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象の肌は硬かった

珍しくアユタヤを観光する事になった

しかも遺跡の周辺を囲むお堀をボートで廻り象達が水浴びをしている所を見に行く
何ていう日頃の僕達の旅には似つかわしくないすごく観光らしい観光

それもその筈
これもすべてマスターが居るから出来る事








前日カフェで再会すると
マスターがある冊子を持ってきた

そこには新しく始めた自転車レンタルや
お堀を廻るボートトリップ
そしてカヤックの貸し出し等

前回僕達が居た時にはまだ出来たてほやほやだったのが
いつの間にか沢山の観光事業を展開し始めているみたいで
その紹介が丁寧に英語でなされていた

そこには勿論値段も書いてある



程無くしてマスターが再びやってきて
ボートトリップの写真を見せて
これはイインダヨ!みたいに身振りで伝えてくる

アユタヤの遺跡群は川やお堀に囲まれていて
ボートでその周りを一周できる


ここのカフェにゲストハウスがどんどんと大きくなって
色んな人に来てもらってみんなが沢山の良い思いをする
そんなチャンスが広がってきたのは嬉しかったのだが
同時にマスター、まさか僕達にも営業をするようになってしまったのか、、
という少し残念な気持ちにもなってちょっと複雑になった


本来の営業のプロなら
こんな微妙な心も上手く解きほぐす術を持っているのでしょうが
何分マスターは笑顔と人の良さで売っているようなものなので
さらには英語が出来ない中で営業をするものだから
少し胡散臭くなってしまう

「Good!」、「300バーツ!」、
っていうストレートな単語を並べて
最高の笑顔を見せられると何とも遣り切れなくなってしまう



愛二も同じ気持ちだったのか
その時は少し寂しそうに笑顔を返していた







だが、





マスターには他にも知っている英単語がある事を僕達は忘れていた
前回にも何度も聞いた言葉
それを久し振りにマスターの口から聞いた



さんざんボートトリップを持ち上げ
そして次に

「Free!」

って言った


少し間をおいて「えっ!?」って愛二と顔を見合わせた



バンコクから電車に乗ってアユタヤに向かう途中に
「またお茶のサービス出るかな?」
「いやあ、つまみだって出てきちゃうかもよ!?」
何て生意気な事を言っていたのだが

まさかボートトリップが出てきてしまうとは、、

毎度の事だが勝手な僕達の妄想を軽く越えてくる









そんな訳でまさかのアユタヤ観光をする事になった

実は三度もアユタヤに来ていながら
一度もしっかりと観光していないからすごく楽しみだった


待ち合わせの時間にゲストハウスの裏に行くと
そこは川沿いになっていて一つの木張りの綺麗な船が横付けされていた


20100410-1.jpg


マスターがいつもの笑顔で居る
そして今日ボートを運転してくれるお姉さんを紹介してくれた

出発の準備は既に整っていて
さあ乗り込んで、と促される



乗り込むと真ん中に氷の中に浸けてある
見るからに美味しそうな水と

そして

何とビールまで入っていた


20100410-2.jpg


びっくりしてマスターを見返すと一言


「Free」


一体誰だ、マスターに「Free」って単語を教えた人は









エンジンが掛かってゆっくりとボートが動き出す
どうやら僕達の貸切のようだ


折角頂いたのでビールを開けて乾杯する
そしてのんびり過ぎていく景色を眺める


20100410-3.jpg


岸には釣り糸を垂らしながらぼーっとしている人がいる
泥色で日本だったら間違いなく汚い!と言われそうな川を
覗き込んでみるとそこには何と沢山の魚が泳いでいる

右岸の方を見てみると子供が飛び込んで川遊びをしている
涼しいのだろう川の中にいる子はすごい笑顔ではしゃいでいる
その後ろにはタイの寺院がせり立っている

ゆっくり視線を移動させると前方から大きな船が左にすれ違おうとしてくる
一つの小さな船の後ろに縄で船の数倍の大きさがあろう浮き船?というのだろうか
そこに黒い土が山盛りにされている
それが何隻も続く

