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5570-クライミング9日目-

20120308












風は全然無いのだがなんという寒さだろう




いい加減このアコンカグア登山行ブログも回を重ねてきたのだから
毎度毎度、朝の寝起きの寒さに対する愚痴から始めたくはないのは
僕としても感じる所なのだが

それでも、

前日までは信じられないくらいの寒さだったのが
翌朝を迎える度に簡単に覆されてしまうので
どうしても書かざるを得なくなってしまう


それくらいまた今日の寒さはとんでもなかった









遂にマイナス30度まで耐えられるという寝袋は
全くその存在感を僕に示さなくなってしまった
薄いシーツでも被っているようだ

いつものように火を点けてテントの中を暖めようとするのだが
大失態である、汲んでおいた水は
ポットの中やペットボトルの中問わず全てがガチガチに凍っていた
標高の高い所では凍らせたくない物は寝袋に入れて一緒に寝なくてはいけないのだが
すっかり忘れていたのだ

火にかけた所で一向に融ける気配が無いので
仕方無く今日の朝食はビスケットという事になる





身体が温まらないまま外に出たからか外の寒さはより一層応える

荷物を詰める
テントを片す

でも全く作業は進まない
二人の身体とも小刻みに震え
なんとか熱を発せようとしている



弁解をさせて頂ければ
僕達は既に最高装備になっている

僕はユニクロの長袖ヒートテックを二枚重ね着し
その上にTシャツに起毛のセーター
さらには分厚いダウンジャケットに
さらにその上にウインドブレーカーを羽織っている

下は三枚重ね着しているし
靴下も二重だ
ご存知靴は二重靴だし
頭にはネックウォーマーとフェイスマスクにニット帽
手袋だって二重だ


登山用具ばかりでなく旅の装備も投入してやってきたから
継ぎはぎなのは否めないがありったけの服を着込んでいる
それでも身体の振動は止まらない






テントを畳む時に細かい作業が必要になるので手袋を取ってみると
その指先は紫色に変色していた

無言でその指先を見つめてしまった

このままでは本当に凍傷になってしまうだろう








ふと思い出してロベルト達のテントの方を見る


テントは昨日と同じく建っているが人の気配は無い
あれ程の経験値の持ち主である
寝坊などせずにもう登っているに違いない

今はどれくらいの所にいるのだろう

山の影からやっと太陽の日が射してきて
眩しくて上を見上げられない
勿論彼等の姿など見つけられない

この寒い中、きっと汗だくになって
熱い息を白く吹き出しながら登っている事だろう






彼等が出発したのは早朝4時だから今よりも寒いかもしれないが
僕達のように寒い中で寝て起きてという作業を考えると
ちょっと三時間くらい早く起きて踏ん張る方が
実は楽かもしれないと今は思える


経験値がある人は無闇矢鱈に前進キャンプを設けない
下から一気に攻めて一気に下るのである

それはこの寒さと高度による体力消耗時間を
なるべく減らす為なのだ



ただ、


その為にはそれをやり遂げるだけの体力と
実力を兼ね備えていないと不可能なのであるが









下界にいたら絶対に思いつかなかった選択肢だ

ただでさえアタックは時間がかかるのに
余計に往路だけで三時間も登るなんて

でも寒さとはそれ程厳しい


今この時点で寝ていたら凍傷になりかけてしまった
一体この上のキャンプベルリン(5940m)まで行ったら
どうなってしまうのだろうか

想像するだけで恐ろしい






















勿論初登山の僕達にはそんな実力など身につけている訳も無く
残念ながら天性の体力を備えている訳でも無い

だから

僕達は『亀』のように徐々に一歩一歩
前に進んでいくしか無いのである






そんな訳で

すっかり自信などという所から遠ざかっている僕達は
みんながやっとテントから這い出してくる時間に
誰よりも早くニドを出発する


向かう先は一つ上のハイキャンプ地キャンプベルリン
そしてそこは僕達にとっての最後の前進キャンプ

それはつまり、

その上は頂上
残されるはアタックのみである















前日と同じ様にゆっくりゆっくりと歩いて行く
やはり身体に対する負担は軽そうだ

なのに、

不思議な事に身体は重たい


20120308 (1)





傾斜はそこまででも無く
ニドからベルリンまでは
平均所要時間3時間と云われる

それほど難しい行程では無く
精神的にはかなり楽に歩き出した

なのに気が付けば足取りは重く
息も乱れがちである




今回は荷物もある程度減ってきたので
今までのように二度に分けて荷物を運ぶという事はせず
一度に持って行っている

それが久々の肩への負担になっているから
身体が重たいのだろうか





いや、そうでは無いだろう

これは明らかに高度障害である





愛二はベースキャンプ辺りから少しの頭痛を訴えていた
彼曰く、どうも体調不良も重なっているらしいので
激しい高度障害とは思っていなかったのだが

今日ニドで起きてすぐに今まで以上の頭痛に動悸を感じたというから
それは高度障害がハッキリと表れてきたという事かもしれない


愛二の顔はすっかり歪んでしまっているが
徐々に高度を上げ登り進めていくうちに
僕もすっかりバテてしまう事になってしまった

仕方無いだろう

もうここは6000mに近づいている
気温や環境にも左右されるが
空気中の酸素量は大体この時点で地上の4割である



どちらにしても今日はキャンプベルリンで宿泊である
そして明日は遂にアタック日になるのである
疲れや負担をなるべく残したくない

僕達は時間を気にせず
休憩をとりつつゆっくりと進み
無事にベルリンまで辿り着いた




















キャンプベルリンには今までのニドやベースキャンプの様に
広い平らな場所が広がっている訳では無い

切り立った岩場に隠れるようにしてある

周りはすっかり雪に囲まれ
ここが今までの場所とは違うまた一段と空に近づいた場所
僕達人間はその神聖な場所の中をなんとか少し間借りしている

というような認識を感じさせるような場所だった


20120308 (5)





その狭い空間の中にやはり隠れるようにして
小さな小屋の様な物が2つ建っていた

風雪をしのげるシェルターである



中を覗き込んでみるとそれはそれは汚い場所である

暗くて中はハッキリとは見えないのだが
沢山の匂いが漂ってきて明らかに色々な物で散らかっている様が分かる
まさかこの中で寝るのか!?
と一瞬怯んでしまう

シェルターの周りに積もっている雪から
いろんなプラスチックが覗いている


今までアコンカグアではゴミを見かけなかったのだが
あったのである、やはりこの一面も

さらにショックな事は、

また別の場所で発見したゴミの山の中に
沢山の日本語が書かれたブラスチック袋を見たからだ




確かにここはハイキャンプである
今までの場所の中では一番辛い環境だ

自分でも体験してハッキリと理解した事であるが

本当に他の事を気にする余裕が無い
死が身近である程であるから
その余裕の無さは半端では無い

なるべく自分に楽になるように
そうなっている時に果たしてゴミの事を第一に考えられるだろうか
しかも下山の際には背中に背負っていかなくてはならない

少しでも荷物を減らしたいという時に



本当に大きく強い心が無くては
予めの決心が無くては

すぐにでも難しい事になってしまうだろう


有名な所で、
エベレストや富士山を掃除するプロジェクトを立ち上げている
登山家の野口健氏がいる

氏のやろうとしている事
それがどれだけ特別な事であるか
というのを今心底理解したのである
















2つのシェルターは二人が横になってやっとの大きさである
しかし中には様々なゴミが散乱しており
スペースと云えば小さく、簡単な掃除の必要がある

シェルターの中に陣取るべきか
はたまたテントを建てて寝るべきかを考えあぐねていると
岩陰から三人組が降りてきた


一人は赤いレンジャー服を着ていて
もう二人はカップルである


「やあ!調子はどうだい?」


満面の笑みで話しかけてきた彼等の顔を見れば
聞き返さなくても彼等の調子は一目瞭然だ

そしてそのなかなか高所に似つかわしくない笑顔は
どういう理由によってもたらされたのかは
大方の予想がつくというモノだ


「昨日アタックしたんだ」

「無事に頂上に立ったよ!」

「最高の天気、そして景色だった!!」


僕が質問する度に
さらに笑顔の度を増していく

この登攀中に出会った人達の中で
初めて今登攀で頂上に立った人に会ったのだ
僕だって興奮しない訳は無い



いや、

ちょっと興奮とは違うかもしれない



ハッキリとした映像は頭には表れない
でも動悸は激しい

高度反応では無い
純粋な心拍数の高鳴り

『緊張』『期待』『不安』『希望』

様々な気持ちの名はあれど
それはその後の思考が行うラベリングであり
身体の反応はただ現象である

この時は頭は何かの像を結ぼうとしなかった
空っぽに感じる身体の中を
心臓の高く速い拍が響いていた




今、

僕の目の前にアコンカグアの頂上に立ってきた人がいるのである

しかもそれは、



たったの一日前の話しである



彼等の言葉選びはどうのこうのではないが
きっとそこには無意識に熱が乗っていたのである

強いストレスと疲れを乗り越えて辿り着いたハレの場所
その時に彼等の身体中を駆け巡ったであろう熱
それは冷めるどころか熟成してより熱さを増しているだろう

その熱が言葉を通して僕に
僕の心に作用したに違いないのだ






彼等の後ろを見上げれば


 ああ、ここまでやってきたのだ


と心が溜め息をつく


今までずっとずっと

見上げれば延々続いて空を思いっきり削っていた山肌
その面積はすっかり無くなっているではないか


20120308 (4)



















