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いざ、

20120227










ゲルマン民族ばりの大移動

南米大陸の大西洋側から一気に太平洋側に迫る
3000キロの怒涛の移動である


目的はただ一つ、












アコンカグア登攀











なるべくでも早く
アコンカグアのお膝下、アルゼンチンはメンドーサまで

余所見する事無く








サンパウロからいざ行動を始めた僕達は
まずブラジルとアルゼンチンの国境である
フォスドイグアスへ向かう

しめて16時間


そこから二度目になる煩雑な国境越えを済ませ
因縁のプエルトイグアスへ

色々あってもう二度と戻ってきたくない
そう思っていた街にまたとんぼ返りするなどとは
思いもしなかったが

心の中はそんな事を気にかける余裕など無かった




ここからブエノスアイレス経由で
メンドーサに向かう予定だったのだが
バス会社の並びを歩いていると
そこでなんとメンドーサという文字を見つける

ここからメンドーサまでの直通便を発見
しめて36時間で925アルゼンチンペソ(約200ドルちょっと)
時間も価格も今までとは比べ物にならない程の横綱級


しかし、毎日ある訳では無いというこのバス
それが今夜だというではないか

なんという巡り合せ、という事で購入
そういうふうに考えてしまうのは
きっと気持ちが前のめりになってしまっているからだろう



勢いで購入したはいいが
実は僕達は早朝4時にフォスドイグアスに着いている

バスの出発は夜10時


僕達は警備員に嫌な顔をされながらも
17時間、何処にも行かず
プエルトイグアスのバスターミナルで延々バスを待った


20120227 (1)






総移動時間16時間と36時間でバスに52時間
待ち時間も合わせたらなんと69時間という
人生最大の移動劇


それでも気持ちを保てたのは
この最後に乗った36時間のバス
『ANDESMAR』が最高に居心地が良かったからだ

噂に聞いていた実は快適な南米のバス
中にはステーキやワインまで出てくるというのだが
まさにこれはそのバスだった


人生で初めてのバスでの機内食
朝昼晩三食バッチリついているし
椅子は思いっ切り倒れるし
車掌さんのサービス精神は目を見張るくらいで
さらには修学旅行みたいなビンゴ大会まであった
(ちなみに懸賞はワイン)


20120227 (2)


ハッキリ言って登山の前に
超長距離バスで椅子に座りっぱなしで
足と腰に良い訳がないのだが

無事にメンドーサに着いてバスを見送る時は
なんとも寂しい気持ちになった


20120227 (3)


















さて、散々身体を怠けさせて来たのである
登山に向けての覚悟どうこうの前に
普通に身体を動かしたい気持ちで一杯になっている

そういった意味では
意外に登山前の超長距離バスもアリかもしれない




僕達はバスターミナルにいた
ある客引きのお母さんの宿に決めた


とても元気で愛想の良いお母さん

同時に少し太り気味の
お母さんよりも英語が堪能なお兄さんに声を掛けられた
そっちの方が幾分か安いが
何だかお母さんのキャラクターに惹かれた

いつもなら最安値を狙ってきていた愛二と僕には
かなり珍しい選択だったが
二人とも同意見でお母さんについて行った

お母さんのキャラクターに加えて
きっと気分的に山に向けて変なリスクを負いたくない
という気持ちがあったに違いない






勘は見事に的中し
宿にいたお父さんも本当に良い人だった

大量の荷物が運び込まれるのを想定して
今回は相部屋では無くダブルの個室をとったが
その部屋も広くて洒落ていて
出発前のシビアになりがちな時間帯も楽しむ事が出来た
















気合いの入った移動のお陰で
僕達は想像していたよりも随分と早く
メンドーサに入る事が出来た

ただ、運の悪い事に
僕達が着いた2月27日はアルゼンチンの祝日らしく
勇んで街に飛び出して登山用具レンタルや
入山許可証を扱うオフィスまで赴くも全てオヤスミ

折角だから山に登る前に景気付けをしようじゃないか
という事で街を夜まで散策してみても
やっぱり閑散としていて残念な事になってしまった


と、いう訳なので

通常2日は余裕を持って全ての準備を済ませる所を
僕達は1日で済ませなくてはいけなくなった
折角早めに着いたというのに
















愚痴を言っている暇もあるわけでは無い
僕達は次の日朝一で目星を付けていたレンタル用具店へ

お店の中に入ると所狭しと登山用具が置かれている
それを見ていると気持ちはドンドンと吸い込まれていく


20120227 (8)


ディスプレイされた物達はパッと見、とても小奇麗で
どうも激しい登山に僕達を支えてくれる
頼もしい相棒には見えないのだが

深みに進行していく気持ちが
段々とその物達を使って登山をしている
自分達の映像を作り出してきて
いつの間にか気持ちの高揚はピークを迎えている


20120227 (7)


アコンカグア登山の為に
用具をレンタルしたい旨を伝えると

1階の物が所狭しと置かれている販売エリアから
3階の少しスペースのあるレンタルエリアまで通される

その差別感が僕の気持ちを余計に刺激する



20120227 (5)




















アコンカグアに挑戦する

これはどうやらかなり恵まれている事らしい



ネットで軽く調べてみると
やはり海外登山という事自体が難しいという
何よりもお金がかかるし、、そして時間もかかる

登山は天候に左右されるので
タイミングも重要になってくる


それを全て加味すると
数々の運をモノにしなくてはいけない

いくらなんでも運が全て重なるまで待つ訳にはいかないし
タイミングを見計らった所で
海外なのだから簡単に動けるものでもない

その運の部分をある程度お金でカバーする訳だ



アコンカグアに関して云えば
まずは南米までの飛行機代だ

それから大金をはたいて登山をするのである
当然登頂したい

その為にはベストのシーズンを選ぶ必要がある


アルゼンチン政府はそこの所よく解っていて
登山シーズンの夏、入山料の値段設定を三段階に分けている
ベストシーズンは1000ペソ
ローシーズンはその半額以下の350ペソで行ける


ここでも大きく差が出てきてしまう





登山記などを見てみると
一人軽く100万以上はかかるみたいだ

それで登頂できなくて
何度も挑戦している人もいた

大学や社会人の山岳部ですら
海外登山は何年に一回の大イベントなのである




















そんな中で

果たして僕達は大丈夫であろうか
いや、可能不可能という話と共に
申し訳無い気持ちになってもくる




正直、本格的な登山は初めてである


2年前にネパールでアンナプルナをトレッキングした
というのは二人の中でも大きな出来事であった

実際今回のこの話に食いついたのも
あの時の景色や経験があったからに他ならない

でも、あれはあくまで『トレッキング』であって登山では無い
あの時は4150mのベースキャンプまで行っただけだ
今回はベースキャンプをまさに拠点にして
7000mまで登ろうというのだ