その内のいくつかには小屋が建てられ
中を覗き込むとおばあちゃんだったり子供がいたり犬が居たりしている
洗濯物が干されていたりキッチンで料理を作ったりしている
運転手のお姉さん曰くこうやって船の上で生活しながら
バンコクまで数日掛けて行くのだそうだ


20100410-4.jpg


過ぎ去った後に左岸に現れたのは
タイ寺院のすらっと伸びる尖塔ではなくて
上に丸いドームをのせたモスクだった

と思っていると
今度はあまり見かけない色の建物が見えてくる
角ばった様子でまた違うのだが目立ち方が宗教の匂いを感じさせる
真ん中にキリストの絵が描いてあるのが何となく見える


20100410-5.jpg





川幅の大きな所から
人工的に川の水を入れている堀のような所に入った

ぐっと両岸が近くなる

岸にある建物も寺院のような大きな物から小さな小屋や家が連なり
階段が下まで続いていて簡単に人が降りれるようになっている
沢山の家族連れが川岸で暑さをしのいでいる

そんな中を船はゆっくりと進んで行く

このゆっくりとしたスピードが
いい具合にお互いを見合う時間を与えてくれる

みんな僕達を見て手を振ってくれる
それに笑顔で返す
そしてお互い笑顔になって
また手を振って通り過ぎていく


20100410-6.jpg



気持ちの良い瞬間の繰り返し
何かが麻痺しているのかそれともこれこそが幸せに浸るという事なのか
何かすごくぼーっとしてくる感覚がある

何のストレスも無く
何にも力を込める必要が無く
そして何にも力を込める気が起きてこない、、




運転手のお姉さんが声を出して指を指す
指された方を見ると傾き始めた太陽に照らされて
真っ黒になったいくつかのシルエットの中に
大きな象の影がある


20100410-7.jpg


一頭見つけるとまたもう一頭を近くで見つける
そうやってどんどん大きく沢山の象が視界に入ってくる

もう少し先を見ると象が川で水浴びをしているのを見つける
初めての光景なのでつい声を出す
さっきまでだれていた身体が反射的に反応してしまう

二人でもっと近くで見たいと覗き込もうとすると
船はどんどんとその場所に近づいていって
結局そこに横付けしてしまった

運転手のお姉さんはどうぞ降りて見てください
と言うのでお言葉に甘えて船を降りる

頭を一度下げて船の屋根をくぐってまた顔を上げると
すぐ目の前に大きな象の身体が飛び込んできた


20100410-13.jpg



目の前を躍動する灰色の肌が通り過ぎていく
こんなに近くでみるのは初めてだ


後から後から川に大きな身体をゆっくりと沈めていく
背中にはそれぞれ象使いを乗せている

象使いは象の耳の後ろを蹴って前に歩かせている
手には鎌のような物を持っていて
それで頭を叩きながら何かを指示している



不思議なのだが
象使いの見た目から想像する性格が
象の動きに現れていて面白い
指示を直接出しているのだから当然と言えば当然か


片足を象の耳にかけタバコを吹かしているいかにもやんちゃな性格をしていそうな
常にニヤニヤした顔をしている象使いは
象をしきりに蹴ってコミュニケーションを取り
信頼関係の強さを示そうとしているのかそれとも自分の象使いの能力を誇示する為か
必要以上の急カーブをしたりして
突進でもするように殆ど走って川に飛び込んでいく

そのいかにも重そうな象の身体が上下に揺れる様を見ると
地震が起きてしまうんじゃないかという錯覚に陥る


20100410-8.jpg


唯一見た女性の象使い
男ばかりの中で負けじと強さを押し出しているかと思いきや
そんな事無くて随分とおとなしい
むしろ象使いになりたてでまだ不安が残るといった顔をしていて
象の歩みもすごく遅く
川岸まで行くとおどおどと立ち止まってしまって
みんなとは違って横の方からバランスを崩しながら入っていった