彼等は昨日泊まっていたという大きなシェルターが
この岩の裏にあるから是非そこに泊まっていったらいい

そう言い残して軽い足取りで下っていった




言われるまま岩を通り越せば
さっきの2つを足してもさらに大きな
立派なシェルターがあった

入り口にはキャンプベルリンという文字と
ドイツの国旗が描かれたプレートがあった


ベルリンの山岳協会か何かの援助で建てられたのだろうか







大きな期待を持ってシェルターの中を覗き込む







が、


大きな空間が広がっているのは間違いないが
その中身は殆どさっきの2つのシェルターと同じ状況だった

日があまり入らないのもあってゴミが異様な姿で転がっている
破れたマットが黒ずんでそこら辺に立て掛けてある
使い切ったガス缶が山積みになっている


うーん、

つい唸ってしまう


よくみたら入り口の扉も外れてしまっている
分厚い木で出来た扉が横に立て掛けてある

それでも広い分なんとかなるので
僕達はこのシェルターで今晩は寝る事にした






まだ昼過ぎである


僕達は明日にむけてじっくり休養と
やるべき事をした

すっかり臭くなった靴下や服を干し
日記を書きつつお湯をわかした

愛二は高度障害がきつくなってきたようで
始めは外で岩にもたれかかるが
最終的にシェルターの中で仮眠を取る事になった


20120308 (2)








一人でシェルターの前で日向ぼっこをしていると
目の前の岩肌から砂利が崩れる音がして人影が飛び出してきた




ロベルトだった




ただ、今まで見た事もないようなロベルトだった

すっかり身体中、顔中汗が流れきっていて
いつも余裕を保存しているような息継ぎはなくなって
肩で思いっきり呼吸をしていた

いつもみたいに気軽に話しかけてくれるのだが
そんな無理する事はないよ、と言いたくなるくらい
彼の言葉は途切れ途切れだった


「やあ、調子はどうだい??」


彼は自分の事など全く意に介さずに聞いてくる


「愛二が今は少し仮眠してるけど大丈夫だよ
 それよりもどうだった??」


僕は聞きたくて仕方が無い事を聞いた
さっき登頂成功した三人組の人に初めて会った訳だが
ロベルトの話も聞きたい

何故ならロベルトのアタックは昨日どころか
今日いまさっきの話であり
さらに、下から時間を共にし語り合った間柄である

そんな近しい相手が登頂したかしないかというのは
僕の心に対するインパクトは非常に大きい


「ああ、無事に登頂はしたよ
 けど、想像以上に辛いね」


彼は登頂という事自体は対した事でも無いように答えた
それよりもロベルトは僕達に注意を促すように
『辛い』『気をつけた方がいい』という事をしきりに言う


「明日君達は朝3時くらいには、
 最低でも4時にはここを出た方がいい」






ロベルトは随分前にも一度アコンカグアを登っている
その時は今僕達が登っているルートとは別のルートだ

それはつまり彼の経験値の豊富さと技術力の高さを物語っている

何故なら今僕達が登っているのは
『北西ルート』という所謂『ノーマルルート』で
言ってみれば一番簡単なルートなのである


そんなロベルトがハアハア言いながら
厳しいかったというのだから僕としても
登頂成功に対する祝福ムードよりも
一気に身が引き締まってしまうのは致し方無いであろう











声が聞こえたのか愛二もシェルターから出てきた

二人でロベルトのアタックの話を聞く
ルートや雪の具合や天気
時間配分にコンディション




ロベルトは一通り喋り終わるとニドに戻らなくてはいけないから
というのでその場を去ろうとする

と、

大事な事を忘れていた、という感じで戻ってきた
そして今日一番の笑みで語りかけてくれた




「会えて本当に良かったよ、エクアドルに来た時には是非連絡して
 ペルーやエクアドルにもいい山は沢山あるから案内するよ
 
 明日は気をつけて、幸運を祈ってる!!」




























ロベルトが下りていくと静けさが戻ってきた

山にいると静寂は本当に身近である
まるで自分で動かない限り全く世界は動かないかのようだ


良く音が響く大きなホールに居る時みたいに
そのうち音を出すのが怖くなってくる

大きな静寂の空間の中でこまこま音を出していると
なんだか自分だけが大きな流れを理解出来ずに
ジタバタしているような気がしてしまうのだ



山の中ではよくそんな瞬間があった



そして、

確かに山は大きく
いつもどっしりとそこに鎮座しているのである



その山肌を小さな人間が登っていく



畏れ多い事だ












でも、




今僕の心はより高く速く打っているし

熱くたぎるモノも感じるのである



蒼く冷たい静寂の中で
それはより強く感じるのである


















明日、










頂上へ











20120308 (3)
























アコンカグア登攀9日日
ニドコンドレス (Nido de Condores) : 5570m - キャンプベルリン (Nido de Condores) : 5940m , 3 hours



aconcagua9.jpg







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5050-クライミング8日目-

20120307












風は特に強い訳では無かったが
やはり高度が上がった分だけしっかりと寒さは増したようだ

進めば進むほど良質な睡眠環境からはどんどんと遠ざかっていく

もう理屈どうこうでは無いのだろう
単純に高山は寝る場所では無いのだ


まあ当然であろう
ここに生息動物は居ない









前日の寝不足と強行軍をこなした疲れもあって
僕は愛二の起こす声も全く聞こえず思いっ切り寝坊した

時計を見れば8時を過ぎている


なのにまだとても寒い
今までなら太陽は当たらないにしても空は明るみ
8時を過ぎれば暖かみも届いてきてなんとか活動できるものだが
ここの外はまだ真っ暗だ

何を隠そうここキャンプカナダ
アコンカグアの西側に位置していて
朝は全く太陽が当たらないのだ

テントの中の色々な物が凍っていた



室内を暖めるためと朝食のために火を点ける

その火が弱々しくも徐々に暖めだし
テントの内側に張り付いていた薄い氷は水滴となって落ちてくる
それを眺めながら僕達はほぼ恒例になった『予定の変更』をする







昨日の強行軍が見事に達成されたのに気をよくして
また今日の予定をアップアップダウン
つまり、

キャンプカナダ(5050m)に残っている荷物をニド(5570m)まで上げ
半分の荷物をキャンプベルリン(5940m)まで運び
僕達はニドまで降りてきて泊

というプランを立てた
そして見事に寝坊した
到底こんな日程は出来そうも無い


 よくも考えてみたら僕達は最近歩きっぱなしである
 少しは休息日というのも必要であろう


という訳であっさり前日に立てた予定を見限り
そしてキャンプカナダからニドまで荷物を上げる


のみ!


