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今一番行きたい場所



きっと今日の文章はかなり長くなってしまうだろう

書く前からこの高揚感ではとめど無く想いが溢れてきて
でも抑え目にまとめ上げてしまうのも中途半端に意味ありげに終わらせてしまうのも
僕の中で納得出来ないし書かずにはいられない

それは僕のこれからの旅路に向けてもそうだし
何とかみんなにも読んで欲しいと思ったから

この本も、そしてこれを読み終わった僕の想いも











この間まさみが来てくれた時に日本から沢山の本を持って来てくれた

オノヨーコの詩や谷崎潤一郎のエッセイ
英語学習本や「仕事」を新しく開発してきた人達を集めた本
大小合わせて全部で十冊以上

まさみには申し訳無いが
それを鞄から一つ一つ出して見せてくれている時
僕は睡魔に襲われていて殆ど身体を動かせずに
ゆっくりと頷くくらいしか出来無かった

ただ遂に取り出された一番最後の本
それに僕はつい身を乗り出して反応してしまった


立花隆著の「宇宙からの帰還」


手にとって裏表紙を見ると
『宇宙飛行士の衝撃に満ちた内的体験を、、、』
と書かれている

タイトルを聞いてなのか表紙に写る宇宙飛行士の船外活動の写真なのか
どちらにしろ瞬間的にこれは絶対に面白い
というか今まで正確に認識していなかったけれども
宇宙飛行士の精神的な世界を知る
宇宙という異質の空間を体験した彼等の想いの変化
この命題以上に僕の関心を寄せるモノは無いと思わせるくらいだった




愛二がモンゴルに出発しまさみも日本に帰国し

脱力感とそして虚無感が襲って来る時に
何とかそこに取り込まれないように本をまずは読もうと思った


迷い無くこの本を手に取った
それからずっと読みふけった


20100308-1.jpg





今まで宇宙に飛んだアメリカNASAの宇宙飛行士
それぞれの素性
宇宙での詳細な体験
宇宙体験後の宇宙飛行士の進路
彼等の宗教観から世界観に人類の将来像まで

宇宙飛行士の一連の人生を様々な事実から洗い出し人格を捉え
精神面をインタビューによって引っ張り出し
宇宙体験前後の違いを明らかにしようとしている





宇宙飛行士とはまさにイメージ通り
かなりの狭き門をくぐってきたエリートであり
技術者として学者として研究者として一流が集まっている

そんな彼等は宇宙体験の後に様々な道を辿っている
宗教家、政治家、投資家
人間の精神を分析する人もいるし
地球環境汚染に取り組む人もいるし
うつ病になり精神病院に入る人もいた



実際にこの本を読んでまず惹かれたのは知識量と単語量の豊富さだった

勿論著者の立花隆氏の徹底的なジャーナリズム
詳細にわたるまでの調査による情報量も然るながら
宇宙飛行士たちの言葉の節々に滲み出てくるインテリジェンス
多分地球上で最高のテクニカルな部分の知識を持った彼らの思考が
スピリチュアルな体験をも巧みな数学的言語体系で語るのだ


彼等が向かった宇宙は科学的な面においても哲学的な面においても
今現在考えうる最上で最高のフィールドであって

彼等の体験のもたらす意味は
様々な所で対立する科学と哲学の二つのストリームに
架け橋を渡す事になるかもしれない訳である


理系的な思考からは文系の論理が理解できないし
文系的な思考からは理系の活動を批判しがちになる

でも宇宙飛行士の言葉は世界トップクラスにテクニカルだし
でも宇宙飛行士の体験は筆舌し難い最高の美しさの中にある

人の思考はそれぞれ同じ構造の脳から発信されているのだから
科学的な活動だって哲学的な論理だって
本来トータルに同じフィールドで語れる筈ではないのか
はたまた全く新しい考え方が現れるかもしれない
その可能性を宇宙飛行士の言葉に探そうとしたのだと思う


20100308-3.jpg






そんな中僕を捉えて放さない単語があった


不可知


不可知の直接の意味は「知る事が出来ない」という意味
不可知論や不可知論者とは
「感覚的経験以上の実在を人間は知る事が出来ないとする立場」
の事やそれを主張する人達の事である

ここで言う「感覚的経験以上の実在」とはもっぱら「神」の存在を指す
「見た事も触った事も無いのだから神がどんな姿形をしているか論じる事は出来ない
ただこの世界や宇宙を創り出した何かは存在しているだろう」
という主張と
「存在の有無すら論じる事は不可能だ、何故なら何も実際に見ていないし触っていないから」
というそれぞれ二種類の大きな主張がある