規模が違う




登山に行く事になってよく二人で話し合う事がある


「アンナプルナに行ってきたって
 何だかでかい事をしたように振舞ってきたけど
 本当に恥ずかしい、、」

「今、その時のブログを読むの辛い、、」


荷物を持って登山した、
その事が人生で初めての経験だったから
とんでもない『登山』をしたつもりになっていた

でも、今アコンカグアの事を調べたり
実際にこうしてレンタルしにきていると
本当に小さな世界でモノを語っていたと実感する



アンナプルナの時背負った荷物など
たかだか10キロ弱である

しかも途中途中山小屋があって
そこのベッドで寝泊りまでしていた



その時は、それで大いに辛かった



しかし今回は30キロくらいの荷物を背負っていくのだ
そして暖かい部屋のある山小屋など無い
全てテント生活である







まず、こんな事に驚いている事自体
僕達は完全なる素人というのを
恥ずかしげも無く晒している訳であるが






実際、レンタル用具店の店員も呆れていたに違いない


タイヘイ氏に予め貰っていた
持ち物リストを見つつ頼む

彼等も呆れたのか
向こうからこれが必要じゃないか
というような事を言ってくれる

その度に

「そ、そ、それは一体どういう目的の物でしょうか??」

という有様である


20120227 (4)






結局バタバタ

一度レンタルを決めたあとに


「あ!あれも、、」


というのを繰り返した


20120227 (6)






用具に一喜一憂して
またレンタルスペースに貼られている
沢山の写真を見て興奮して

あっという間に3時間くらい経っていたような気がする



20120227 (9)




















そうして出来上がった山盛りの荷物





ここに大量の食料がさらに加わる




山の上にスーパーがある訳も無く
必要な食べ物は全て自分の手で持っていかなくてはいけない

これがまた重い




山に入る時間が短ければ短い程
食事の回数は減るのだから
当然持ち物も減らす事が出来る

しかし、平均で2週間の登山
そして僕達は素人であるから
それ以上の速さでは登る事は不可能であろう

さらに天候によって左右されてしまうので
余分に食料も持っていかなくてはいけない
























そうして前日の夜、僕達のダブルベッドの上には
本当に山盛りの物達が積み上げられた


慣れた旅のパッキングとは違うので
あーでもないこーでもない

そうやっているとあっという間に夜中の1時を回っている


朝このメンドーサから登山口まで行くバスは
早朝6時前に出発である

状況も一日でバタバタで準備したので
ハッキリとは分かっていない
4時半くらいに起きよう

と、いう事は既に三時間睡眠を切ろうとしている





仕方が無いといえば無いのだが
一日で強引に全ての準備を済ませて行こうとしている事自体
やっぱり無謀な素人の結果であろうか



20120227 (10)














結局僕達がベッドについたのは2時を回っていた


人生で一番重い荷物になったバックパック
多分40キロ弱はあったのじゃなかろうか

二人で40キロでは無い

それぞれのリュックが、である





果てさてどうあがいてもあと数時間後には出発である





きっと前日の夜は興奮して
何が何だかわからないかもしれないなあ

そんなふうに想像していたが
そういう事にはならなかった


僕達は急いで眠りにつくのである






一体どんな気持ちがあったか

多分、寝不足で行く事に対する心配


いや、朝ちゃんと起きれるかの心配をしていた様な気がする




20120227 (11)













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男は覚悟かロマンか

20120225








早朝、独りで出発支度を始めるジュンコ
眠気眼でそれを眺める




石田さんのお陰さまで
思いっ切りサンパウロを満喫した僕達は
早速ここを発つ事にしたが
僕達のルートはここで別れる事になる

別に大喧嘩をしてしまった訳では無い
いや、正確に云えばこの件に関して喧嘩になった事は
何度とあるだろう


『この件』について話すには
約3週間前まで遡らなくてはならない



20120225 (1)
























パラグアイ、イグアス移住区のペンション園田での話


その後、弓場農場やリオにサンパウロでも会う事になる
タイヘイ氏

彼はその存在感が大きいのかはたまたただ声が大きいのか
この時は直接は話をしなかったけれども
ペンション園田の中をウロウロしている日々の中で
彼の武勇伝はいくつか自然と知る事となった


その中で特に何度も聞こえてきたセリフ


「ウンコが凍っちゃってさー!!」


何の事だかさっぱりなのだが
何故か耳をつくセリフ












時は過ぎ、一週間のちの弓場農場
一緒に汗水を垂らす仲になった僕達

タイヘイ氏と行動を共にしているタクヤ氏と
ジュンコに愛二と僕の5人で
夕食後のまったり時間を過ごしていた時だ

ジュンコが本人に想いをぶつけた


「あの、、ペン園で聞こえてたんだけども、
 ウンコが凍るってどういう意味?」


さすがだ、
ジュンコはこういう時
怖いもの知らずの突進力を持っていてとても頼りになる

彼女自身も十分自分の強みとして理解しているようだが
果たして今回ばかりはのちのち大いに後悔していた





「あー、その話はですね、、」


その時に出てきた名が僕達のその後を大きく変える
『アコンカグア』であった


タイヘイ氏は登山を趣味と言えるくらいの男で
日本でもよく合間を見ては山をたしなんでいるという

大学生のタイヘイ氏は休学して世界一周中だが
その間にもいくつかの山を目指して登ってきている
パキスタンやネパールでヒマラヤ山系の山にも登っているし
アフリカではケニヤ山にキリマンジャロも登っている

荷物はといえば、半分は登山用具らしい

そして今回の旅での文字通り一番の山場が
そのチリとアルゼンチンの国境付近にある
アコンカグアという山だった


「汚い話なんですけどねその山、野糞しちゃいけないんですよ
 袋を渡されてその中に自分の出した物を回収して
 一緒に下山しなくちゃいけないんですよ」


自分で出した『ゴミ』は全て持ち帰る
という事だろう


「そんなウンコなんてどうやって保存するのかって話ですよね
 でも、この山、結構標高が高くて
 上の方でウンコするとあっという間に凍るんですよ!
 いや、冗談じゃ無く」


勿論笑い話なのだが、どうもネパールで
アンナプルナのベースキャンプまでトレッキングしてから
山の話は気になるようだ

隣に一緒に登った愛二が居るというのも
これは影響しているだろう
愛二に至ってもどうやら同じ感覚だったらしい


「標高が高いってどれくらいなんですか?」

「えっと、確か6900なんぼかだったような」






、、、






6900!?