という事にしてしまった
人間気が抜けるととめどない



だが実際僕達に休息日が必要なのは間違い無い

二日目にいきなり不本意にも動かない日があったが
それからはそれぞれの日に差はあれど
日常的には起こり得ないほどの負担を連日自分達に課している

そうして気が付けばもう一週間以上経っているではないか

山の上に曜日も日付もあったものではないが
一週間経ったら一日くらい休んでもいいではないか











という訳で一気に気が楽になった僕達は
焦る事無くしっかりと朝食の準備にとりかかる
贅沢もしてしまう


アコンカグアに入山してから
当初はどんな日々を送っていくかもわからなかったし
上で食料が無くなってしまう漠然とした怖さもあった

だから、ただでさえ粗食な品しか持ってきていない中を
さらに厳しく食に対して制限を設けていた

ビスケットやチョコレートやハムなど
非常食として全く手をつけず
昼食などはフランスパンのみ、という事をしていた


ただ、それでは一向に荷物は減らないし
何より食べる為に持ってきたのだ

という訳で僕達はベースキャンプから上に登り出してから
食に対する規制緩和に踏み切った

たった3つしか持ってきていなかったパスタソースを二食連続で使い
さらには食後にお茶をたしなみながらビスケットまで頬張る浴深さ
我慢していた分、見事に食に対する煩悩は弾けてしまったようだ




















十分英気を養えた僕達はのっそりとテントから顔を出す

すっかりみんなに置いて行かれたと思っていた僕達は
目の前にまだテントがあるのを見て安心する



昨日僕達と同じルートを辿ったカップルと日焼け止め男
みんなそろってまだキャンプカナダに居る

話を聞いてみると
みんな高度順応の為にここは慎重に動いているらしい
今日は全員ニド行きのみのニド泊である


 そうそう、僕達も今日はニドまで登ってそこで泊まろうと思ってるのよ
 高度順応の為にもなる訳だしね


たまたまみんなと同じルートになっただけなのに
結果オーライで大いに笑顔で語り合う

あそこの峠はどうだったとか
これからのペースを考えると日程がどうだとか
天気の具合はまあまあみたいだとか

いっちょ前に話をし合っていると
ここまで何だかんだ来た訳だし、という感じで
ただの見栄であったのが無様であってもある程度の経験という服を着て
イビツな自信をつけだしてしまっているようだ

一端の登山家気取りになっているのだはないだろうか
注意しなくてはいけない事である




















僕達は急いで準備を済ませると
一番初めにキャンプカナダを出発した

いくら自信の芽が出始めたとしても
さすがにある程度はわきまえているようで
彼等よりもペースが遅いのを理解しての先行出発であった




例の斜面に取り掛かる
気は楽なんだが足は一向に前に進まない

今日も『境界線』は僕達を遥か上から見下ろし続けている




そしてやはり後から出発したカップルと日焼け止め男に
今日もあっさり抜かれてしまう僕達であった


一体どうなってるんだこの世の中は
不公平にも程がある!
いくらなんでも毎度毎度軽く抜かれすぎである


と思ってここで初めて冷静に事の真相を追求しようという気になった

今日は珍しく気持ちに余裕があったお陰かもしれない
それとも偏屈であっても自信が付いてきたのが逆に良かったのかもしれない




休んでいる時にじっとカップルの歩みを観察した

オーストリア人の彼は身長が190センチ以上あって
体重は100キロはあるという大男であるが
対するマケドニア人の彼女は背は高いにしても細い手足をしている

だが、どうやら登山の経験値が豊富なのは彼女の方みたいで
先頭を歩いて指示を出したりペース配分をしているようだ
男の方はと云えば背中をすっかり曲げて
息を荒くしてなんとか彼女についていっている

たまたま同じ所で休んでいた時には彼女が歩き方について
彼に半分説教のように語っているのが聞こえてきた位である



そういうのもあって僕は彼女の歩き方を注視した








とてもとてもゆっくりとした歩み

一歩一歩、本当にしっかりと地面を蹴って
そしてその足が改めて地面に着くまで
全身が見守っているかのように身体はぶれない

無事にその足が地面に辿り着いたのを確認してから
やっと反対の足に重心を移動して力を込め出す

慎重に進んで行く



まさに亀のような足取り



力任せに歩くより
遅くても一定のペースで歩く方が長期的に見れば『速い』
というのは僕でも理解しているところではあるのだが

それにしても遅すぎでは無いだろうか

あれではパッと見、進んでいないのと同じである
だって普通に僕が5歩分歩いて振り返ったら
まだ一歩目に取り組んでいるくらいのスピードだ



しかし現実にはそんな彼女の歩みに
僕達は毎度抜かされてきたのである



まさに『兎と亀』

僕達は『速さ=ペース』という幻想に囚われた兎だったのだ
兎は何故抜かされるのかなんて全く理解できないし
全体のペースという捉え方が根本的に違ってしまっている


20120307 (1)



















半信半疑でやってみようかと思う


ちょうど目の前には『境界線』直下の一番傾斜が厳しい所である
初めて取り組んだ時はたった100m位だというのに
30分以上はかかった場所だ

カップルがその遅いがしっかりとした足取りで
境界線の向こう側へと姿を消すのを見届けてから
僕達は歩きだした

やり方はよくわからないのだが
とりあえずゆっくりめで歩いてみる

気を抜くと不思議な事に足取りは速くなってくるので
常に気を引き締めながら力を抑えて歩く
遅く一定のペースで歩くというのは意外と難しいものだった



きっと辛い時間を早く通り過ぎたい心理が
無意識に身体を前のめりにさせて
足取りは自然に早くなってしまうのかもしれない

それは身体にはちょっとした無理なので負担はのちのち大きくなっていく
辛くなってきてまた早く終わらせようと思って
足取りを早くしようとして余計に力を込める

自分の体力範囲内に収まる相手ならいいのだが
とてつもなく大きく一度で解決出来ない相手となると
その無理はあとに響いてきくる

頭の中も力んでいるだけに
つられて回転がどんどん速くなってくる
熱くなってオーバーヒート気味になる

心身共に疲労困憊という事になってしまう訳だ






それを思えば何とも落ち着いた歩みである
歩けば歩くほどこの歩き方の真髄が見えてくる

『体力』などというのは全くもって概念的であり
実態がどういうものなのかは説明困難であり
さらに自分でも把握困難である

しかしどうだろう

明らかに前までの歩き方よりも体力が温存されているのが
実感としてわかるのである




そして大事なのはこれだけ遅く歩いているというのに
着実に前に進んでいるという実感もあるという事

むしろ

 抑えて遅く進んでいる割りに前に進んでいる

というのが

 無理して速く進んでいる割りに全然進んでいない

と比較して想像以上に僕の精神を補完してくれ
先に行けば行くほど身体が軽く
より前に行こうという気にさせるのだ










これは大発見であった








気が付けば僕は『境界線』を通り越していた
後ろを振り返ると愛二が随分と後ろの方で休んでいた

すっかりこの発見にうかれてしまって
後ろを振り返らずに歩き続けてしまったらしい
しかしこれによって僕は確かに前ほど休憩が必要無くなった


愛二にこの話をしてみるも
どうやら愛二には合わないようだ

歩き方は人それぞれだ

実際この歩き方もマケドニア人の彼女の歩き方を
観察しただけで彼女のそれとは違うかもしれない

どちらにしても僕は自分自身に合った歩き方を
ここで発見する事が出来たのだ















荷物の重さや疲れの具合にもよるかもしれないが
ここにきて大きく愛二とペースが変わってきた


今まで沢山の時間と場所を共有してきた愛二
喧嘩も無くまさに四六時中一緒だった時期もあった訳だが
それは愛二と僕には沢山の似た所があったからだと
今は思っている

全く一緒では無いにしても
体力の具合だったり
諦めのタイミングだったり
物事に対する姿勢であったり

性格も違うのに至極無事にここまでやってきた
おかげでペース配分が難しい山にも
一緒にこうやって挑戦できているのだと


ちなみに山に登る前に注意する事として
インターネットでこんな記事を読んだ事があった

『山の上は大変ストレスが溜まりやすい
 人と行く場合は些細な事で喧嘩にもなってしまいます』

少しドキッとしたのは事実だが
結局そんな事は今のところ全く起きていない
ペース配分もその時先頭を歩く人に一任されているが特段困った事は無く
今まで同じ様なペースで登ってきた




しかし、ここに来て初めてペースに差が出てきた

愛二は気を使ってくれたのか
僕に先に行くよう促してくれる


初めはそんな必要は無いと言い張っていたが
この歩き方が実際に何処まで通用するのか
そしてニドでの水問題を確認する為に
僕は先に向かう事にした


20120307 (2)

























さて、





水問題とはなんぞや、というあなたの当然の疑問に
早速答えたいと思います




それは、ニドには水が無いという事です


一番初めに泊まったキャンプ地コンフルエンシアには
山の雪解け水が引かれていて水はいくらでもありました

ベースキャンプには限りなく溢れ出てくるような水場
というのはありませんがその代わり
企業が水を下から運んできて大きな樽に溜めてあり
利用者はお金を払ったりしてそれを利用する事が出来ます
(僕達は仙人様のおかげで自由に使わせてもらえましたが)