つまり
「宗教っていってもピンとこない
だって神なんて今まで見た事ないんだから」
という感じ


僕がここで言いたいのは神についてではない
「感覚的経験以上の実在」とは「究極的な真理」をも指している


僕は多くの日本人と同様に特定の宗教を信じている訳ではない
そして多くの知識を持っている訳でもない
キリスト教徒はイエスを信じ
仏教は仏陀の教えを、イスラム教はモハメッドの教えを守っている
その程度だ
経典などは読んだ事が無い

きっとそれが宗教といった時にそれぞれの宗教を見る事無く
全体的な人間にとっての宗教の位置付けを必然的に見るしかなくなって
大きな枠組みでの宗教論でしか判断出来ない



例えばこんなふうに考えたりもする
神や宗教はある個人が精神的崩壊へ向かわないように意思を補完するシステムだろう

不治の病にかかって余命を宣告された時
もっと身近で言えば親が離婚しただとか
恋する人に告白して散々けなされて断られた時だとか

そんな時にこの事件のカラクリや前に進む為のカラクリを説明してくれるモノが必要だ

何で僕はこんな病になってしまったのか
じゃあ今までの人生は何の意味があったのか
もう何もする気が起きない

何で私の親が離婚するのか
私のせいなのか
一体私はどんな人間になればいいのか

何であの人は俺をあんなにけなすのか
俺の何処がダメだったのか
ただあの人の好みに合わなかっただけかそれとも誰とも相容れないのか

答えが必要になる
宗教ならば運命論や神の啓示や
よくわからないけれどもそんな理由を添えてくれる
そしてやるべき事も経典に載っている
祈りや懺悔や

でもそれは自分なりの何かであってもいい訳だ

山に登って山頂から叫ぶでも散財するでも
友人に当り散らすでも酒を飲みまくるでも

それをしたらもう大丈夫というようなスイッチみたいな
どれだけ自分がそこに確信を持っているかで補完はされる




そんな典型的な日本人の僕でもやはり精神世界については考える
それは僕にも勿論内的環境があって想いを巡らせるから




だから精神的に訪れる様々な悩み
挫折や孤独に存在意義や目的意識も
それらに対して考えを膨らませ答えを求めようとする

宗教的な信じる対象が僕の中には存在しないので別の所に求めようとする
その存在は自分の経験や感覚から捻り出そうとする

その捜し求めているモノがつまりはここで言う
「究極的な真理」なのだと思った





今回の世界一周の旅
僕はきっとこの「感覚的経験」を沢山積む事によって
より「究極的な僕なりの真理」を求めて
終わり無き道を歩いているのだと思った

全てをひっくるめた答えは得られない事を知っている
宇宙は無限だから
でも僕の感覚的経験を出来るだけ大きく広げる事が
僕の真理をより揺るぎの無い大きなモノにしてくれる



いつかのブログにも書いた
今ある物理科学の法則は経験則であり
繰り返された実験の結果から方程式を導き出すというモノ

つまり今の科学の範疇から外れているモノ
まだ人間が到達できていない場所
例えば宇宙の先や地球の中心部だって
これらの方程式が当てはまるかはわからないのだ
事実が先に起こってその結果をまた当てはめる事しか出来ない
予想は出来るけれどもこの物理世界が何処まで通用するかはわからないのだ




僕は積極的不可知論者だったのか
宗教的にも政治的にもリベラルではあると思うが
それでも人間的に何かを求めるという方法として







この本の中で紹介されている宇宙飛行士は
それぞれ様々な背景を持って宇宙へと行っている

それぞれが別の考え方を持っていて
それぞれが別の時期に年齢に宇宙へ行っているのだが
立花隆氏が指摘しているように殆どの人があるいくつかの同じ想いを共有している


皆が宇宙から地球を眺めた時に

地球はとてつもなく美しい存在であり
宇宙から眺めるとそこには国境や宗教の違い
そんな物は何も見当たらないし
ローカルな概念は一切飛んでしまう

と感じるという



本の中にあるアポロ7号の乗組員ドン・アイズリの言葉で

『相違は現象で、本質は同一性である。
地表で違う所を見れば、なるほど違う所は違うと思うのに対して、
宇宙から違う所を見ると、なるほど違う所も同じだと思う』

と言っている

そんな彼は帰還後にNASAを退職し
平和部隊に入ってタイのバンコクに行った事があるという

『本質的にはみな同じ、という認識の上に、それにも関わらず、
みんな違う所で違う生活をしているという現状の認識もある。
地球はこんなに広いのかと思った。(中略)宇宙から見た自分の知らなかった世界を
今度はクローズアップで見てみたいと思った』