「えーー!!!
 そこ、登頂したの!?」

「しましたよ!
 今シーズンはなかなか天候が優れなくて
 登頂率が悪いみたいですけどね
 僕は単独で登ったんですけど、
 その時はまだ日本人で単独登頂したのは
 僕を入れて三人だけでした」


なんと、、ここまでの男とは

別に軽く見ていたという事は無いのだが
本当に大きな男だった




それから愛二と僕はとりつかれたように
この偉大な男に質問しまくった

どんな山なのか
スケジュールはどんなだったのか
特別な装備は必要なのか
素人でも可能なのか


いつの間にか自分達が登る事を
想定し始めているのに後になって気が付く
いや、ジュンコに指摘されて気が付いた


「え??もしかして登るつもりなの?」


明らかに冷めた目で見てくるジュンコ
その目を見て初めて
僕自身が熱に犯されているのに気が付いた

でも、既に前のめりになっている気持ちは
そこから急に元に戻る事など出来無かった


仕方が無い
自分でもジュンコからの指摘で
ふと我に還って気が付いた熱である

その熱く荒々しい気持ちと
現実との折り合いを付けるには
まだこの気持ちは新しすぎた


ハッキリしているのはその温度差であって
現実とのギャップを埋める為に
しどろもどろになってしまっている自分の言葉に
自分自身で困惑した


「いや、どうだろう、、
 わからないけどさ、すごいじゃないか!
 7000mの世界だよ!」














それからというもの
ネットで『アコンカグア』という山について必死に調べた

写真を見て
登山記を見て

きっとその熱を定着させる時間と
ギャップを埋める為の言葉を探す為に






アコンカグアは想像以上の山だった



7千メートル弱という高さが純粋に驚愕

さらにはこの高さをもってして
南米大陸最高峰の肩書きは納得なのだが
実は南米どころかアメリカ大陸全体
しいてはヒマラヤ山脈系を除けば一番高い山だという

あの、北米最高峰のマッキンリーよりも
あの、アルプス最高峰のモンブランよりも
あの、アフリカ最高峰のキリマンジャロよりも

どれも山素人でも聞いた事があるような山々よりも
何よりも高いという



熱を定着させる作業というのは
熱を弱める事に在らず

そう、その気持ちを現実に包み込んでいく作業

どちらかと云えば、知れば知る程
この山に対する興味は膨らんでいく






何よりも僕のこの気持ちを焚き上げたのは
かの有名な登山家植村直己の著書『青春を山に賭けて』
をちょうど読んでいたという事だろう

タイヘイ氏に話を聞いた時
まさに僕はこの本を読み切ろうという時だった

そういえば、という感じで本を読み返してみれば
確かにそこには『アコンカグア』という名前が



そのページを開きながら
僕はすっかり固まってしまった

そしてその代わりに
心の中は大きく燃え上がっていた
























それからというもの
ジュンコと僕は先のルートの話をすると
どうしてもぶつかる事になった


タイヘイ氏の話によればアコンカグアの登山シーズンは
南半球が夏の12月から3月中旬まで

登山は大体2週間程かかるので
最低でも素人ならば2月の終わりか
3月の初めまでには入山していなくてはいけない


この話を聞いたのが既に2月中旬
行くなら急がなくてはいけない

今はブラジルだがアコンカグアのお膝下の街は
アルゼンチンのメンドーサという街
その距離しめて3000キロはある

そこまで行くのに何日かかかる
そして準備にも何日かかかる
そうなると一刻も早く行動を起こさなくてはならない


でも、熱に犯されていないジュンコとしては
当然寝耳に水の話

しかもこれから一緒に世界一周をする身でありながら
急に一人進路を変えてしまうのは
確かに身勝手極まりないのは自分でも感じていた

だからこそ現実と
自分の気持ちのギャップにあえいでいた










僕達は一緒に世界を回るという話をした時
ジュンコは、

「世界一周という話に私が途中参加するのだから
 あなたの遣りたい事を存分にやりきるのを優先する
 行き先とかもなるべく合わせられるから」

という話をしてくれた



二人で世界を旅するとなった時
考えられる衝突としては行き先の問題がまずある

興味の対象が全く同じ訳では無いのだから
それは起こるべくして起こる事だ

その問題を想定した話をした時の話である



だからと言って、
僕としても何もガンガン自分勝手に前に進むつもりは毛頭無いし
昔から培ってきた『男』らしさという
僕なりの考え方はそれなりにあって
そこに沿って行動していくつもりだった

僕としては二人で行くとなった以上
二人の旅としての物を作り上げていく責任と覚悟を
その時は決めていたのである




だが、

今燃え上がっているこの心の熱をあえて云うとすれば
男のロマンとでも云うのだろうか

どうもロマンと言ってしまうと
陳腐な感じがしてしまうのが悲しいのだが
これは『男』としてどうしても引き下がれない
そういう気持ちがしていた





男として覚悟を決めた事
そして男として引き下がれない物

二つを天秤にかけるべきなのか








そんな筈は無いのだ




僕は『男』なんて慣れない言葉を使って
自分自身でこんがらがってしまっているが

何よりも僕は前に進まなければ何も出来ない人間なのだ
目の前の明らかな目的に向かって
歩いていくしかできない人間なのだ
















ただ、この結論は自分をスッキリさせなかった

ジュンコとの事を考えると
自分自身に自問自答を続けてしまう

このままでジュンコはストレスを抱える事になるだろうか
この先また僕はこういう事をしてしまうだろうか



でも、その答えすらも
この登山が見い出せてくれるだろうとも思った

少し都合がいいかもしれないが
この僕が前に進んでいる間
そしてジュンコと離れている間の
お互い気持ちの揺れや遣り取りが
何かの答えを出してくれると思った




何より僕達はまだそうやって離れた事が無いのだから
























ジュンコは口少なだった


黙々とパッキングを進めて行く


20120225 (2)




久々の旅再開でなかなかパッキングが早く出来なかったが
今では随分と早くなったのでは無いだろうか


20120225 (4)



僕が見る景色は一緒なのだが
自分自身がリュックを背負っていない
肩に重みを感じていないだけで
こうもいつもと違う感じがするものなのだな


20120225 (3)




ジュンコは独りで鹿児島県人会の前の坂を登って行く


最後に気持ちが伝わってくる
表情をして行った




20120225 (5)