さて問題はその上からです



キャンプカナダには勿論企業やレンジャー小屋などないので
人間が管理している水はありません

そのかわり10分程登った所に川があり
そこから水を汲んでくる事が出来ます



さてニドはどうでしょう

ニドには水が流れている川はありません
川はあれど、それは凍っているのです

メンドーサで登山用具をレンタルした時に笑いながら言われた


「上に水なんてないよ
 雪を溶かして使うんだ」


料理用の水だって飲む用の水だって
何から何までわざわざ溶かさなくてはいけない


ニドにはそこら中に良質な雪がある訳では無い
人の足に踏まれていたりしているから
何処かに探しに行かなくてはいけない

そしてそこから大量の雪を持って
テントサイトまで戻ってくなくてはいけないのだ




一日4リットルの水を摂取しなくてはいけない
という話は覚えているだろうか

では、4リットルの水を作る為に
果たしてどれくらいの量の雪が必要かご存知であろうか


答えは、、、






わかりません





だから暗くなる前に早めにニドに着いておく必要がある
出なくては雪を取る場所もわからないくなってしまうし
危険も伴ってくるし
雪はどんどん凍っていってしまうのだ























結局僕はかなり早くニドに辿り着く事が出来た


愛二と別れてから二時間程歩いたが
途中休憩を一度挟んだだけ
という驚異的な行程だった

自分でもビックリである


いくら遅いといっても途中何度かかなり息が上がる時があった
それは多分に集中力に影響しているようだ


人間の集中力は厳密には15分間しかもたないと何かで聞いた事がある

その論を採用するならば、自分なりに何か誤魔化しながら
長い時間、さらには長い人生においても
同じ事に取り組んでいっているという事であろう


さて、この『ゆっくり歩行』
先にも書いたように想像以上に難しい
一定に遅いペースを保つのはかなりの集中力を要していたようだ

ふと気が付くと足取りが速くなっていたりする
やはり早く着きたいという深層心理からだろうが
一度そうなるとまたペースを戻すのは難しい


 ヤバイ!早くなってる、遅くしなきゃ


となってブレーキをかけると
そこで余計なパワーを使うばかりでなく
お望みのペースにいきなり戻る訳ではないから
調整する為にまた速くしたりそして遅くしたりを繰り返す事になる
そうしてあたふたしている間に
規則正しかった息は一気に苦しくなって
そしてやはり規則正しさによって隠されていた足の疲れが
一気にのしかかってくる


頭の中もぐちゃぐちゃしてきて
イライラすらしてきてしまうので
いっその事足を止めてしまおうかと思ってしまう

しかし、それでは折角のこの歩行の意味がなくなってしまうので
限りなく止まっているに近い動作でもいいので
動き続ける事だけはしてみた

そうすると不思議な事に
心は落ち着いてきて休めている感覚なのだ

歩きながら休めるなんて
山登りにおいてこれほど最高な事はない

超遅いペースで歩きながら
そのうち体力が回復したら
また徐々にペースを上げていく

こうして僕は無事にニドに辿り着いた



20120307 (4)



















ニドには既にフランス隊がテントを張っていた

僕はまずロベルトに挨拶をしに行く
水をどこで手に入れるか、という話と
彼等を激励する為だ




フランス隊は遂に明日頂上へ向けてアタックをかけるという




ハッキリいって
僕達にはこのニドからアタックをかける事自体
衝撃的な事実である


その高度差は約1400m
道のりにしたら一体何キロという距離になるであろう

彼等は明日朝4時に出発するという



さらにはロベルト達の隣にテントを張っているカップルに至っては
朝の1時に出発するという

そんなんだから彼等は当然まだ太陽は頭の上にあるというのに
既に就寝する準備に取り掛かっていた


20120307 (3)













いやいやいや


アタックってそういうものなの?!












いや、確かにこの登山行に際して
最高のイベントにして最大の難間であるのだから
それは今までいくら大変といっても
格段に厳しいものになるとは思っていたが

まさかこれほどのモノとは思えていなかった




普通登山家なら自分の力量と山の難易度を鑑みて
挑戦するかどうかを決める訳であるが
僕達はハッキリいって素人



というよりも高所登山、、


いやいや、というよりも本格的な登山が初めてであるから
実力どうこうなどわかりっこない

ましてや山の難易度に至っては
説明されたって理解が出来ないのだ





という事で

僕達は山に登ってある程度理解が進んできてから
山の上で難易度を知るというトンデモない自体に
今陥っているという訳である














そうしてさらにトンデモない事には














僕達も遂にアタック日が目の前に

迫ってきたという事である
















ロベルトがレンジャーに聞いた所によると
天気は明日明後日までは持つらしい

その先は崩れてしまう可能性が高いという


天気予報など、特に山の天気だ
予報はあってないようなものであるが
数少ない山の参考資料ではある

ロベルトは僕達に明日アタックするよう薦めたのだ




別に望んでいるという訳ではないし
こんな日常が全くもって好きになってる訳ではない

けれども


何故だかこの

 
 朝起きて寝袋からぐずぐずしながらお湯を沸かして
 味気ないパスタを食べてお茶をすすって
 「寒っ!」って言いながら外に出て荷物をまとめ
 気合いを入れて歩き始める
 延々太陽が登っても身体をくの字にして歩き続ける
 そして体力を使い果たしてテントサイトに辿り着き
 身体が動かないのにムチ打ってテントを建て
 水を汲んできて、、、


という日々

書いていると僕にはすぐに映像が出てきて
それだけで疲れてしまうような日々が
何だか延々に続くような錯覚に陥っていた


映画とか小説に出てくる
『完全管理社会』における人間活動は
きっとこうなっていった末の姿なのだろう

次からはより実感を持って観賞が出来そうだ




そして、



突然現れた『アタック』という言葉は
そんな凝り固まった日常感を見事にぶち壊した



しかも他人がどうこうではない


遂に自分達の事として突き付けられたのである























僕達はすっかり緊張してしまった


もう寝る、というロベルト達を激励して自分達のテントに戻る

今まで我慢してきた美味しい食料達を頬張ってみる


それでも緊張は消えるどころか
意識してしまっている以上増すばかりだ



ふと自分の荷物を眺めてみる








技術的には難易度が低いと云われているアコンカグア
だから今の僕のリュックには殆どが食材だけだ

防寒具は既に殆ど身に付けている

始めに比べると随分とコンパクトになっている
重さも半分以下くらいにはなっているだろう

それでも、






果たして上まで辿り着けるだろうか






リュックの表面にはネパールに居た時に
安く出来るというのでやった刺繍がある

このリュックを背負って今まで沢山の所まで行った










兎にも角にも



このリュックと共に
僕は新しい世界、『山の頂』を踏みしめたい

と思うばかりであった





20120307 (5)




















アコンカグア登攀8日日
キャンプカナダ (Camp Canada) : 5050m - ニドコンドレス (Nido de Condores) : 5570m , 3 hours



aconcagua8.jpg










4370-クライミング7日目-

20120306













いつも寝起きの描写から始まる
このアコンカグアのブログ

実際は就寝時間中も僕達は戦っている





よく高所では寝付きが悪くなるというが
それは事実である


原因は枕が替わる、というか無い
というのもあるかもしれないが
やはり一番はその寒さである

マットを敷きその上に
マイナス30度は大丈夫という分厚い寝袋にくるまっているのだが
それだって地面からヒタヒタと迫ってくる冷気には
完全に逃れる事は出来ない

初めは疲れですっと寝てしまうがスグに身震いで目が覚める
ライトを付けて時計を確認すると一時間程しか経っていない
そのうち時計を確認するのもやめてしまうが
それでも何度も何度も目が覚めて寝返りを打つ

寝返りを打つのは寒さだけではなくて
固い地面のせいもあるかもしれない


そうして延々もぞもぞやっている
そのうち『いつかのタイミングにか寝入って時間が経っているに違いない』
と思って時計を確認するもキッチリ寝返りを打った回数×一時間
しか経っていない

すっかり狼狽してしまうが
十分に疲れて沢山休みたい筈なのに
早く朝が来て欲しいと願っている自分を発見して
ビックリしてしまうのだ

だって、足は確かに休めているかもしれないが
全体的には寝て起きての繰り返しは非常に疲れる




そうして朝まで格闘し続ける



では、何故寝坊してしまうのか
それは朝になってようやく太陽が顔を出してきて
ちょっとずつ暖かみを与えてくれるようになるからである

やっと温もりを感じながら寝れそうになるからである


なのに山は早朝に出発しなくてはいけない
そりゃあ歩いている最中につい寝てしまいたくもなる


こんな非効率な事を
山では日々繰り返していかなくてはいけない
疲れは溜まっていく一方だ




















さて三度目にもなるベースキャンプでのテント泊


もう慣れてきていい頃合である
確かに僕は朝の5時半に起床する事が出来た

が、それはどちらかと云えば
今までで最悪の結果であった




昨晩の事だが今までに無い強風が吹き荒れた
冗談抜きで台風並みであった

この日の天候に由ったのか
はたまたこのベースキャンプの場所の特性なのか
兎に角テントは常に形を歪め隙間風が奇妙な音を立てる

寝れたものでは無かった

しかも合間合間に雨も吹き荒れる
今日に限って荷物を無造作に置いてしまっていた事が
僕の脳裏を占拠して一向に離れない

我慢できずに外に飛び出して
大きな石をリュックの上におもしとして置く
それでも頭は心配で仕方無い


 荷物は吹き飛ばないだろうか
 リュックはビショビショに濡れてしまわないだろうか
 テントは風速何mまでもつのだろうか


みなさんも経験がおありでしょうが
寝床に横になった状態で一度思考に捕われてしまったら
それは時間が経てば経つほど
収まるどころか勢いを増していってしまう



いつもの寝返り地獄に暴走する思考にもとりつかれて
僕は5時半に朦朧としながら起きたのだ

















しかし結果としてはよかったのかもしれない

何故なら僕達は今日
かなり攻め気なプランを立てていたからだ


行ったり来たりしたここベースキャンプ(Plaza de Mulas:4370m)を遂に離れ
残っていた半分の荷物をキャンプカナダ(Camp Canada:5050m)まで上げる
そして今度はさらに上のニド(Nido de Condores:5570m)へ半分荷物を上げ
キャンプカナダまで降りてきて泊