そんな姿を見ていると別に近づいたって簡単に蹴飛ばされてしまうだけなのだが
何か手を差し伸べたくなってしまう




どんどんと象がやってくる
象の行列は止まらない

その先には沢山の人を乗せた観光船が居た
象が鼻で水を掛けたりしている

そうやって芸を見せて
チップを受け取っている
チップを手に入れる為にみんな必死になってるのだ


20100410-9.jpg


観光船は大歓声のうちに去っていった

先の女性象使いは結局船に近づく事が出来ずに
離れた所でぐるぐる廻っていて遂にチップを手に入れる所か
近づく前に終わってしまった




象が陸地の奥へと帰っていく
それについて少し歩いて見る





すると象使いの集落とでも言うのだろうか
沢山の高床式の簡易住宅やツリーハウスが並んだ
住宅部分を通って
その先にオフィスらしき所と
今までやってきた著名な人の写真が飾られ

多分そこがこの集落のメイン交差点なのだろう
赤い象使いの服を着た沢山の人と子供と
そして人の数以上の象が行き来していた


20100410-10.jpg


象使いが象に藁を移動する仕事をさせている
子供が象の背中に乗って遊んでいる
象の骨が無造作に積まれている


象と一緒の生活


20100410-11.jpg



あの巨大な動物
動物園でしか有り得ない存在でありそして常にゆったりとしている筈の象が
こんなに近くにいてしかも活発に社会の一員として活動している

その様は圧巻だ


交差点の真ん中に居て
通り過ぎる象や象使いを見れば
必然的に見上げる事になって

何だか自分が小さくこの世界から置いていかれているような気持ちになる





こんなに大きくてダイナミックな動きをする生き物が
人間とすぐ近くで生活しているという事実





街中でずっと人と無機質とばかり接しているとどうしてもピンとこない
動物園だって結局、生き物と僕達の生活の間に逆に線引きを強化しているように思える

この二つの世界、「人間」と「動物」の世界は相容れない
境界線を設けないと共存できない
共存の可能性は無い
それは遥か向こうの世界の話、、

子供の頃からずっと動物園だけで動物を見る事になるのは危険だ
そんな気がしてならない

だって象がこんなに自由に動き回っているのだけ見ても
象と人が寄ってたかってこんな集落を見ても
なかなか信じられない
どうしても映画や何かのセットのように
実世界としての実感を得るのにとても時間がかかったからだ








それだけ僕の世界観は限定されてしまっていたのだろうか
でもきっとそれは僕だけではないような気がする







昔から知識だけは溜め込んできていて
実際に見ていなくても知っているような事は山ほどある
特に携帯やパソコンに情報発信のシステムが充実してきた昨今はそれが顕著だ
むしろ「実際に見る」という事が何を指すのかさえ危うくなってきているような感じも受ける


そんな中
ある機会に実際の景色を見る事になった
実際に体験する事になった

そんな時に何だか気持ちのコントロールや感情が上手く働かないと思う時は無いだろうか
それはぐちゃぐちゃになるというよりはむしろ真逆の
体験をしていながら思っていた以上に静かである心に戸惑うという事
絶対にこれだけの体験なのだからもっと大きな衝撃があってもいい筈なのに
何でこんなに何も感じないのだろう

