
身体に優しくぶつかってきて朝まだ起き切っていない心を揺さぶるようだ
それが町全体に響いていく

鐘の向こう側にはやっと赤みが差した空が見える


20100620-2.jpg






駐在僧が遂にいらっしゃるのかと鐘の方を二人で見ていたのだが
鐘を撞いているのは蛍光色の青い服を着た人である
確か木の下に半分寝ていたインド人もあの色を着ていたような


そのまま見続けているとその鐘を撞いていた人はやってきて


そして


さっきの木の下に行って寝っ転がってしまった






お堂の中にあった訪問した人の感想文などが書かれた雑記帳を見ながら
30分弱程待つが駐在僧どころか訪問者も居ない

まさか遅刻なんて事は無いでしょう





きっと今日はもともと無いのだろう
いやそれとも情報自体が間違っていて今は駐在僧がいないに違いない


そう思い二人で出る事にした


木を横切る時に奉公インド人さんに聞いてみた


「お坊さんは今日はどうしたの?」







「ワカラナイ、タブンねテル」







僕達は帰りにチャイを飲んで昼寝しました






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