何度かの寝坊の為にシワ寄せがきた
強行スケジュール
いつもなら逃げるようにふて寝してしまう所だが
幸いにも早朝に起きれた訳である












朝一からすっかり疲れきった感じでパッキング
テントを畳んでいると仙人が別れを告げにやってきた


「僕はこれからコンフルエンシアに降りる
 君達の安全と幸運を祈っているよ」


昨日初めてフランス隊のロベルトに聞いた事があるのだが
実はシーズン中、山に篭っている企業やレンジャー達は
来週3月15日をもって全て撤収するというのだ





完全撤収





ガツンと響く言葉

企業ならいざしらず、なんとレンジャー達まで居なくなるという
別に登山者達はそれ以前に立ち去らなくてはいけないという訳はないそうだが
(それもスゴイ話だが)
その代わりに何が起こっても誰も助けてくれませんよ
という事である

これは完全素人の僕達にはまさに死活問題である


というか、今ここで知った事に愕然とする


たまたまロベルトや仙人に会って教えてくれたからいいものを
下手したら何も知らないままプランを立て上に登っていた事になる
(というか知らないままベースキャンプまでは登ってきていた)

そういうのもあって
僕達は今日は何としても強行軍を敢行しなくてはいけないのだった














仙人が立ち去って少しするとまた声を掛けてくる人がいた
しかも日本語である


「今日出発ですよね?
 沢山お菓子の余りがあるからよかったらどうぞ」


サンタクロースの様に
お菓子がびっちり詰まった大きな袋を背中に背負い
やって来たのは水田監督だ
























誰?






と、言うなかれこの御人はかの早稲田大学山岳部の監督である
(ちなみに日本人隊で初めてアコンカグアに登頂したのは
 早稲田大学山岳部である)

アコンカグア遠征に来ている所であった


部員達は今まさに頂上アタックをしている所だという
監督はベースキャンプにて天候の具合などをチェックして
連絡している所に僕達が乗り込んできたのだ




監督自身も昔にアコンカグアに登頂した事があるという
れっきとした登山家である

昨日初めて会ってお話をしたのだが
少し話していてドギマギしている自分がいるのに気が付いた

何故かと云えば
僕はこれが人生で初めて『登山家』と云われる日本人と
顔を合わせて会話したからである



それに気が付くと質問したい事がそれこそ山ほどあって
そんな自分を自制するのが大変だった
だってどう考えても監督と会話するには僕達は素人すぎる

監督を狼狽させたのは間違い無いだろう
ただただ恐縮の一言である



しかも聞いてみれば有名山岳部であろうとも
そうやすやすと海外遠征は出来ないという

この遠征も4年振りだったそうだ


日々から山に時間とお金を掛け
辛いトレーニングにも耐え
多く無いチャンスをやっと掴み取り
はるばる日本から大きな期待と緊張を抱いてやってきた
山岳部の部員達

そんな可愛い部員達を見守っている最中に
やってきた完全勢いだけ素人の僕達


「今、旅をしていて
 途中たまたま出会った人が登ったのを聞いてやって来ました
 高所登山ですか?
 いえ、本格的な登山は初めてです」


なんて言ってみなさい
監督でなくてもきっと登山家はみんな怒り狂うだろう


それなのに監督は僕達が出発する前
部員達用に大量に持ってきたカロリーメイト等の行動食を
僕達の為に持ってきてくれたのだ

監督の心中は全く穏やかであったとは云えないだろうが
それでも広い心と全くもって大人の対応をして頂いた

さすがという他は無い
このようなお方が、やはり監督という職につくのであろう














恐縮しながらも懐かしい日本のお菓子に色めきたつ
いくつかを拝借して水田監督に御礼を述べ
僕達は遂にベースキャンプをあとにする


20120306 (2)














昨日、初のプラスチックブーツで
見事に足のかかとに出来たマメが非常に痛んだが
それでも昨日よりは軽い荷物のおかげで
少し早くキャンプカナダに到着

すぐに荷物をパッキングしなおして上のニドに向かおうとしていると
日焼け止めクリームを顔に塗りたくった背の高い男が話し掛けてきた

今日はよく話し掛けられる


「聞いた話なんだが3日前
 ここに荷物を置いていった人が盗難にあったんだって
 リュックもナイフで切られて中身を盗られてたとか
 君達も気を付けて」


それだけ言うと立ち去っていった
僕達は顔を見合わせる










盗難!?









今まで愛二と二人でよく話していた事がある


「こんな山で盗難なんてある訳無いよな
 だって盗ったら荷物、余計に重くなっちゃし」


笑って言っていたけどよく考えたら有り得ない話じゃない
特に食料は別だ



頂上アタックをするにはまず天候の善し悪しで
可能かどうかが変わってくる
そしてご存知山の天気は変わりやすい

その最たるが頂上であって
アコンカグアの頂上は周辺で一番高いのだから
それはつまり風の吹きさらしにあっているので余計である

その為に登山者はスケジュールの中に『予備日』を設ける
そしてその為の余裕を持った食料を持って行く


だが天候は本当に運である
予備日を使い果たしてしまう事もある
そうすると、


折角ここまで登ったんだから挑戦したい


となるのは仕方無い、それが人というものだろう

食料の事よりもそっちを優先してしまう人だって
それは中にはいるだろう

餓死する訳にはいかないから
確かに『食料を少し拝借』なんて人がいても
おかしくはないかもしれない

















だが、


だからといってどうしたらいいのか
注意といったってこんな標高5000mにコインロッカーなど
ある訳がないだろうに

それにこの荷物を一度に持って行くなど
僕達には既にその選択肢は無い

さらにはコンフルエンシアにもベースキャンプにも
僕達は既にそこに荷物を置いてきてしまっている


という事で僕達は予定を変更する事無く
半分の荷物をキャンプカナダに置いて上がる事にした
盗られたらその時は天気と一緒、運が無かったという事だ



























ずっとベースキャンプから見えていた山の稜線
空との境界線


いつもあそこから人影がポツっと小さく現れて
斜面を下ってくるのを見ていた
逆にフッと消えていく米粒の様な人影も見ていた

キャンプカナダに来てもまだその境界線は遥か上の方に見える
しかしその手前に他のキャンプサイトが見当たらない
という事はあの稜線と空との間を通って行かなくてはいけないのだ




程なく休憩して僕達は登り出した

その『空』に向かって


20120306 (1)
