ここまでしたのだ、

目的に向かって精一杯進んで行くのだ


全てを前に向かう力にする
そう仕向ける





早速僕達もパッキングをする為に部屋に戻る










ハシゴ

20120223










疲れきった身体でサンパウロに着く



さすが南米最大の都市
見渡す限りのビル群が延々並んでいる

まばらな姿かたちのビル達が
地平線まで埋め尽くしている景色は東京を思わせる

地下鉄もしっかり走っているし
地図を見て途方に暮れてしまうくらいの大きさを感じるけれども
安心して目的地の宿に向かう事が出来た


綺麗に整えられた地下鉄の駅を出て
全荷物を背負いながら急な坂を下って行く

「これ、帰りに登る時、大変だな、、」

そうやって言い合いながらも
勇み足でどんどんと下っていく

この先にはちょっと楽しみな場所があるのだ



サンパウロには有名な宿がいくつかあるが
最近どんどん有名になっている場所がある

それが『鹿児島県人会』

アスンシオン、イグアス移住区、弓場農場に引き続き
何とも日本の臭いをプンプン感じる所だ


ブラジルにはご存知の方も多いであろう
150万人とも言われる歴史の深い日系社会がある

街には所々に、故郷を懐かしもうとこういう県人会が沢山ある
同じ都道府県出身の人達が経費を出し合って
建物を建て、そこでお祭りやら会議やらをする

だから大きな会議室があったり
日本からの来客を招待できるように
宿泊施設が併設されてたりする


きっとここ鹿児島県人会
昔に鹿児島出身の旅人が頼み込んで泊まったのが始まりだろうが
今では鹿児島出身と言わずに広く旅人を受け入れている


ここ鹿児島県人会と言わず
折角なのだから、という事で

ジュンコは北海道人会
愛二は岐阜県人会
僕は東京都人会

それぞれ調べてみると
確かに存在はしているようだが
なかなか連絡先が掴めない

ここ鹿児島県人会だけは
確実に旅人を受け入れているという事で
結局僕達はここに向かったのだ



果たして県人会というのだから
沢山の日本食材や日本の物達が溢れているだろう

そういう思いで楽しみにやってきていた




しかし、、




ちょうどカーニバルの時期であるのが災い、
そして連絡の行き違いで上手く予約が入っていなかった

実はここ鹿児島県人会には今ツウが泊まっているのだが
それに安心してしまってしっかりと連絡をとっていなかった


門の前でドアベルを押すも
管理人が今不在という事で
ツウの力でも中に入る事が出来なかった


僕達は仕方無くインターネットを使わせてもらって
違う宿に向かう事にしたのだ

結局次の日に無事に管理人さんが
カーニバルの休み明けでやってきたのを見計らって
また戻って泊まる事が出来たが

辛かったのはボロボロの身体であったのに
また荷物を持って坂を登った事
いつまでたっても全荷物を背負って歩くのは辛いものである









さて、こんな大都会サンパウロくんだりまで来て
何をするか、という予定は特に沢山ある訳では無かった


都会に来てみていつも思う事だが旅のつもりで寄ると
果たして何をすべきなのか検討もつかなくなってしまう

別に旅どうこう置いておいて
楽しむ分には存分に都会は楽しめる

スーパーで買い物したり
夜飲みに出歩いたり
ウィンドウショッピングしてみたり
物やイベントは溢れているから
そのつもりになれば飽きる事は無い


ただ、ふと部屋を見渡して
汚い自分のバックパックを見つける時
どうしても何か自分と過ごしている時間の
不釣合さを感じてしまう時がある

文明の便利さを追求する都会
きっとこの要素自体が
旅の追求とは相反しているのかもしれない







ただ、一つだけ

今回は一つだけ目的があった


それは弓場農場で数日一緒になった石田さんである






石田さんはサンパウロの日系企業で働いてらっしゃる
いわゆる駐在さんである

駐在さんのイメージと云えば結構華やかなモノで
興味はあるのだが僕達が出会える筈も無いと思っていたし
実際はそうなのかもしれない

ただ、弓場農場の皆が平等であるという精神が
僕達に幸いしたと言える

休みを利用してかねがね噂で聞いていた
弓場農場にやってきていた時に僕達が出会った


弓場農場のある地元であったカーニバルに
一緒に行ってベロベロに酔っ払った帰りの車の中
石田さんはおっしゃったのである

「キミ達、サンパウロに来たら是非連絡を取りなさい!
 僕がしこたま案内してあげよう!!」

そう、声を大にして言っていただけたのである


ご存知、図々しさは旅人の重要とする所である
いくら酔っ払っていようと
大事な事はしっかりと覚えています












例によって石田さんに連絡




あの時のイメージが残っていたので
仕事中にしてしまったであろう電話の時の対応は
随分と違っていてすっかり恐縮

少し強引に連絡してしまったのを後悔しながらも
僕達は待ち合わせ場所に向かう




サンパウロの中に有名な日本人街がある
その名もリベルダージ

地下鉄の駅を出るといきなり
赤い瓦屋根を模した銀行がある

目抜き通りにも赤い日本を彷彿とさせる装飾
歩けば日本語の看板を下げたお店がずらっと並んでいる


20120223 (1)


さすがブラジルの日本人街

日本人の気質もあって
なかなか世界で根付かず大きくならない日本人街
きっとここが世界で最大規模であろう


ただ、世界の潮流はここでも例に漏れず
今では中国人と韓国人もかなり増えているらしい




僕達の待ち合わせ場所
スーパー『丸海』

それでも世界最大の日本人街といえよう
スーパーの中にはよくアジア食品と一緒くたにされて
並べられている中国や韓国食材では無く
間違い無く日本の食材が沢山並んでいた




程なくしてやってきた石田さん

細身のスーツに身を包んで
すっかり出来る日本のサラリーマン姿でやはり恐縮
さすが有名企業の第一線で働いてらっしゃる方です

それでも、昔自分も旅人を長くやっていたという石田さんは
とっつきやすいオーラを持ってらっしゃって
微妙な距離感などは徐々に消え去っていく

















さあ、そういう時に最も必要な物は?

















それは、アルコールでしょう!!


幸いな事?に石田さんもお酒は大好き
僕達の性格や現状も分かっていただいています

僕達は思わぬ運命の巡り合せで
サンパウロで飲み歩きをする事になりました





まずは石田さんの行きつけの中華料理屋さんで
オススメの夕食を頂きビール!