違いを経験した後の結果はやはり本質的に人間は同じという認識だった
そして宇宙飛行経験以来
他国人他民族の人に対する感じ方が全く変わったという





幸か不幸か僕は台湾と日本の文化的境目に生まれた
しかも日本という国は表面的には単一民族国家であり
文化的にすごく閉鎖的で宗教的にすごくリベラルであるから
僕の内的思考は何度もここに帰着してきた

親戚との間に上手くコミュニケーションが取れない事は言葉が通じないから
上手く日本語が組み立てられないのは幼少期に先に中国語を取得したから
海外に興味を持ったのは台湾と日本の二国が常に身近にあったから

今までのブログ、特に台湾でのブログでもそうなように
台湾と日本を比較する事によって簡単にもっともらしい解答が得られ
納得と共にそれなりの感情を伴った経験が蓄積された


だから僕の中ではこの事実は少し便利すぎるし安易すぎるし
究極的真理の前には物足りないものだった


ただ根幹としてはそこからスタートしてるから
土台として否定できるものではない
ここから僕の真理の探究は始まらざるを得ない

そこからの膨らみが台湾と日本という二国から
大きくまだ見ぬ世界へと視線を移させたのではないだろうか

台湾と日本という二つの世界を見て
そのそれぞれに活動している人達を見て
それぞれが社会を形成している
片方を否定すれば僕は不成立になってしまう
両方を肯定しなければ僕という個性は成立しない

それは極端に言えば人間は本質的には同質でなくてはならないという事で
この点でアイズリの言葉にすごく共感した

そして今まさに僕は世界を見ようと廻っている最中なのだ







共感


宇宙飛行士の話に何度も唸り
なるほどとなったのは何も宇宙飛行士達の話が巧みであっただけではない
強く感動したのは共感という感情を伴ったから
いくつもの思考の共通項を見出せたから



例えばアポロ14号のエド・ミッチェル
彼は月と地球の間で超能力実験をした人物で
実はその実験はそれなりの成果を挙げている
人間の頭脳や精神の能力可能性をテクニカルな視点から追求している

彼曰く

『いわゆる超能力というのは、結局、人間がその環境とコミュニケイトするときに、
物質的コミュニケイトだけではなく、精神的コミュニケイションもするということ、
環境に働きかけるときに、物質的に働きかけるだけでなく、
精神的に働きかけることもできることを意味している』

と言っている


ちょうど僕は先月のブログにこう書いた
2月22日付けの「世界で二つだけの花」の中で

『「その場所」が強烈な力を持っているような
壮大な自然だったり、歴史的に大きな力を持った遺跡だったりすると
そこにある場所が大きすぎて
日頃感じている、場所に参加している筈なのに
場所と精神的なコミュニケーションが取れない錯覚が
僕が場所から置いてかれている孤独感を感じる事になって

そんな「場所」への固執からくる物理的なメッセージが
旗を立てたりそこにある石に名前を彫ったりする事に繋がるのか』



僕はこの時「場所」について書いていて
ミッチェルの言う「人間」という所とは落とし所が違うのだが
この言葉の奇妙な一致がさらに僕の心を振るわせた




別にここで地球上のエリート中のエリートの言葉と
僕の言葉が一致した事を自慢したい訳ではなく

むしろ逆で

今まで人類の歴史上ごく限られた数しか経験していない宇宙を体験した人の言葉と
ただの一人の地球を這いずり回っているどうしようもない男の言葉が
ここでたまたま一致したという事が
僕にはやはりすべての人間は本質的に同質だという事への
また一つの証明に繋がっていると思えてしょうがなかった






ただ共感といっても限度がある
何よりも宇宙を経験して得た特に神秘体験は
やはり経験した者にしかわからない
それは不可知という観点からもそうだ

本の中で紹介されている神秘主義の古典的分析として有名なウィリアム・ジェームズ

『神秘体験には共通の特徴があるとして、まずその表現不可能性、
伝達不可能性をあげている。そして、それはちょうど恋愛経験がない人に
恋愛真理を千万言を費やしても説明できないのと同じこと』