空へ向かって登る


幻想的な言葉であるが
崇高なものの為には大きな代償が必要なように
この行程は大変なモノだった

ベースキャンプからキャンプカナダまでの傾斜を遥かに凌ぐ傾斜
そして全く縮まらない距離感




空はやっぱり空だ




気が付く、

空とは、どんなに背伸びをしても僕はちっぽけな存在であるというのを
分からせる為にいつも同じ様に頭上にあるのではないか




例によって肩で息をする

けれどもその肩は重たい荷物によって押しつぶされているから
どうも上手く呼吸ができなくてどんどん辛くなって
立ち止まって座り込んで荷物を放り出したくなるのだ



30分以上も後になってキャンプカナダを出発した例のカップル
そしてさらに後になって出発した日焼け止めの男

彼等はゆっくりゆっくり一歩を踏みしめて歩いてくるというのに
グングンと迫ってきてあっという間に僕達を抜かして行った

動揺を隠す余裕も無く
そしてそれに対処する余裕すらも無い

順調に歩を進め
やはり小さな点となって空に消えていく彼等を
僕達は地べたにうずくまりながら呆然と見上た
























進んではすぐに止まり
思い直して足を前に出してみるもやはりすぐに崩れ落ちる

そんなのを繰り返してやっと『境界線』に辿り着いた


境界線は直前まで境界線だった
それくらい傾斜に差があったみたいだ

ここの場所は後で知ったがスペイン語でそのまま
『傾斜の変わる場所』と呼ばれているらしい


つまりここは全くもって目的地では無かったのである
むしろ中間地点にも達していなかった

境界線を乗り越えると
いきなり目の前に大きな空間が広がって
遥か先に小高い丘の様なモノが見えた

随分と前にここを通り抜けていた筈のカップルと日焼け止め男は
すぐ右の大きな空間を迂回する道を歩いている



へこたれそうになるのだが
いや、もしかしたらあの迂回路を通らず
今真っ直ぐに突き進めば遅れを取り戻せるではないのか

相手と比較する事で救われようという何とも卑屈な考えだが
兎にも角にもどんな理由であろうとも
今止まってしまいそうな足を前に出す必要があった







しかし、何故迂回路があるのか
僕達よりも明らかに経験値が多い彼等が遠回りをしているのか

その理由について考察する余裕は無かった



そして僕達は右の迂回路を順調に進んでいく彼等を横目に
這いつくばるようにして歩く事になった

誰も通る人がいないと見えて足場は悪く
そして最悪な事に遠目に見えていた丘は
近くに来ると『勇敢な谷』をもしのぐ峠であったのだ




右の迂回路は徐々に高度を上げていって
最終的には大きな傾斜を経験する事無く峠の上に入り込んでいる

僕達は峠の足元から一気に登らなくてはいけない


最後にこの仕打ちは相当に堪える


いつもこの最後の仕打ちで
僕達は思いっ切り時間をロスするのである
まあ、自業自得なのであるが


















僕達がニドに着いた頃にはすっかり日は暮れる時間だった
しかし最高の景色が僕達を待ってくれていた

今まで日の入りと云えば
太陽は山の向こう側に隠れてしまうばかりだった
でもここニドまでやってくると
そう、もう隠れる山々は僕達よりも下にあるのだ


20120306 (3)




向こう側に真っ赤になった空が見え
目線と同じ高さに雲が立ち上がって
さながら炎のようだった

何時振りだろうか夕日を見たのは



振り返ると美しいと有名なアコンカグアの南東壁が
それも燃え上がるように染まっていた

無事に今日の強行スケジュールのピークを乗り切った僕達に
アコンカグアがご褒美をくれたようだ



20120306 (4)

























アコンカグア登攀7日日
ベースキャンプ (Plaza de Mulas) : 4370m - キャンプカナダ (Camp Canada) : 5050m , 3.5 hours
キャンプカナダ (Camp Canada) : 5050m - ニドコンドレス (Nido de Condores) : 5570m , 4 hours
ニドコンドレス (Nido de Condores) : 5570m - キャンプカナダ (Camp Canada) : 5050m , 1 hours



aconcagua7.jpg







4370-クライミング6日目-

20120305















遂に始まるクライミング


今までのベースキャンプまでの行程は
確かに辛いものではあったが云ってみれば
トレッキングと同じである

重要なのはこれからの行程である





果たして何がトレッキングとクライミングの違いか
素人の僕が弁をとるなど多くの登山家に笑われてしまうだろうが
ここで説明が無くては論も前には進まないので
恥を忍んで僕の意見を述べるとすれば

それは『山を登る』というのと『山を通る』という違いだろう


今書いているアコンカグア登攀のブログの一番最後
いつも載せているアコンカグア周辺の地図
グーグルアースから拝借させていただいているのだが
この画を見ていただければ一目瞭然ではないだろうか

つまりトレッキングとは山の麓付近を幾つも通り抜けて行く行程であり
クライミングとはまさにある特定の山を登りつめるという行程


紛らわしくしているのは登山口の位置である

アコンカグアの場合、クライミングしようとしても
ベースキャンプまでは距離がある
クライミングする人も目的外の山々を抜けて
アコンカグアまでいかなくてはいけない

だからクライミングする人は
本来の目的以外でなるべく体力を消耗しないように
ロバを使って荷物を運ばせるのである
(僕達は残念ながら出来ずに自力で運ぶ事になったが)













さて僕達は改めて気合いを入れ
クライミングに対する作戦を練り直した


アコンカグアにはベースキャンプの上部に
いくつかのキャンプサイトがある

代表的なのは

Camp Canada (5050m)
Camp Alaska (5200m)
Nido de Condores (5570m)
Camp Berlin (5940m)
Camp Colera (5980m)
Piedras Blancas (6100m)
Independencia (6350m)


標高を見て驚かない日本人はいない筈だ
(勿論登山家を除く)
僕達はこの標高を見ただけで
メンドーサの宿で延々キャッキャ騒いでいた

しかしもう冗談では無い
目の前に迫っているのだ


いや、目の前というか、






今日である






今日、もう僕達は遂にアコンカグアの山肌に取り付き
一番初めの Camp Canada を目指すのだ
そしてそこは既に初体験5000mの世界である











それを考えると妙にいきり立ってきて
僕達は昨日寝る前にかなり攻め気なプランを立てた

まず、いまだに大きく重たい僕達の荷物をやはり二つに分け
半分を持ってカナダに向かい荷物を置き
勢いでまたベースキャンプまで下って
残りの半分の荷物を持ってカナダに再度登るというもの


最近なんとか目標をクリアしているという生半可な自信もあって
そんな一日に二往復という無茶を捻り出してしまった

まだクライミングという実態を分かっていないというのに




そして、

僕達はその為に5時起きアラームをかけたのだが
やはり現実はそんなに甘くなかった

いや、現実どうこうではない
僕達自身がトロトロに甘すぎた













5時のアラームに気がつくも寝返りをうつばかりで起きず
6時、7時となって結局8時に起きるという甘さっぷり

言い訳はと云えば





寒さ




昨日のレッドストーンで強烈な寒さを体験した

というのはやはりこの登山行においては
序盤も序盤であったのだ


当然である、ここはさらに標高が高いのだ



さらには、就寝前の朝食の準備を怠った

いつもは寝る前に予めテントの中に
朝食用の水を入れて準備している

そうすれば起きてスグに火を点ける事が出来る
朝食までの時間を短縮できると共に
テントの中を暖める事が出来るのだが

それをしないと朝の寒い段階で
外に出て冷たい凍っている水を
汲みに行かなくてはならなくなるのだ



そして今日は見事にその試練から逃げた訳だ










という訳で朝一

寝袋にくるまりながらさっそく予定変更


今日は半分の荷物をカナダに上げて
その足でベースキャンプまで降りてきて泊

明日残りの半分をカナダまで上げ
そこにテントを設置してから半分の荷物を
その上の Nido de Condores まで上げ
カナダにとんぼ返りをして泊


という日程

明日の予定が相変わらずかなり強気であるのは
やっぱり素人の皮算用であるのは否めないが
日程を考えると何処かで踏ん張らなくてはいけないのは事実

頑張るのみである

















さて僕達は昨日の約束通りドクターチェックを受ける為に
レンジャー小屋に向かう





小屋に入るとコンフルエンシアのドクターよりも
若くてよりきりっとした男が入ってきた


「おはよう、気分はどうだい?」


ハキハキと喋る彼には好感が持てたが
僕達の内心はドキドキである
勿論返事はグッドであると言う他は無いが


「君達、高所登山の経験は?」


例の血液中の水分量をチェックする機器を取り出し
愛二の指先に取り付けながら聞いてくる

いきなりの先制攻撃だ


「は、は、、初めてです、、」


「初めてでアコンカグア?
 上まで行くの??ここまでじゃなくて?」


「は、はい、、」


嫌な予感がする、、

と思ったのも束の間彼は豪快に笑って
満面の笑みを寄越した


「いいねぇ、『冒険旅行』だねぇ!」


彼は『Adventure Turism』と言った
彼の笑顔とこの言葉はうろたえそうになっていた僕の心を貫いた








なんと見事な言葉だろう
急に目の前のチェックなど忘れてしまって
この旅全体の事に心の中の視点が飛んだ

僕達が辿ってきた旅路
ダラダラ過ごす事もあったし
史跡を見ながらぼーっとする事もあったし
でも何よりこうやって何かに飛び込んで行く時が
間違い無く一番カッカした激しい時間で
そして今振り返ってみれば一番魅力的な思い出である



ハッキリと認識している訳では無いし
今更使い分けるのは少し小っ恥ずかしい感もあるが
『旅』と『旅行』という所には
少しはニュアンスの違いがあると思っている

そして僕は今の行程を一応『旅』と称している
さて、英語でこの事を喋ろうとした時
いつもこれに妥当な訳語が見当たらなかった


英語とはとてもロジカルな言語であると思う
そんな言語でなんとも言い表せないというのは
つまりは僕の中でハッキリと『旅』という言葉が消化しきれず
(『旅』と『旅行』の違いを認識しきれず)
曖昧に捉えている事の証であるような気がしていた



そんな僕にバッチリ答えを出してくれたような言葉を
この青年はパッと僕に与えてくれた

何ともいえない清々しい気持ちが込み上げてくる













アドベンチャーだ


そう、冒険旅行なんだ、これは

















僕と同世代ならきっとアドベンチャーと聞いて
ドラゴンボールを思い起こすに違いない

まさにその時代に育ったまま
僕はきっと世界に飛び出てしまったのだろう


以前にウルトラマン世代と仮面ライダー世代を比較して
時代を捉える論説を見かけた事がある

世界に誇る日本のアニメ漫画文化
その代表格の一つともいうべきドラゴンボール
実際に日本で育った僕自身に影響していない訳はないだろう




















ピピピ、、という音で僕の心は現実に戻される

愛二の指先の機器が反応したのだ
なんと数値は90を切って87

気持ち良い風に乗るように
軽やかに意識の中を飛び回っていた僕は
一気に地面に叩きつけられた


まさかのドクターストップ!?