20120223 (2)


そこで話が盛り上がり
すぐ目の前にあったザ・日本の居酒屋へ

懐かしい居酒屋のおつまみの名前達


20120223 (3)


そこで懐かしい日本酒を
イカの沖漬けなんかで頂いたのであります


20120223 (4)


初めはあまり人の居なかった店内が
いつの間にか大声で話さないと
聞こえないくらいの店内

こんなのも懐かしい日本の居酒屋の雰囲気



ふと石田さんが声のトーンを落として

「あ、あの人どこどこの会社の駐在さんだ」

何て有名企業の名前をおっしゃいます



日本を遠く離れて仕事に勤しむ駐在さん達
任命される位ですから
人一倍ガッツのある人達の集まりでしょうが
さすがに日本が恋しくなるモノです

お互いの情報交換そして懐かしさもあって
結構駐在さん達の横の繋がりはあるみたいです

ここ海外の『居酒屋』は
そんな駐在さん達の言ってみれば『会議室』
のようなものみたいです


まだブラジルにやってきて一年と少しの石田さん
初めは馴れ合いの様に見えた駐在さん達のコミュニティと
少し距離を置こうとしていたみたいですが

最近仕事の幅は広がってきたのもあって
段々と付き合いを広げてきているようで

やはり横の繋がりはここ海外でも
仕事の分野を越えて重要なモノみたいです



20120223 (5)









さてすっかり調子が出てきた僕達は
石田さんが愛してやまないという
こじんまりとした飲み屋に連れていってくれます

そこは今はもう日本でも大分数が減ってきたであろう
10席ほどしかない飲み屋さん

元お相撲さんがやってらっしゃるそこは
たまにポルトガル語が聞こえてくる以外は
完全に日本の雰囲気

またしっぽりと日本酒を飲みながら
旅の話で盛り上がります


20120223 (6)


仕事を始めてからも
精力的に旅行に出ている石田さん

ブラジルは既にかなり奥地の方まで
知り尽くしていて
僕達が全く聞いた事ない場所も
ガンガン勧めてくれます

どれも一癖ある魅力的な場所ばかりで
僕達もどんどん石田さんの話にのめり込んでいきます

きっと人の上に立つ人
特別な事をやり遂げる人というのは
何をしても魅力的なんでしょう


色々と聞いた話を書いてもらったメモは
石田さん自身も後で読めない程の
とんでも無いモノでしたが、、

いや、きっとそれも『芸術的』な魅力なのかも


20120223 (7)










お相撲さんのお店も店仕舞い

すっかり夜も更けて夜中になってました


夜はさすがに場所を選ばないと出歩けない
と言われるサンパウロで早速夜更かし

まだ仕事がある石田さんにも申し訳無いというので
僕達もまだまだ話たいのをこらえて
地下鉄の駅に向かいます


地下鉄に乗って今日の御礼を言っている時に
ふとワインの話になりました


「いやあ、本当にこんなにお酒を飲んで
 楽しんだのは久し振りです
 ビールに日本酒に地酒に」

「そういえばワインとかってブラジルでもあるんですかね?
 去年カナダに居る時にすっかりワインにはまってしまって
 ブラジルのワインも飲んでみたかったね」

「あ、あるよ、オススメのワインバー!
 行く?まだ飲み足りないでしょ?」


これは僕達が図々しかったのでしょうか
いや断じて催促したつもりはありません


でも、


この時、顔は完全に驚きと酔っ払ったニヤケで
フニャフニャでした

もう夜中というのに
前に一緒に行ったという知り合いの方に電話して
場所の確認をしています


20120223 (8)


結局バッチリとした場所はわからなかったのですが
駅はわかるというので
さっと地下鉄を降りて
反対側の地下鉄に乗ります

もう笑いしか出ません


20120223 (9)










駅を出るとそこはサンパウロの旧市街

昼間は観光地として賑やかな所ですが
どうやら夜は少し危険な地域としても
有名みたいです

決してこういう事をして遊んではいけない
とは分かっているのですが
つい石田さんといると大丈夫な感じがしてしまいます


20120223 (10)


でもやっぱりダメみたいです
いきなり話し掛けられます

「ダメですよ、ここでこんな事しては
 危ないですから」

ちなみにこれ、日本語で注意を受けました


ビックリたまたま日本に興味のある
学生二人組に声をかけられたのです

話が盛り上がって
石田さんは彼らも飲みに誘います

結局彼等は家に帰らなくてはいけないという事で
別れましたが、石田さんの引力とは
相当なモノです


20120223 (11)


結局お目当てのワインバーは発見できず
タクシーで別の場所へ

行ってみればドレスコードがありそうなくらいのカフェバー
そんな所で結局またビールを
























結局4軒もハシゴ

ハシゴという響きが
気持ち良く心に響きます


そして、





なんと、

全て石田さんがお金を払って下さいました






「昔、旅をしている時に世界中で沢山お世話になったから
 ささやかだけど、僕なりのお返しのつもりなんだよ
 これから頑張る旅人達に向けて」





ずっしりと胸に響く言葉
自分が今確かに旅をして沢山の『優しさ』をもらっている事実

勿論僕も旅が終わったら
沢山のお返しをしなくてはいけないとは思っているけれども

果たしてこれだけの優しさを貰って
どれくらいのお返しをしたらいいのだろうか
図々しさの先の話


でも、こうやってまた新しい繋がりが出来ながら
自分なりのお返しが出来たらいいな、と
ほっぺたを赤くしながら思ったのです


次へ続く橋渡し


それこそ飲み屋をハシゴするなんて
僕の得意分野ですから




20120223 (12)
















リオのカーニバルに行ったけれども、、

20120221














今年の年越しはニューヨークで過ごした


貧乏旅人には随分と不釣合な
とても華やかな空間と時間だった

出会った人達もまた華やかで素晴らしい人達だったから
僕達もその恩恵にあずかっていつもみたいに
ひねくれる事無く楽しいひとときを過ごした


元日に格式の高そうなジャズバーに行ったのも
その思い出の大事なひとつである

歴史も長くそれなりに名のある所だったみたいで
何とか一つ、旅に持ち歩いているYシャツでも心許無いので
友達にジャケットを借りてまで行った



そのジャズバーに入る前の事だ



基本予約制のバー
予約などしていなかった僕達は店の外で一旦待たされる
同じ様な人達が店先に並んでいる


さむいー!何て言い合っていると
僕達の前に並んでいた家族連れのお父さんが話し掛けてきた

もう何度も年越しにニューヨークにやってきているという
見るからにお金持ちそうな彼等は
ブラジルのリオデジャネイロからやってきたという



僕達はその時、南米にこれから行くという身

南米は全然英語が通じなくて大変だ
という話を聞いていたのだが
この家族は二人の息子に至るまでバッチリな英語を喋る

間違い無くブラジル国内でハイクラスな方達であろう



当然僕達はリオのカーニバルに行きたいんだ
という旨を伝える

、、というよりもアピールした


そうすると彼等はリオのカーニバルの時期
とんでも無い人数が世界中から集まってくる
それはこのユーヨークの年越しと同じくらいだろう
ホテルはもう予約しているのか?
今からとるのでも大変だぞ

