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言語の冷たさ


新年早々の大移動
昨日まだベトナムの大地をバスで駆け抜けていた
数時間前人生で初めて中国へ飛び込む
そして今僕は香港に降り立った

中国での貴重な体験をしていながら
あっという間に中国を抜け
香港にやってきてしまった



頭の中のフィーバーが収まっていくのを感じる
急速に萎んでいく


吹き荒れる風
それに打ち勝とうとして身体を必死に守って
打ち付ける雨
それに抗うように何とか目を開いて前を見て

急に雲が遠のいて太陽が現れ
必死になって熱くなっていた身体がぶすぶすと煙をあげる中
安心しながらも遠くを眺めて何だか取り残されたような寂しいような

香港に入ってイミグレで手続きを済ませ
中国を通ってきたバスから香港のバスに乗り換え席に着いた
その時に流れてきたアナウンスを聞いた時
その時感じた気持ち
嵐の後のような気持ち





香港は中国に返還されたといえども
やはり長く違う国であったから
経済も政治も上手くすり合わせる事が簡単に出来る訳もなく
マカオと共に特別行政区となっている

それは日本の経済特区や教育特区のようなものと大きく違って
体裁は一つの中国であるが
結局全く違った姿を持っている

その証拠に中国香港間を通る時にはパスポートが必要だ
イミグレがあってきちんとスタンプも押される
つまりは国境だ
中国と香港の間にはまだ国境が存在している



何も中国と香港が無理のある関係だと言っている訳では無い

中国語を話すわけであるし
街中には漢字が溢れていて
街中のふとしたスペース
道の交差によって出来たいびつな三角形の土地
香港特有の細く背の高いビルに囲まれた道に面さない土地
もともとなのか結局そこだけが残ったのか
赤い提灯に赤い柱を持ったお寺

きちんと根深い処で中華思想が存在している





ただ僕の中では完全に嵐は去って行ってしまった





その理由はやはり言語によるものだった
彼らの話す言葉は中国語であっても
マンダリン
北京語では無くて広東語なのだ


バスのアナウンスを中国のバスで聞けたという感動から
ついつい余裕を持って本を読みながら片手間で聞こうとしたら
全く分からない音が通り過ぎていく

中国語の雰囲気は伝わってくる
でもひと言も引っ掛かってこない

焦りも出てこない
それくらいにもう勝手に頭がさじを投げて
自分でも驚くくらい平然としている

ようはあっという間に
東南アジアでの僕に戻ってしまった
分からないのは当たり前
周りは違う環境
自分は違う部屋の中にいるという感覚




中国語はいくつもある
知ってはいるのだけれども
こんなにも違うなんて




僕は一応中国語の中で
少しの北京語とまたそれよりもさらに頼りないくらいの台湾語を解する
解するなんて書くには本当に申し訳無いレベルなのだが
ゼロでは無いというのが今の感情には重要なので解すると表現させてもらう


僕の中の解するというのは
前にも書いたように勉強した訳では無い
あくまで感覚での話し

喋る時頭の中で組み立てる作業は殆ど無い
想いと言葉が直結している感じ
ようは日本語と同じ
何か詰まったら
以前誰かが喋っていた映像を思い浮かべてそれが口を出る感じ


だから北京語と台湾語の違いなんて
何処がどう違うのか説明出来る訳ではない
でも聞き分ける事は一応出来る

ある人達が喋っていて
これは何語でしょうと言われたら
僕はそれが北京語であるか台湾語であるか
一応答える事が出来る

一応と繰り返すのはそこに学問的に明確な理由が無いから
例えば二つの言語で同じ物が全く違う発音になったりする
その違いで二つのうちの一つを判断しているのではない
何となく雰囲気で頭の中に出てくるのだ



だから逆に聞いた事が無い他の中国語と言われる言語
似ているようで全く違うと言われる言語
初めて聞きながらそれらが中国語の一種であるという雰囲気を
僕は汲み取る事が出来るのだと思う




今回の広東語も
中国語である雰囲気は伝わってきた

何だか話している

でもその意味が全く頭の中に
まさに「引っ掛かってこない」
それしか表現の仕様が無いのが悔しいのだが
まさにそんな感じ


音が意味を引き出してこない
なのにそれは中国語の響きを持っているのは分かる
そして僕の頭に表れる感情はシンプルで静かでようは白けた状態


近代イギリスの機能主義みたいな
構造が複雑になり機能が研ぎ澄ませていけばいく程
表面に現れる状態はシンプルだというような
すごくネジれた数学的には非常に高等思想が僕の頭には展開されているのだろうか
ただ僕の頭がオーバーヒートしてそっぽを向いたというだけか

どちらにしても
本来なら言葉が通じないとなれば
取り乱したり一体どうしたらいいのか
急いで考えを巡らせてみるものだが
今の自分は全くあっけらかんとしている
まさに何とかなるだろう精神


東南アジアでぐちゃぐちゃのコミュニケーションをとってきた
はっきり言って通じない所はどうしたって通じない
英語が世界の共通語と言ったって
触れていない人は数多と居る

お互いの母国語はそれぞれの部屋の中でしか通用しない
そうなればもうどうしようもない
チャンネルが存在しないのだから僕の部屋の中のテレビに映る訳が無い


そんな時相手の目を見ながら日本語を喋っている時がある
通じなければ絶対関係無いのにひと言ひと言ゆっくり喋ってみたり
大声を出したりイントネーションを変えてみたり

別にイントネーションが違うと偶然相手の同じ言葉と結びつくなんて
これっぽっちも思っていない
そういう時は指の動きや表情が自然に添えられてくる
自分の言語だから不自然にならずに感情や意図が乗る
変に慣れない他言語を使うとどうしても頭はそっちに意識がいって
表情が硬くなってしまう

テレビをどんどんと叩いて何だか突然映っちゃったみたいな
力技で突然通じたりしてしまうのだ



そんな力技が意外にも実に有効で
そこかしこで力を発揮したものだから
日常の中で言葉にうろたえなくなってしまった

そうなれば言語的ストレスも随分と緩和されて
逆にそれでコミュニケーションが成立した日には
棚から牡丹餅の状態

そんなたらたらとした古びた精神を
東南アジアで培ってきてしまった
英語だってこんな僕の方が出来てしまう時があるのだから



ただ少し前に尚吾が独りでベトナムとラオスを旅している時
数人の欧米人に会った
その時のコミュニケーション

やはり英語という共通のチャンネルを持たない限り
生活の上に求める議論と知的好奇心の絡み合いの番組を見る事は出来ない
それを実感する時は確かにあった

これから東南アジアを抜け
欧米へ抜けるだろう
そして人生を歩いて行く上で

やはりきちんとしたチャンネルラインを敷いておく必要はあって




今回の中国香港での経験

すぐに熱した中国での言語的興奮と
逆に香港で感じた急激な萎み


言語が分かると言うだけで周りの環境は劇的に変わり
それは逆に言えば分からないというだけで
全くの強固な壁が塗り固められるという事で


言語の熱い凄さを知った折に
広東語に英語に北京語に他言語が溢れる香港で言語の冷たさを知った


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    ふらふら何処かへ酒飲んで本読んで人と話してぼーっとして海に入って空飛んでバスに乗ってまたふらふら何処かへ、、何処へ?うーん。。とりあえずの試行錯誤継続鍛錬。

    2009年5月、日本を後にし、ゆっくりだけどそのうち加速予定。

    未熟ながらもなんとか自分の言葉で世界を書き起こしたい。ただいまその道中。


    name : LAN
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