しかし彼は笑顔で「はい」と言うと
愛二から機器を取り外して僕を手招きする

理解できないまま僕は機器を指先につける

するとやはり90以下の85を表示している
それでも彼は何も言わない


「はい、チェックはこれまでです
 気を付けてね」


もしかしたら標高によって数値のボーダーが違うのだろうか

はたまたやっぱりコンフルエンシアのドクターは
僕達を行かせない為に90以上で無いと許可されないなどと
嘘を言ったのだろうか

どちらにしても僕達は無事に許可された印として
通行証にハンコを押されて小屋を出た





















自分達のテントに戻ってきた時には
既に10時半を回っていた

遅くに顔を出す太陽も既に十分にベースキャンプを暖めている


周りに居た数組みの登山者達は
既にテントを畳んで居なくなっていた

高度順応の為に上に登ってまた戻ってくる
と言っていたフランス隊はとうに
僕達がまだ寝袋で格闘している時に出発していた


僕達もいくら予定を変更したといっても
急がなくてはいけない

何しろ未知のクライミングである


僕は急いでリュックの奥底に仕舞っていた
プラスチックブーツを取り出す





プラスチックブーツとはその名の通り
プラスチックで出来たブーツである

しかもその仕様は二重靴である

これが相当に重い
これを取り出すと一気に荷物が軽くなる
今まで履いてきたトレッキングシューズも
これから上では必要なくなるのでベースキャンプに置いていける

とても良い尽くしなのだが、さて
何で重たい思いまでして靴を二足も持っていく必要があるのか
当然の疑問である


プラスチックブーツは何の為にあるかと云えば
それは単純に寒さの為である

ただのトレッキングシューズ、そして一重靴では
高所ではあっという間に凍傷になってしまうからである
その為に固いプラスチックで出来ているし
暖かい空気を留め、さらに雪によって
濡れた部分が素肌に触れないように二重になっている


初めからプラスチックブーツで行けばいいではないか
となるのだが、それは厳しい
何故なら上に書いた通りこの靴は重くそして固い

非常に歩きにくい



しかし、高所においてはそのデメリットをしても
凍傷にならない方が遥かに大事であるからして
このプラスチックブーツは必需品なのである




















初体験のプラスチックブーツに少し戸惑いながらも
僕達は陽の光とちょっとした高揚感の元
遂にアコンカグアに取り付いた



人生初のクライミングの開始である


20120305 (3)




















そうは云ってもミクロ的視点で見れば
岩がゴロゴロする傾斜道を登っている点で
『勇敢な谷』と相違はあまり無い

僕達は順調なペースで登り進める

途中ショーットカットを敢行するなどの余裕までみせる



しかし、これはいけなかった



あくまで僕達は初心者であった






『勇敢な谷』を数度経験したからと云って
それはやはり山間での話である

高所登山の本随を思い知るにはそんなに時間はかからなかった






スグに僕達のペースは落ちてきた
そして僕の後ろを歩く愛二の呼吸が荒くなってくる

まず大事なのは『高度』であった

3000mから4000m付近と
5000mを越えるのとでは
明らかに人体に表れる高度反応に差があった


そしてもう一つ大事なのは『傾斜』だ

ベースキャンプまでの道
そしてトレッキングと云えば
峠あり谷ありのアップダウン

しかし今始まったクライミングは
アコンカグアの頂上を目指してひたすら登りつめる
という事は当たり前だがひたすら登りが続くという事である


20120305 (6)






この事は当たり前すぎてて
書いてても読んでても実感しにくい事だが
想像以上に辛い事実である

流れの無いプールのような所で泳ぐのと
流れのある川を上流に向かって泳いでいる

というくらい差がある気がする


20120305 (1)







カナダ行き序盤にあるカップルを抜かした
二人はゆっくりゆっくり歩いていた

しかしその30分後には僕達は
その二人のカップルに抜き返されてしまっていた

見事な『兎と亀』である






息の切れ方は尋常では無い
もう何分進んで小休止というレベルでは無い
何十歩か進んで座り込むという事になってしまった

ただ、奇しくも
今までの行程の中で一番景色を楽しんだかもしれない


座り込むのは山の斜面なので
必然的に周りを見渡す格好になるのだ

そしてその景色はとても見応えのあるモノだった

山にのめり込む人達の気持ちが
初めて奥底でちょっと理解できたような気がした


見渡す限りの山々
雪を頂くような高く威厳を持った山まで

そしてそれらは全て僕達よりも下か
はたまた同じ位の高さに見える


20120305 (7)





下を見下ろせばついさっきまで居た
ベースキャンプが見渡せる


20120305 (2)





この景色のおかげで
休憩の度に卑屈になっていた今までとは違って
気を落とす事無く上に進む事が出来た






















キャンプカナダに着いてみると
さっきのカップルは既にテントを張ってくつろいでいた

僕達は荷物を解いて石に座り
ビスケットを頬張りながら少し景色を眺めた
カナダからの景色はまた雄大であった


20120305 (4)





僕は心底この山の景色に見とれていた


別に想像してなかった訳では無いのだが
人生初のクライミングに対する緊張感と沢山の不安要素が
『何故山に登るのか』という所に焦点を当てる
隙を与えてくれてなかった事に今更ながら気が付いた

そしてこの景色は十分にその答えの一つを
示してくれているようだ



辛かった重苦しいような時間の記憶はすっかり色を替え
見事にこの景色の満足感に影響されて
すんなりと頭の中に受け入れられている

スグにカナダからベースキャンプに引き上げて
下でのんびり過ごそうと云う思惑は綺麗に消え去って
ひたすらに景色を眺めた
















ここはまだ行程の序盤といってもいい場所である
一体この上にはどんな景色が待っているというのだろうか


この時初めて

僕は頂上に登れるかどうかという緊張感によるドキドキとは別の
期待に溢れた心拍数の高鳴りを感じた



20120305 (5)
























アコンカグア登攀6日日
ベースキャンプ (Plaza de Mulas) : 4370m - キャンプカナダ (Camp Canada) : 5050m , 4 hours
キャンプカナダ (Camp Canada) : 5050m - ベースキャンプ (Plaza de Mulas) : 4370m , 0.5 hours


aconcagua6.jpg




3600-クライミング5日目-

20120304











大自然の真ん中での贅沢な寝床だった




周りには誰一人いない
動植物に水すらない
完全なる自然を独り占め

それなのに僕は全然寝れなかった

完全なる静寂は逆に気持ちを緊張させるモノであるが
今回はそういう事が原因ではなさそうだった











山に入ってからというもの
人生で経験した事が無いような激しい活動が続いていたが
しかし昨日はうって変わって優しいものだった

確かに半日荷物を持って歩いたには歩いたが
それより前までの日常を遥かに超越した負担を考えると
物足りない感じはある

もしかしたら身体が身構えすぎていて拍子抜けしてしまい
寝るには疲れが足りない、という妙な事態が起きたのかもしれない


この短時間で筋力体力共についたとはとても思えないのだから
これは精神的な作用であるような気はする

精神論は現代に入り忌避される傾向ではあるが
やはり完全否定できるものでは無いだろう
何事もモノは考えようである








そして寝不足のもっと現実的な理由として尿意

寝る前にどうもお茶を飲みすぎたようだ
兎に角トイレに行きたくてしょうがなかった


だったら行けばいいではないか
テントなんだから出てすぐ出来るだろうに

とお思いの方も多いだろうがそう簡単な話でも無い
いや行為自体はそうなのだが問題はその気温にある


コンフルエンシアの時の寒さに加えて
ここレッドストーンは何も無い所
熱を持つものは僕達をおいて他に無く乾燥は余計にであって
さらに山の間を抜けていく風は全てをさらっていく