本気の顔で心配してくれた



実際その後、心配になって調べてみると
まだ二ヶ月弱も先だというのに
ホテルどころか安宿までほとんど一杯で
あってもなんと相部屋で普段15ドルくらいの所が
100ドルという信じられないような値段だった


結局お父さんは
リオは本当に冗談じゃなくていい場所だよ
自分が住んでいるというのもあるが
そうで無くても最高のビーチや景色があるよ
是非、来なさい
そして来たらここに連絡しなさい

と言って、ジャズを堪能した後
去り際に僕達に連絡先を残していった



























旅人になる条件の大事な一つとして
『図々しさ』があげられると思っている


理由は今はおいておいて
きっと僕はその素質があっただろう

そして旅を通してその図々しさはさらに度を増していく


僕達は当然の様にリオに向かう前にお父さんに連絡をする

きっと、
「まさか本当に、、!?」

いやむしろ、
「ん?一体誰だ?」

という感じだったに違いないが
ハイクラスのお父さんはそんな事はこちらには一切見せずに
ウェルカムの意思を示してくれた





図々しさにもルールはある
それはバランスだ


それぞれの文化や性格によって変わるものだけれども
やりすぎてはお互い最悪の気分になって終わってしまう

何より旅においてはお互いが別々の環境に居て
大概は時間の共有としてはあまり無いのが常だから
感覚的な所は余計に気を使うべき所である


という訳で、

さすがに今回は「泊まりたい!」
などという事を言うのを控えまして
せめて荷物を置かせていただけないでしょうか
というお願いをした



きっと珍しい僕達の謙遜の気持ちが通じたのか
お父さんは快く引き受けてくれた




















弓場農場から夜行バスを乗り継いで
リオデジャネイロにやってくる

世界でも有数の国際都市であり長い歴史も持つリオだが
それと同時にやはり世界でも有数に治安という面で悪名の高い街


旅人の間でも十分その噂は流れていて
沢山の被害報告を聞く

そして今はそんなリオの一年の中で一番のイベントである

弓場農場ですっかり旅としての注意力が低下しているのを
自分自身で感じている僕は少し肩に力が入るのである




僕達は朝バスターミナルに着いてから
まずバス会社を軽く回る

ただでさえ物価が高い上にさらにカーニバル価格になった今
治安の面においてもここに長居は出来ない
という訳で、僕達はお父さんのお家に
荷物だけ置かせてもらって一日カーニバルを楽しんだあと
徹夜でそのまま次の日の早朝バスでここを去る計画を立てたのである





バス会社を回ったり
早朝だったので少し時間を潰したりして待っていると
トイレに行っていた愛二が二人の日本人とやってくる

「あらあらあらあらー!」

ペンション園田と弓場農場で一緒だった
タイヘイ君とタクヤ君だった

今サンパウロに宿をとっている彼等は
僕達と同じ様に0泊2日の強行スケジュールで
リオにやってきたという


みんなで情報交換をしていると後ろから


「あっ!!」


という声
振り返ってみるとプエルトイグアスで別れた
ツウが立っていた

ツウも今はサンパウロで宿を取っていて
やはり同じ様に昨日来て徹夜でカーニバルを見て
これから帰る所だという


愛二は他にもトイレに行く途中で
ペルーあたりで出会った旅友にも会ったという




リオのカーニバル




バッタリがこんなにポンポン起きてしまうのだ
それだけ世界中から人が集まってくるのだろう


そしてもう一つ


ツウは宿で一緒になった友達二人とリオに来ていたのだが
その友達のデジカメが盗られてしまったらしい

愛二がトイレに行く途中に出会った友達も
ついさっき、ベンチで大事な物が入ったバックを
置き引きされてしまったという



このバッタリ出会った友達の内
なんと50%の確率で既に被害に遭っているという

この一大イベントの時に
犯罪を犯す方も張り切っているのだろう

それにしても同じバスターミナル内
自分達が普通に居るこの場所で
犯罪が起きてしまったという事実は
結構ビックリする事である

きっと、お父さんが居なかったら
かなりビビって全然動けなかったに違いない








さて、そのお父さんに一刻も会わなくては

お父さんが居るのでハッキリいって
殆ど何も調べずにやってきていた

ただ『カーニバル』の名前に誘われた
ハエ一匹といったところだろう
このままでは飛んで火に入ってしまうので
住所を頼りにバスに乗り込む









恥ずかしながら知らなかった事なのだが
リオデジャネイロには世界的に有名なビーチが二つある

イパネマビーチとコパカバーナビーチだ

その地域はいつでも人で賑わっているという
ちょっとしたリゾート地になっているらしい

なんとお父さんのお家は
その二つのビーチのちょうど真ん中にある
さすがハイクラス




バスターミナルを出てすぐ
そこはボリビアで見たような
少しくすんでひび割れの所々走る家々が
傾きながら建ち並ぶエリア

そこを抜けて一時間程もバスは走る
さすが大都会リオといったところだが
街の反対側までやってくるとその景色は一変する


ガラス張りのエントランスが並び
そこには私設ガードマンが歩いていたりする

薄暗い雰囲気も一掃され
ラテンの太陽がガッツリ降り注ぐ
開放的な空気

歩道を歩いている人達も
お洒落な服を来て
犬を散歩させていたりする


僕達はそのエリアでバスを降りる
そして高級感の漂う一つのビルの玄関を入る

ビルの管理人というよりも
私設ガードマンの様な雰囲気のオジサンに
お父さんの名前を告げると
エントランスの扉を開けてエレベーターまで案内してくれた


マンションの一室
洒落た大きな額入りの絵や
ピアノに装飾が散りばめられた部屋

お母さんが出迎えてくれ
僕達を快く部屋に入れてくれた

暫くして散歩に出ていたお父さんが帰ってきて
ベランダで暫し歓談する
心配だったが何とか覚えてくれていたようだ
ニューヨークの話も少し出る

美味しいコーヒーをご馳走になり
持っていく荷物を準備して
早速僕達は街に繰り出す


20120221 (1)