心の中が上手く働かないのか
それともこの経験自体が大した事じゃないのだろうか
でもこの経験が大した事ないのであれば
一体僕は何処で大きな感動を得るのだろうか

心配になって感動を作り出そうと必死に動かそうと仕向けるも
やろうと思えば思うほど空虚な感じは度を増すばかり

感情が仮想のホログラフィで
実在しない虚構であるような気がしてくる



でも事実感情は明確な形を伴っていないから
それはそれで納得する事が出来てしまう



感情を思い浮かべる時、喜怒哀楽
それは大抵人の身体の動きだったり
顔の表情であったりで想像される

であるから自分が笑ったり怒ったりする感情を表現する力が虚構であり
その映像がピンとこなくなれば
それは必然的にその人から感情は失われていく

それが長らく引き出される事が無ければ
その記憶に映像はどんどんと失われていくだろう








「実際に見る」とは「感情を伴って体験する」という事な気が今する


体験しないと知識を得られなかった時代
それは感情は当たり前に知識を得たその瞬間に確かに記録された

今現在は部屋の中でパソコンの画面を通して世界中の情報が手に入る
ブロードバンドが整備され沢山の人が参加できるようになった今
地球の裏側の現地ローカルな情報ですら動画で見る事が出来る

どんどんと「体験」の幅は広がっている
でもその体験の瞬間にはもしかしたら部屋の中で独りであったりもする
情報を摂取した瞬間に頭の中に感想は生まれるかもしれない
ただ身体で表現する感情は抑えられる


例えば電車の中で携帯電話に送られてきた友人のメッセージ
ついつい噴出しそうになるくらいの可笑しいメールだが
周りの目を気にして当然大声で笑う事はしない

そしてその発露を返信メッセージの文に載せる
傍から見れば、その人はクールそのもの
ついさっきと何も変わらない
でも書かれているメッセージには「!」やら「(笑)」やら
一見すごく感情的な表現が使われる


部屋の中で独りで大声で笑う事も殆どあるまい
むしろたまに部屋の中から聞こえてくる人もいるかもしれないが
それはきっとこの「感情のガス抜き」が上手く言ってない証拠じゃないだろうか



この仮想世界に対する表現は
言ってみれば身体を使って表現した感情では無い
それは「感想」である

いやもしかしたらこのまま時代が進めば
「仮想世界の中の感情」も現れてくるのかもしれないが
今はそんな事はきっとないと思う

感情的な体験が出来ない代わりに
知識だけは増えていく
その瞬間に感情の変わりに感想が増えていく

感情は直感的なだけにわかり易くストレートな筈なのだが
それを仮想世界で表現するのは難しい
それをいくつもの種類の感想でカバーする


最近随分と利用者を伸ばしているTwitterも
この感情のガス抜きを上手く効率的にしてくれるので
利用のし易さもあってみんなに受け入れられたのではないか

mixiやblogなどでは直感的な感情を表現するには
発信やリアクションが発生するスピードが遅い

その点Twitterはより時間的に体験の瞬間と発信の瞬間が近く
そしてリアクションもスピーディーであり
体験を共有する事によってより感情に近いコミュニケーションを実現したのだろう




ただ

それは結局まだ「感想」でしかない
身体を使って表現する感情とはまた違う

つまり「実際に見る」とは「見る」と書かれているのが煩わしいのだ
視覚情報でも無い、やはりそこに自分自身を浸して感情的になる


身体で感じる


という事に他ならない








そういう事なんだな
きっと






象の村の交差点


薄い膜のようなすぐ目の前の世界との境界線


象に恐る恐る手を伸ばす


硬い象の皮膚に触った


薄い膜は破れた








アユタヤの川


流れる水は泥色をしている


とても入れたものじゃない


太陽がもう沈みかけている


スピードを上げた船に水飛沫が包む


掛かる水滴は透明で冷たい





20100410-12.jpg


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    ふらふら何処かへ酒飲んで本読んで人と話してぼーっとして海に入って空飛んでバスに乗ってまたふらふら何処かへ、、何処へ?うーん。。とりあえずの試行錯誤継続鍛錬。

    2009年5月、日本を後にし、ゆっくりだけどそのうち加速予定。

    未熟ながらもなんとか自分の言葉で世界を書き起こしたい。ただいまその道中。


    name : LAN
    now : Quito ( Ecuador )
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