その真夜中

折角暖まった寝袋から抜け出し
さらにテントからも抜け出し
さらには重ね着しているパンツをも全て脱いで
素肌をさらけ出す行為は

寝袋にくるまっている状態では
到底受け入れられる情景では無いのである












と、言うのではあるが
一晩中我慢し続ける事は不可能なので
一度だけ僕は覚悟をして外に出た


出た瞬間

僕は我慢に我慢を重ねた末のもう限界尿意
そして一気に頬を叩きつけてくるこれ以上無い氷のような風

その二つともを一瞬忘れた







忘れさせたのは真っ暗な筈の世界に
信じられないくらいの星星が目一杯に輝いていたからだ

今までの人生で見てきた星の数を全て足しても足りないくらいの
それくらい圧倒的で隙間などないくらいの星空


満天の星空は今自分が立っている空間を大きく取り巻いて
どれだけ大きな自然の中に自分がいるかを示してくれている






残念ながらゆっくり星空を見上げる時間は
すぐに舞い戻ってきた寒さの感覚によって奪われ
僕はテントに戻る事になった

しかし、尿意も無事に落ち着きさあ寝ようと目を閉じるが
そのまぶたの裏にはさっきの満天の星が煌いてしまう


そうしてやっぱり僕は眠れなかった
























という訳で予定の5時過ぎに起床はするのだが
完全なる寝不足で起きる事になった


昨日の行程が物足りない、などとさっきは書いてしまったdが
疲れが物足りないなど厳密にはある訳が無く
そう、見事に積み重なっている

朝起きた時の足のだるさは強烈であった


しかし、


やっぱりそれでも行かねばならない
山に身を投じた我々は前に進まなくてはいけない


20120304 (1)







まだ山々の天辺付近までしか光が当たらない7時半
僕達は早々に出発した

ペースは順調で平らな道をぐんぐんと進んで行く
一度通った道というのもあって
頭の中で地図を描きながらペースを考えて進んだ


いつも朝一で抜かれてしまうロバの集団にも抜かれる事無く
二時間後に大きな岩(Piedra Ibanaz)に到着

この後の長い山と谷の繰り返しに『勇敢の谷』を意識して
30分も休憩せずに出発

もうアコンカグアに入って5日目
荷物も20キロ弱
そして一度通って知った道である

僕達はどうも慣れた様子で余裕を持って歩を進める


20120304 (2)














初回には全く余裕が無くて眺める事が出来なかった
昨日降りた時には急ぎすぎて見上げる事がなかった


そして今日、歩きながら

僕は初めてアコンカグアの姿をハッキリと
そしてじっくりと見た



登山口やコンフルエンシア辺りでは
山の向こうのまた向こうで
全くその姿を見る事が無かった

ベースキャンプに居た時には
目の前にそびえていたのは確かだが
僕はその時はコンフルエンシアに戻るつもりであって
まだ上の方に意識がいっていなかったらしい

そして歩きながら目的の山を見上げるのは
また少し趣向が違った



自分の歩くペース
それに正確に伴って景色がゆっくりと移り変わっていく

目の前の岩岩は確かに後ろへとすぐに姿を消していくが
目指す峠や谷はどうもじれったくしか近づいてくれない
そしてその斜面の上に鎮座する山はと云えば

『動かざるの如し』



そんな山々の一番上に霞むようにそびえているアコンカグア



どうしてもそこまで思考が辿り着いて
仰ぐように立ち止まってしまいたくなる

だってその存在感は圧倒的であるし
そして到底辿り着けないと思わせるような畏怖の念が
心を覆ってしまいそうになるからだ


20120304 (3)














余裕は徐々にそんな偉大なる山々の景色に削り取られていく


繰り返される山と谷の景色は
知っていながらやはり僕達を狼狽させる

結局荷物は20キロ弱であるから
そのうち肩に食い込んでくる事になる


おかしい


こんな訳は無いと無理に足を前に出そうとする
そんな無理は余計に身体を固くさせる


おかしい


頭も焦りを生んで熱く速く回転するようになってくる
そうすると目に映る景色がぐるぐる焦点が掻き乱されていく




後ろから気配がして振り返れば
ロバ達が猛スピードで駆けて来る

爆音がやってきてヘリがいつもの様に飛び抜けていく


もう恒例になった筈の事

冷静に考えればいつもの時間に
ロバもヘリも通り過ぎたにすぎないのだが
僕の心はいちいち反応してぐったり凹むのだ
























何とか昼過ぎの1時半には以前のベースキャンプで
『勇敢の谷』下のコロンビアに辿り着く

4時間でここまで辿り着いたのだから
順調というよりもどちらかと云えば
かなり早いペースでやって来た事になるのだが
僕達の顔に覇気は無い



しかし口はよく動いた

パンを頬張りながらも言う


「いやあ、オレらすごいよ
 あの道をたった4時間なんて成長してるじゃんか」


褒める

無意識に自分を鼓舞しようとしたのだろうか
そしてまた言う


「前回はあれだけ疲れて三時間でここを登りきったんだよ
 今回はまだそれだけ疲れてないし荷物も軽い
 そしてまだ昼2時前だ」


どれだけのハプニングに疲れが襲ってこようと
三時間以内には着くのだから

という甘えのような言葉



精神論は完全否定できない、とついさっき書いたが
云ってみればこれは精神論的逃げであろう

おかげで気分は随分楽になったが同時に気が抜けてしまった


その後『勇敢な谷』に取り組んだ僕達は
情けなくも何度も立ち止まって肩で息をし
すぐにへたりこんでしまったりした








ベースキャンプに辿り着くことが最終目的ならば
別段それでもよかったかもしれない

しかし僕達の今回の目的はそんな事では無い
さらに上のまた上
アコンカグアの頂上なのである

しかもこのベースキャンプまでの道のりは
大きな荷物を背負ってはいるものの
道程はクライミングというよりもトレッキングである

そこにヒーヒー言っている僕達は果たしてどうであろうか




















そんな僕達にガツンとくる出来事が
ベースキャンプに着いた時に起きた



無事に僕達はベースキャンプに明るいうちに辿り着く事が出来た

ベースキャンプの一番手前にあるレンジャー小屋
その前の広場でレンジャー達が
バレーボールをして楽しんでいた

その中の一人が僕達に気が付いてなんと拍手をしてきた


「おめでとう!!
 ウェルカム!!」


何だかよくわからないので対応に困っていると
お構い無しにその拍手の輪は広がっていった


「Bienvenido, loco Japones!!!」


『Loco』とはクレイジーとかバカ者というスペイン語である

結局よくわからないままであったが
みんなは笑顔で肩を叩いてくる
からかっている面もあっただろうが
どうやら嘲笑という訳でもなさそうなので
僕達も笑いながら手を叩き合った


レンジャー達は情報を常に共有している筈である
下のコンフルエンシアのドクターや仙人が
みんなに話したのかもしれない

素人でありながら企業を手配せずガイドも無しで
本当に無謀でバカな日本人二人組みとして






そうだ、いくら僕達が勝手に山の頂上を目指しているとしても
彼等は見ているのだ
僕達は見られているのだ

そしてこの道程は僕達だけのモノではない

何かをしでかせば
(僕は素人だからその想像力すらやはり陳腐なモノだが)
雪崩を起こしてしまう危険性だってある訳だし
遭難する事も十分に考えられる

そうしたら僕達だけの問題では無くなる

勿論大事な人達に多大な心配と迷惑を掛けるのは当たり前だが
このレンジャー達や同時に登っている登山者達の行程にも
大いに影響を及ぼす


そして何より山に対する姿勢や畏怖の念







アコンカグア初日、登山口を通った時に思った想い

僕達はこの山に入ったと同時に素人如何に関わらず登山者と成り




責任と権利を手にしたのである



























少しして午後3時半に例のフランス隊がベースキャンプにやって来た

昨日聞いた話では朝8時半にコンフルエンシアを出発する
と言っていたのでたったの7時間でここまでやってきた事になる


驚異という他は無い


確かに荷物をロバに預けてはいたのだが
それでも7時間でやってこれるという事実を
僕達は重く受け止めた

僕達は二度も通った道を思い返す
そして自分自身の身体的な能力を省みる









汗を滝のように流しながらも
笑顔で僕達に話し掛けてくるガイドのロベルト


そのすぐ背後に遥か高くそびえるアコンカグア


20120304 (5)












明日から遂に本格的なクライミングが始まる



20120304 (4)
































アコンカグア登攀5日日
レッドストーン (Red Stone) 3600m - ベースキャンプ (Plaza de Mulas) : 4370m , 7 hours


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