リオのカーニバルというのは
南米中にあるカーニバルの中でも世界中に名を馳せる程である
やはり規模が一番大きいらしい




期間は4日間

規模が大きいというその大きな理由は
大きな屋外アリーナを貸し切って会場とし
そこを何百人規模のチームが何チームも参加して
盛り上げるからであろう


リオにはカーニバルの専門学校がある
しかもいくつも

その学校がそれぞれ一年の練習の成果を
ここで発揮するために何百人のチームを組織して
参加するのだ


メイン会場のそのイベントは
夕方の6時から始まり何と朝の4時まで延々続くというのだ

何百人の踊り子達が大きな山車を率いて
何時間も踊りまくる

想像するだけで圧倒的だ









一年の内の一大イベント
勿論会社に学校は殆ど休みになって町がカーニバル一色になる
さらに凄いのは実は会場はアリーナだけではない

それこそ町中いたる所、バーやカフェそして道端にビーチ
そこらじゅうでステージが作られその周りでお祭り好きの人間達が
真っ昼間から飛び跳ねる


そう、だからメイン会場も含めて
本当に一日中朝から晩まで踊り狂う

それを4日間まるまるやり通すというから
ブラジル人の祭りに対する本気度には恐れ入る
一体いつ寝ていつ休んでいるというのか



20120221 (2)








という訳でお目当てのメイン会場に行くまで
まだまだ時間があるというのに
僕達はまだまだ強い日差しが指す街へ向かう


眩しい太陽

それだけでも身体が火照ってくるというのに
ビーチに出てみると
その開放的な景色が僕の心をドキドキさせる

確かにここに生まれて育ったら
遊びにいつでも本気な、あんなブラジル人が生まれるだろう
そんな確信を持つ



20120221 (3)







ビーチでは本当に沢山の人が行き交っている


歩いていると色んな人だかりが出来ている
ある一つに行ってみると帽子を配っているではないか
スポンサー企業が配っているモノらしい

同じ物をさっき売っている人達がいたが
どうやらこれは本来はタダで配っているようだ

悪徳な奴等はこれを手に入れて色んな所で売っているらしい




貧乏旅人がこれに食いつかない訳がない

悪徳と言われようと何だろうと
僕達も輪に潜り混んで大量ゲット

でも、悪徳になりきれない
残念日本人の僕は結局最終的には悪徳になれないようで
結局道行く人に「頂戴!」と言われてあげてしまった



20120221 (5)





そのうちステージから爆音が流れてきて
行き交う事も出来ないくらいになる

あっちこっちから水なのかビールなのか飛んでくる
それが気持ち良い


もう昼間っから完全にお祭りモード
これじゃあメイン会場まで果たして体力が持つだろうか、、、



20120221 (4)























と、いう心配はごもっとも

結局メイン会場に向かう頃にはすっかり体力ゲージが
心許無いくらいになってしまった

強引に盛り上げようとビールを買ってあおる





メイン会場には大人数を収容する為に
いくつかのブロックに分かれている

ブロックが並ぶ真ん中に踊り子達が通る道がある
そこからの距離によって席の値段が大きく変わってくる


色々と悩んだがさすがに当日料金だったので
一番遠い所以外はひるんでしまう金額
我々はここにこれただけでも幸いと思おう
という事で最安値の席を取る

踊り子が通る道の一番最後の場所で
さらに一番遠く、そして自由席
コンクリートに直に座るという

きっとこの冷たさがのちのち眠気を吹っ飛ばしてくれて
最後までカーニバルを鑑賞できるのだろう
いや、もしくはみんなの熱が真夜中のコンクリートすら
温めてしまうに違いない

そうやって言い聞かせたけれども
そういう事は一切無かった






9時に乗り込むと
町中に向かって流れる爆音に
煌びやかな衣装に身を包んだ踊り子達が
会場の熱を温めていた

周りのブラジル人達は知った曲のようで
一緒に歌って踊っている人達も居る


リオのカーニバルには一応優勝というのがあって
それぞれの踊り子達の笑顔やパフォーマンス力
山車の出来や会場の盛り上げ方によって得点を獲得する

演技時間も決まっていて(一チーム80分)
その間に通りを抜け切らなくてはいけない

だからみんな一生懸命






ただ、


その80分の間
実は同じ曲が延々とかかるのである

知らない僕達にとってはなかなかハード
しかも踊り子達の一生懸命な演技も全然見えない

気が付けばコンクリートの椅子に
うずくまってしまっていた
お尻からせり上がってくる冷たさと必死に戦いながら
そして昼間にはしゃいでしまった疲れとも戦いながら

アップテンポなサルサが大音量で流れているけれども
結局同じ旋律が繰り返してくるので
いつの間にか僕には子守唄のようになってしまう








結局僕達は最終チームが出てくるまでは踏ん張ったものの
そこで会場を後にする

一体どれだけ寝てしまったのか
9時から3時までのしめて6時間
勿体無いとはまさにこの事だ


変なケチ心は全く意味を成すどころか
逆にマイナスの要素を自分に返してしまう
このリオに来て残念ながら一番学んだ事だった






這う這うの体でお父さんの家まで帰ってくる
予めお父さんと取り決めていた約束

朝早く帰ってくるだろうから
家の隅に荷物を置いているので
管理人に鍵を開けてもらって
自由に取っていってくれ

僕達は熱も冷め切った身体をさすりながら
マンションのエントランスに戻ってくるが
何と管理人がいないではないか

ベルを鳴らしても誰も反応が無い



結局僕達はそのままエントランスの前の階段に
また身体を丸めてうずくまる

結局朝管理人がやってきたのはそれから三時間
踏んだり蹴ったりとはまさにこの事だ



















みなさん、リオのカーニバルに行かれる事があるならば
間違い無くいい席を

値段以上の開きがあります



いや、これはカーニバルに限った話では無いですね



何もお金の価値が
そのまま物の価値に直結していると言えば
そうではないというのは
今までも十分経験してきた筈なのに、、


















理由付け

20120217







くる日もくる日も朝から仕事


鈍りきった身体にムチを打つ
毎日決まった時間に(しかも早朝暗い間に)起きる事自体
いつ振りなんだろう

でも、自然と身体は言う事を聞いてくれる


汗水垂らす

というのは身体を元気にするらしい
美味しい食事も手伝って
心身共にすっかり弓場農場のリズムに染まっているようだ

心地が良い

初日の仕事中に思った逃げ出したくなるような気持ちは
あっという間に何処かに消え去っている



20120217 (1)




自転車で旅をしているニシムラさんは
もう一年もここに滞在している

ニシムラさんと同じく既に貫禄すら出ているカオルさん
僕と同じように日本から西回りで世界を回ってきて
弓場農場に辿り着き既に半年

パラグアイのペンション園田で出会った大学生二人
タイヘイ君にタクヤ君も僕達と同じ時期に弓場農場へやって来た

見るからに身体を動かす事が好きそうな二人は
ふざけ合いながらも楽しく弓場での時間をこなしている


僕達がいる間、

同じ様にペンション園田で一緒になった
ショウ君にサヤカちゃんも数日だけだったけど
一緒に汗を流した




旅人同士、旅とはまた違った日常を
同じ様な思いでクワをふりふり話をしながら楽しんだ




20120217 (2)



