さらにもう一つ

『日常的な知性、理性をもってしてはとうてい得ることができない
真理の深みを洞察した状態だ』

と書かれている



いくら説明しようとしても
宇宙飛行士達が受けた精神的インパクトは
なかなか全てを汲み取る事が出来ない

彼等がいかに使命感に燃えても
地球の素晴らしさを表現しようとしても

それが神秘体験であればあるほど
感銘が大きければ大きいほど困難を要する
そして同じだけ受け取る側も困難だ



彼等の言葉がこれほどまでに自分勝手で
それでいてなんとなくの説得力があるように感じるのは
彼等は自分達が数少ない宇宙を体験した人類であるという自覚があるからだろう

何を想っても何を言っても
結局の所は宇宙という所にしかその答えは無い
という少し突き放した感じ

それが出来るのは繰り出される考え方や言い分の元になっている体験を
ほぼ全ての人がしていないという事実
嘲笑の対象にはならないし批判の対象にもなりにくい
さらには賛辞されるべきものであって存在するだけで興味の対象だ
悩むべき意見の対立は殆ど無い



彼等が受けた感銘は非常に大きなモノで
きっと誰もが大小あるかもしれないが
心の奥底で動かされる筈だけれども

結局日常的な知性や理性ではなかなか到達できない



だから人間はそういう想像以上に大きなモノから離れて
身近な所で一番の感動と幸せを感じるのだろうか

仕事から帰って暖かい食事が待っていて
愛する人と会話を楽しみながら時間を過ごしたり
酒を飲みながら過去を友達と語って最高だと言ったり

いやその幸せを決して否定している訳ではない
実際僕はそこに幸せを感じる

つまりは至上の真理といったモノの中に
幸せとは無いんじゃないだろうか
ただ諸行は無常であって
その境地は僕達にせめて精神的な安らぎを与えるだけなんじゃないか



真理には幸せの答えは無いのかもしれない



だから真理を求めるこの旅には
単純な幸せなどある筈がなくなってしまうし
これからもその答えらしきは旅からは手に入らないのかもしれない




ただ僕にはこの真理の探究の他に事実として日常を過ごしている
街を歩き食事をし人と話し

僕は節々で幸せを感じている
それはこの旅の最中も

宿の管理人の恋の相手がもうすぐ遠くから訪ねてくる話を酒を飲みながら聞いたり
道を通る度に声を掛けてくれて自家製ビール片手に笑い合うだとか
たまたま家に招待されてその家の親戚一同の豪華食卓に呼ばれるだとか

それらの場所が
マレーシアであったり
カンボジアであったり
ベトナムであったりは
殆ど関係無い

目の前にいる宿の管理人にビール売りに声を掛けてくれた人がいるから
その現象が起きていてそして僕は幸せを感じている

つまりは人がいる時
僕は心の中に幸せを感じる事が出来る
誰か人がいる事によって初めて僕は幸せを感じる事が出来る





真理の探究は自分しかいない
それは僕の場合
自分自身の内的世界を前提としているから
だから自分勝手になりがちになってしまう

きっとそれがこの僕のブログを読み難くしているしている遠因だろう

この旅の本質はそこにあるような気がしているから
つまりは幸せとか生活とかとは別の
脈々と昔から流れてきた僕の思考が大きくなって
きっと今の世界一周に辿り着いてそしてなお流れている





これはきっと僕だけの話ではないと思う
自分の内的世界には自分しかいない
けれども幸せは誰かがいなくてはいけない


今その両方を同時にブログに吐き出しているのだと思う








ただ旅として真理を本当に追究するのであれば
世界は基本的に同質であると考えているのであれば

世界の何処へ行っても
世界の何を見ても
きっと劇的な変化は訪れないのかも

徐々に大きくなっていくだけで



その理由はきっとこの本の中にあって



きっと僕はだからこの本に夢中になったんだ










僕は宇宙に行きたい










何処に一番行きたいですか?と聞かれれば何とでも答えられる

ピラミッドでもマチュピチュでもモアイ像でも
でもどれもそれぞれの意味があってそしてどれもそれぞれの意味でしかない
独立していて根本は地球に帰属している
だから全部を見に行かなきゃいけないなんて無い
見に行けないならしょうがない
見れたらラッキー
それくらい

どれが一番など無い
モアイ像が見れたからってピラミッドを知れる訳ではない
マチュピチュに行ったからってモアイ像を想像できる訳ではない
極端に言えば同質の一つの方程式を手に入れたというだけ


でもあえて一番を問われれば
一番というのが他と比較して格段に大きな刺激を与えるモノだと考えるならば
今なら僕は迷わず


宇宙!!!


