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選択しましょう


遅くに彼女が帰ってくる
とても疲れている


みんなでテレビの前のテーブルを囲む
このような居間の真ん中に置くテーブルに何人用なんてあるのか分からないが
普段は独りで使っている所を四人分の食器が並べられているのだから
何となく縮こまったように身を寄せ合う

そんな顔に鍋から立ち上る煙で唐突に視界が曇り
自分は何とも無い筈なのに少し心がうろたえる
冬の空気に冷えて知らずに固まっているのだろうか


みんなで囲む鍋はこの上なく幸せを感じられる
器の中で色んな物が僕達に負けずに
肩を寄せながら所狭しとしている

日本のに比べると小振りな白菜
少し固めのジャガイモ
信じられないくらいに高いしいたけ
形が極端にばらばらな玉葱


連日寒さの続く香港は今日一番の冷え込み
部屋の中は鍋で温まる
窓は空と同じように曇っていく
そんな外の寒さの証明を見ながら余計に身体が温まっていくのを感じる


食べ終わってそれぞれの場所にどっぷりと身体を沈めて
なかなか起き上がれない

何もしていないに等しいのに
何故か疲れのような重しが身体を程よく押してくる
マッサージのような心地良さは眠気を誘ってくる


見渡すと同じような顔が三つ目に入る
それは夢と現実の境目に居て
どっちに行こうか思い悩んでいる
選択肢を持った余裕からくる贅沢の中にいるように見える


ただ時間は過ぎていく
あっという間に日付の境目がやってくる

彼女はシャワーをして出てくると
冷蔵庫に向かって缶ビールを取り出す
否応無しに部屋の隅々まで照らしすぎる電気を消し
オレンジ色に光る小さな間接照明を点ける

さっきよりも部屋全体は黒く覆われたのに
それぞれが座る場所の近くには
みんなの影がさっきよりもはっきりと感じられる

それが一つの光源によるものだからと
理屈はわかるのだが
何だか不思議な事のように思える






誰がこの扉を開けたのか


いつの間にかとつとつと喋っている彼女がいる
そして僕は彼女の動作を交えてよく動く目を見つめたり
パソコンの作業中を示すカーソルかのように
ゆっくりと円を描くように足先を動かしたり
まるで表面に何か答えでも貼ってあって
それを探すかのように手で頬を触ったりする


好きだとは一体どういう事なのだろうか
人を愛する愛したいとは
夢とは何だろうか
自分の求めている事は
バランスなのか選択なのか
それともまたもっと奥の方の話なのか


今どうしたらいいのかわからない
悩ましい
いや悩む事はいい事だ
それは確かに間違い無い

今ある顔の数そのままに話は色んな側面から話される
じっと相手の話を聞きながら
投じられた話が自分の目からどういう形に見えるか考察する

彼女は過去の自分を話す
そうして悩んでいる告白をする
話を聞いて相槌をうって少し話して
そうやっていつの間にか僕達も口が滑り出す





後の自分がそれを思い返してそうして理論的に話を組み替えて
過去の事象は現在の自分によって様々に変化する
ようは色眼鏡の原理
それを逆手に取れば何事もポジティブに前に進んでいける
そうであれば選択をする事に臆する必要は無い
何事をしても自分の考え方次第なのだから

大事なのはそこに飛び込む時の覚悟であって
そこで最大限の力を発揮しようという気持ちであって



そう僕はいつも考えている
ただ僕はこうも思う



一体選択肢とは何なのだろうか
僕の前に沢山用意されているようで
実は全くそんな事はないんじゃないのか

自由に選べる物なのだろうか
結局進む道は一つなのに
僕の歩く道は一本道なのに


別に運命論を信奉する訳では無い
占いもまだ一度もやった事が無い
占いを否定する訳ではないが僕の中では観察眼を駆使して
見据えるのを避けようとしているか
それとも判断しかねているか後押しが欲しいか
その背中を少し押してやるようなモノだと思っている

占いの議論をするつもりはない
言いたいのは選択肢というのは結局自分で作り出した幻想でしかなく
目の前の時間の流れの中を流れる
様々なモノの組み合わせでしかないのではないかという事

一瞬足元から遠めに俯瞰して見て
視界に入ってきた一画面が
色んな見え方をしてしまうだけなんじゃないか



子どもの頃にほんの少し流行ったあれは騙し絵というものだろうか
一枚の絵が色々な見え方をする

二人の人の横顔がワイングラスに見えたり
公園にある木々が人の顔になったり

初めにみると人の横顔が目に入るかもしれない
ワイングラスが飛び込んでくる人もいるかもしれない
そうして二つの見え方があると教えてもらう
一生懸命に視点を変えようとする

自分で気が付いてしまう人もいるし
なかなか見つけられない人もいる
でもどっちの人も同時に二つの絵を見る事は出来ない

間違い無くあるのは一本一本引かれた黒い線で
絵はそこに完成した集合体でしかない
でも人の目はある映像と意味を頭に呼び起こす


もう一つの絵を見ようとする時
必死に視点を探す
耳を口に見てみたり
流れる川を髪の毛に見てみたり

その時は自分が自分の頭の中に篭る時で
どちらかといえば流れる時間の中から一歩引いて
留まろうとしている状態ではないか

何故なら同じ絵を必死に詳細に見ようとしているのだから
ちょっと待ってくれ
流れていないでじっとしていてくれ
そういう意識の表れだ


でも時間は勿論止まってはくれない
無常に過ぎながら新しい絵が
正確に言えば新しく流れてくるモノが
次々に視界という画面に飛び込んできて

必死に思い出そうとしても詳細を思い出すのは難しい
同じ絵を違う視点から見ようとしているのだから

もしかしたらこんな見え方があるかもしれない
そう思い描いても
実際の目の前には既に違う映像が広がっていて
なかなか自信が持てない
当然それは違う視点から見ているのだから
自分は正解を知らないのだ







じゃあ一度悩んだら一体僕はどうするのだろうか



沢山ある選択肢を見据えて
一番鼓動が高鳴るモノに飛び込むのだろうか

それとも逆に選択肢を捨て
一番自然で居られるモノに流れて行くのだろうか



何だか同じようでいて違って結果はやっぱり同じような
もうどうでもよくなってしまうかもしれない
際限無いループの口が大きく目の前に待っているような気がする





結局人が考える事なんてくだらないのかもしれない
でも考える事はやめられない

主張を通す事をしなくてはいけない
数ある予想もしなくてはいけない
実はこの二つはすごく対立する頭の運動だ


でもどちらにも出口は頭の中には無い


選択肢の自由を信じる僕と選択肢の存在すら信じない僕
一体同じ僕が考えた事なのだろうか
それともまた違った僕が考えている事なのだろうか

それすらわからない
その選択も出来ない
それは選択すべきなのかむしろ選択自体が存在するかもわからない


無限のループの中に既に入っているのか




時計はもう朝の5時を指している
寝るか起きているかの選択も迫られている



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    ふらふら何処かへ酒飲んで本読んで人と話してぼーっとして海に入って空飛んでバスに乗ってまたふらふら何処かへ、、何処へ?うーん。。とりあえずの試行錯誤継続鍛錬。

    2009年5月、日本を後にし、ゆっくりだけどそのうち加速予定。

    未熟ながらもなんとか自分の言葉で世界を書き起こしたい。ただいまその道中。


    name : LAN
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