朝から仕事をするといっても一日中では無い
夕方4時には大体仕事は終わる

そうなれば後は自由時間


初めはそんな時間に終わったとしても
朝から身体を動かし続けて
バテバテで何も出来ないだろうなんて思っていたけれども

さて、実際に身体がそのリズムにハマると
むしろ調子が出てきて身体は『もっと』なんてせがんでくるのだ









仕事が終わると僕達はまずお風呂に向かう





ここで大事なのは『シャワー』では無く『お風呂』という事


世界中色んな文化があれど
大概、バスタブという文化は見当たらない
お湯を溜めてゆっくりつかるというのは
日本独特の文化といっても過言では無い

全く無い訳ではないが安宿なんかにそんなモノはある訳もなく
僕はこの旅に出てゆっくりと湯に浸かる経験など
台湾で友達に連れていってもらったスーパー銭湯くらいである



が、ここは日系の方が暮らす弓場農場である



そう、本当に『お風呂』なのだ!

桶も椅子もある
水もお湯もバシャバシャ出る

椅子に座りながら身体をゴシゴシなんて
本当に久しぶりで毎日お風呂に行くのが楽しみになる



旅中、シャワーとは気が滅入る作業である

大概お湯は出ないし水量も心許無いのが大半
しかもシャワーだけだしヘッドも固定である
脱衣所は狭かったり汚かったり
だから足の裏などしっかり洗えないし
タオルで拭くのも気が引けてしまう

そしてそうもたもたしている間に
ばっちり身体は冷めてしまって寒い思いをする

だからどうしても2日に一度とか
今日はあんまり汗かいてないからいいやとか
先延ばしにしてしまう


そんな日々がずっと続いていたものだから
座りながらゴシゴシ
頭に思いっ切りお湯を浴びせる
この快感はたまらない

しかも弓場農場は大きな共同体だから 
風呂場もちょっとした銭湯のような広さがあって伸び伸び出来る
お風呂も家のお風呂ではなくて銭湯の大きさ


年単位でこびり付いた垢もこれなら落とせる
その日の昼間についた泥土などは問題外

お陰様で仕事中に泥んこになるのなんか全く躊躇せず
思いっ切り飛び込んで行けた












お風呂が終われば洗濯


弓場農場では大きな洗濯場がある
大人数の洗濯をするのだから当然であるが
僕達もその場所を使わせてもらえる

タイミングがよければ洗濯機も乾燥機も使える

初めは洗濯板でゴシゴシ
それから洗濯機にぶちこんで

身体の垢同様、旅中手洗いで済ませていた服や
デニムの様な手洗いではなかなか洗えないものも
すっかりキレイにさせていただいた




20120217 (3)















そして洗濯が終われば夕食の6時まで
大概僕達は食堂の前で野球やバトミントンをやったりした



20120217 (4)



すっかりキレイになると
また身体を動かして汗泥にまみれようとする

服も身体もキレイになるとリセットされたような気分になる
それがどうも『汚れる準備万端』と判断されるようだ

そうなると自然と身体も軽くなって
十分身体は農作業で動かした筈なのに
走り回る




20120217 (5)





そうして夕食の角笛が鳴る



折角お風呂に入ったのに
また汗だくになって身体はアツイ

火照った身体に冷たい茶を流し込んで
山盛りの食事をモリモリ食べる

身体は十分動かしているから
本当に毎度美味しく沢山食べる






お風呂でいつでもキレイに身体を洗えるし
洗濯場でいつでもキレイに服を洗えるし
食堂でいつでもたらふく食事を食べれるし

何の心配も無いから毎日思いっ切り活動出来る







食事が終われば寝るまでやっぱり自由時間

大概そのまま食堂に居て
お茶でも飲みながらみんなと話をする

はたまた、食堂ではWiFiが使えるから
パソコンを持ってきて調べものなんかしたり


そんな事をしているといつの間にか日が暮れてくる
そうすると自然とあるテーブルに人が集まってくる


お酒を飲んでみんなと楽しく話をするのが大好きな
弓場農場の現オーナーの弓場恒雄さん


20120217 (7)


サトウキビの蒸留酒ピンガを飲みながら
テーブルを囲んで笑い合う


20120217 (6)



その日その日によってメンバーは入れ替わる
何だか弓場農場の中にあるバーのような場所



20120217 (8)



週末は大人数が集まり
ちょっとした宴会の様な事になったりもする

僕達が行った時はちょうど南米でカーニバルの時期で
夜にみんなで地元のカーニバルに
連れて行ってくれた事もあった


20120217 (9)









程良くお酒も回ればもう一日
一秒たりとも逃さずまるっきり満喫した様なモノだ

ベットに入れば毎日気持ち良く
眠りの世界に入っていけた



何と居心地の良い日々だろうか



20120217 (10)






























でも、僕達はここを出ていく決心をした

たった10日だったけれども










リオのカーニバルの日が迫っていたのだ







別に絶対に行く必要は無い
それは旅をしてきて余計に感じる事だ


世界中の観光地を回れる訳は無いのだから
何処かで諦めなくてはいけない所が出てくる

だから旅をしていると
自然と固執する気持ちが薄れてきたりする

思いっ切り自分勝手な欲望を叶えようと
世界を飛び出してきたのに
その先にあるのは諦めというのもまた不思議な話なのだけど


だから有名なリオのカーニバルだろうが
行く必要は無いとは思っている訳である

ただ、何か理由が無いとここを出るタイミングを逸するのだ



もう身体は完全に弓場農場のリズムに染まっている
これでは本当にこのままずっと居る事になりかねない

別に居たって構わないし事実良い日々を過ごせている
ここ弓場農場は実際に元旅人でそのまま住み
家族を持った人も居るのだ



でも、この時はやっぱり出る理由を探していた

そういう事を考えるのはまた次の機会
僕は今先に進むべきだと思っていたようだ

リオのカーニバルはそんな自分の中で
格好の理由だったのだろう











僕達はまだまだ居続けたいという気持ち
それを大事にしてこの理想郷を後にする



20120217 (11)













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Profile
    ふらふら何処かへ酒飲んで本読んで人と話してぼーっとして海に入って空飛んでバスに乗ってまたふらふら何処かへ、、何処へ?うーん。。とりあえずの試行錯誤継続鍛錬。

    2009年5月、日本を後にし、ゆっくりだけどそのうち加速予定。

    未熟ながらもなんとか自分の言葉で世界を書き起こしたい。ただいまその道中。


    name : LAN
    now : Quito ( Ecuador )
    latest update : 20120816
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