と答える





その全く違う世界
地球上の世界は結局何処にいっても同じだと

それを本質的にもっと感じたい


きっと
エジプトに行ってピラミッドを見ても
ペルーに行ってマチュピチュを見ても
チリから飛行機でイースター島に行っても
結局は同じ世界で同質なモノだという証明の繰り返しなのだったら

幸せは何処にいても無いようでそして有る
すぐ身近にある人々との共有なのだったら
何処にいても変わらないのだったら


もう一気に宇宙に飛び出したい






世界は昔に言われていたよりもとても狭いだろう
誰でも飛行機に乗れてしまうし
誰でも簡単に違う文化に触れる事が出来る
世界一周をしている人なんて沢山いる

もう世界を貫く方程式は沢山出来上がっている

だから大きなもっと沢山のモノを内包した方程式が欲しい


スーパーファミコンが任天堂64になるような
プレイステーションがプレイステーション2になるような
32ビットが64ビットになって世界の広がりを内包し
映し出す景色がより真理に近づくようになりたい

64ビットになったって32ビットの世界が出せなくなる訳じゃない
すべての世界を内包して出来上がった新しい方程式なのだから
だからそれは全く新しい世界ではなくて
過程の先の世界なんだ


より一歩広がった真理の世界









この本を持っている僕は今世界で一番宇宙に近いと思った
というよりこの本が宇宙への窓になっていてそこから覗いているような

さらにこの窓は万華鏡のように様々な色に彩られている
でも見ている対象は同じモノなのだ



だから読みふけった



20100308-4.jpg






事実僕は今日寝れなかった


布団を敷いて横になって本を読み
結局読み終わってからも天井に光るライトを見続け
興奮というよりは心臓がただ早く打つ身体と共にただ呆然と時間を過ごし
突然我慢できなくなって起き上がり
パソコンの電源を入れ
そのままこれを書いている

朝だったのがもう夜になっている
それでも心臓はまだ早く打ち続けている






宇宙へ行きたいだなんて突拍子も無くアホみたいな話だが
それでも気持ちとしては一気に飛び上がってしまった


今の僕にはとりあえず世界に散らばる色々な方程式を
掻き集めていくしかない

事実それすらも劇的ではないと言ってはおきながら
結局僕の感覚的経験として知らない事なのだから







小学校から大学まで一緒だった友人は
小さい時によく俺は宇宙飛行士になると豪語していた

小学生によくある夢の選択肢の中の一つ
としてではなく彼は随分大きくなるまでその夢を語っていた
結局その夢はいつの間にかジャニーズ事務所に変わり
それから社会の先生を経て今は造船所だかにいる

何処まで彼は本気だったのだろう
何処まで彼は考えて言っていたのだろう

その当時はみんなで
本気で言ってるのかよみたいに笑ったりしていた
でもどの宇宙飛行士も子供の時からしたら突拍子も無い夢だった筈だ


別に僕の夢が宇宙飛行士になるというモノになった訳ではなくて
今この世の中において宇宙は段々と近づいてきている
お客として宇宙へ行った実業家も何人もいる


友人がどう考えていたかは知らないが
その彼に今言いたい

今僕はすごく宇宙に行きたいのだ
お前は凄いなあれだけ早くにこの魅力を惜しげもなく言葉にしていたなんて





著者は最後のむすびでこう書いている

『私が宇宙体験をすれば、自分のパーソナリティからして、
とりわけ大きな精神的インパクトを受けるにちがいないだろうと思う。
そのとき自分に何が起きるだろうか。私はそれを知りたくてたまらない』



まさしく僕もそう思う
僕は行きたくてたまらない

そしてその時どうなるかを


僕もとてつもなく知りたい









やっぱり長くなってしまった
でもどれも今の僕には外す事の出来ないモノだった

僕の内的環境について
別に誰にインタビューされている訳でもないのだが
それでも僕は自分自身での整理の為と
きっとこれから訪れるだろう色々な場所に対する感想
その思考経路としてこのブログに書き記さないといけないと思った


一言一句すべて読んでくれた人はいないだろうけれども
飛ばし飛ばしでもざーっと目を通してくれただけでも
有難うございます


この間1月のブログで懺悔したばかりなのに
もう長くしないって決めていたのに
どうやら僕にはあんまり向いていないのかもれない




何よりもこの立花隆著の『宇宙からの帰還』を読んで欲しい

先述通り幸せについて書かれたモノでもないし実用書でもない
実に内面的で自己中心的な話で溢れているのだが
感動という所からは少し外れていると思うし
だから感情的に興奮するというのも少しピンとこないけれども
でもきっと寝れなくなると思う

そして誰か僕と


一緒に一晩飲んで語ろう
僕はこれだけで一晩中話せる気がする





いやそんな物好きはいないか









外に出てみたけど雨が降っていて
空はすごくぶ厚い雲に覆われている

勿論宇宙なんて見えない
せめて太陽か月でも見れたら
少しでも余韻に浸れたのだろうけれども、、




とりあえず書き終わったので
僕はこれから寝る努力をしてみよう



20100308-2.jpg





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No title

はい、物好きですが、なにか?

昔「どんな本読んでるの?小説?」と聞かれたことがあったけど、そんな本がけっこう多いので、口ごもりました。

ってか、見せた時、寝ぼけ眼だったのか、おのれ。くー。一生懸命説明したのに。もう一冊立花隆の本があったと思うから、続けて読むと良いよ。

「宇宙からの帰還」、ぐっときてくれてよかった。
私も宇宙行きたい。大気を抜けて、地球を眺めたい。
(いつか、大金持ちになるしかないか、技術の進歩を願って長生きするか。くー。)

立花隆は、30代でロッキード事件を暴いてるし、知の巨人と呼ばれているし、衰えを指摘されつつも、私は未だに尊敬している方の一人です。
圧倒的な資料で、理系文系医系問わず専門家顔負けの知識を入れて取材するから、取材されている側は、本来なら話さないことまで話したくなって、立花隆に打ち明けてしまうようです。

本の講演に行ったこともあったけど、話していくうちに、脳が活発に活動しているのか、どんどん顔が赤くなって、話が止まらないのね。大量の資料片手に、(それを全然ひらかないんだけど、)延々話して盛り上がっていく。すごくエキサイティングだったよ。

彼は本当に宇宙に行きたくて、特番で宇宙服まで着ていた。w
「もっと若ければ、なれたかも」
と老いを嘆いていました。
現在は、癌になってしまったので、癌のことについて色々と書いています。
読んでいる父から聞いた話では「抗うことができないものが、癌。抵抗するだけムダ。」という見解にたどりついたとか。私は、まだ読んでないので、これから。

何にしても、これだけの人でも必ずや死に向かっているので、時間は無情だな、と思います。
ついつい日常の忙しさに追われ、忘れがちになるけれど、時折意識して、時間を濃くしないとね。

長くなってしまいました。
また。話しましょう。

Re: No title

> masami

本当に物好きだね

勿論もう一冊の立花隆氏の本を手に取ろうとしたけれども
ページを開く直前で思いなおしてやめました
こんなに早く読んでしまっては勿体無いからね
それにそんな事したら他のが読めなくなっちゃう

ちょっと小休止のつもりでふわふわ感出てたミナの本を読みました
お陰さまでちょっとリラックス出来たかな
ちょっと皆川氏には失礼な発言になっているかもしれない、、


旅に出ながら本を読むと沢山の事を考えられていいよ
本の中でも多くの宇宙飛行士が言ってたけど
基本的には忙しくて地球を見て感動するとか何かを考える、思うなんて
そんな暇は全く無かったねって

当たり前だよね、沢山の期待を背負って行ったんだから
当然秒単位のスケジュールな訳で
帰りの軌道に乗って一息つく時とかにやっと地球を見て
そのちょっとした自分の時間にやはり色々考えたみたい

他の時間は本当に何も考えてなかったし考えられなかったって
スケジュールに追われてね

目の前にまん丸の地球が見えるのに!だよ


日常過ごしてる時間も
こういう事なのかもね
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    ふらふら何処かへ酒飲んで本読んで人と話してぼーっとして海に入って空飛んでバスに乗ってまたふらふら何処かへ、、何処へ?うーん。。とりあえずの試行錯誤継続鍛錬。

    2009年5月、日本を後にし、ゆっくりだけどそのうち加速予定。

    未熟ながらもなんとか自分の言葉で世界を書き起こしたい。ただいまその道中。


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