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僕にとっての『旅』

昨日のブログで旅は欲望の発露と書いたが
これは最近というかこの旅を始めた辺りから漠然と持ち始め
今になってようやく言葉に出来るようになった旅に対する一種の僕の答えである

答えを言うにはまだまだ僕の旅は始まったばかりなので早すぎる感があるが
まぁ、真実の答えなど一生を終える瞬間で無い限り出せるものでは無いし
その瞬間瞬間に小さな答えの積み重ねがあってもいいのではないだろうか

そんな難しく考えないにしても
「『旅』って何だと思う?」
と聞かれたら答える『答え』と言った方がいいかもしれない

という事でここに僕のこの瞬間の答えを少し書いておきたいと思う
長く退屈であるかもしれないがこれは僕自身の日記でもあるので是非書かせて頂きたい







『旅』という言葉はとても便利で
先人の素晴らしき人達の努力の甲斐あって
日本においては『旅』、特に『世界を旅する』なんていうのは
一つのブランドのようになっている

今では沢山の旅指南書なる物が世の中に出回っているし
ここ10年辺りからは世界一周まで一つの選択肢として当然のようにある
世界一周航空券なんて便利な物が出来、浸透し始めてから
1億人総中流家庭を一度達成した日本で生活する、趣味にお金をかけられる人達
さらには世界に誇る日本パスポートを所持した者にとっては
随分と身近になった

そしてここに至ってネット社会であるから
本の出版に始まった旅ビジネスはブログからホームページにツイッターまで
簡単に情報を発信出来るし受信できるようになり
広告がそこに入り色んな旅に関する『祭』も行われるようになった

本来なら『旅』とは『孤独』がほぼ必ずついて廻るものだが
そんなネット社会の双方向メディアというヤツで
タイムリーに沢山の人と情報を共有できる

お陰で前なら一体何人の人が世界を旅しているのか
日本から把握する事は難しかったし日の目を見る旅人は
本を出版できる著名な作家やジャーナリストばかりでほんの一握りであったのが
誰でも気軽(と書くと失礼か)に本を出せるし
今では本屋に行けばコーナーがあるくらいである


殆ど情報過多気味なそれらはこれから行く人達にとって
とても有益であると同時に縛りでもある

いくら旅に出るハードルが下がったとしても
どうしてもそこには「折角行くならこんな事してやろう」
なんていう冒険心やら対抗心やら何やら心の隅の方に必ずあるもので
人がまだ行っていない所や人がまだやっていない事を遣りたがろうとする

結局旅に出る人は僕の印象だと天邪鬼な人が多いので
旅の中でも多くの人が同じ事を遣り出すと
それを避けようとしたり遣らなかったりする


バスのチケットを取りにネパールはカトマンズの旅行代理店に行った時
そこにはインドのパトナ経由でバナラシへ向かうバスチケットを
購入しようとしている日本人女性とそれとは別に白髪の日本人旅人が居た
日本人女性が代理店を出た後にカトマンズに長期滞在していると思われる白髪の彼は
「何でみんなそんなにインドに行きたがるかねぇ」
ぼそっと言い、それからぶつぶつと愚痴とも説教とも付かぬ事を喋りだした
何度もその相手をしていると思われる代理店のオーナーは
もう慣れっこなのか特に相手にしていなかったが


そんな感じで「俺は」、「私は」な天邪鬼達の
試行錯誤の上に編み出された沢山の自分流『旅』がそこらじゅうに出回っているものだから
新しく出発しようとしている天邪鬼達はさらに苦心するというモノである

他人事のように書いているが勿論僕もその天邪鬼のカテゴリーに入っているのであって
当初はそこにいやに苦心したのは言うまでも無い
のだが、まだ僕の中には純粋に世界を見てやりたいと思う心が居てくれたお陰で
いつの間にかそんな気は失せてしまった

というか何より『お金』という超現実的問題が
そんなあやふやな悩みをあっけなく消し去ったというのが本当の所だろう


それにしてもそんなんだから日本を出発する前に
「俺は世界を見てくる!旅をしてくるよ!」
何て豪語すればみんなが聞いてくる
「何で?」
「お前にとって社会を捨てて行く『旅』って何?」
こんな質問をされると旅を選択した僕のアイデンティティに深く関わってくると身構え
さてこの質問にどう答えるべきか、下手に答えられないとなる

この時には旅にまだ出ていない訳だから当然答えなんて自分の中には無い
そんな時は無邪気に「行きたいから行く」何て言っておけばよかったものを
天邪鬼な精神がムクムクと起き上がってきてあーでもないこーでもないと喋りだし
結局総じて言い訳じみてくるのだ

特に興味の無い友人などは冷静だからそんなのすぐに見透かしてしまうモノで
どんなにこっちが喋った所で「ふーん」で終わりである
それを見て「コンチキ、、!!」なんて一人で憤慨し
さらにお喋りに熱が入ってしまって自分でこんがらがってくる






『旅』と言ったってそれは別に特別な事ではなくて
随分と昔から当たり前のようになされている

アフリカで二足歩行を始めた人類はまだ陸続きだった時に世界の方々の大陸へ歩き出した
ゲルマン民族だって肥沃な土地を求めて大陸を放浪したし
そんな大人数でなくても我らが日本列島を測量すると言って
かなり正確な地図を実際に歩いて書き上げた伊能忠敬という偉人もいらっしゃいますし
今だってスカンジナビアのジプシーやらゴビ砂漠のモンゴリアンにはまだ流浪の民もいる

その例は枚挙に暇が無い


『旅』にはここで『移動』というキーワードがあるのがわかる


実際台湾を出る辺りでブログにそれを書いた気がするのだが僕はその言葉に行き着いた
オーストラリアと台湾に長く『定住』して居た末ににそれを感じたのだから
多分間違っていないだろう


『旅』とは『定住』の反対語である


『定住』は昔人類が農作を『発明』してからのモノで
言ってみれば元来人類は『旅』が根本の生活スタイルであった訳だ


という流れでくると旅がブランド化するというのは
本来の意味合いからするとオカシナ事である訳で
今単純に選択肢の一つとして落ち着いたのはとてもいい事だろう

大学生なら一度は長期休みでも利用して東南アジアでも行っとこうか
そんなのは何も特別な事では無くてほぼ誰しもがやっているではないか


だから今『旅』だなんて改まって聞くと
ちょっと昔に流行した服のトレンドのような感じがある

前に現れた新しい服のスタイル
それが今は定着して一つのレパートリーに静かに収まった感じ
それをしているだけで「オオ!」となる所はもう抜けた訳で
一つの選択肢として存在している

やっと本来の場所に収まったという所だろうか

ただ旅と言う中での『世界一周』などの言葉は大衆に浸透してまだ歴史が浅いので
そのブランド力は色褪せたと言ってもまだまだ力がある



そんな理由とさっきの情報社会における『旅』文化の興隆が
僕の中での『旅』という姿を見えにくくしていた










そうやって途中途中『定住』、旅人的に言えば『沈没』という事をしながらも
日本を出て一年程フラフラしていて辿り着いたのが『欲』という言葉である









タイのパーイで泊まっていたバンガローのテラスのような場所で
夜に愛二とポツポツと話していた時だった

その時僕達の旅は一つの節目を迎える所に居た



台湾から愛二はモンゴルに行き、尚吾はフィリピンに行き
愛二とバンコクで再会しパーイまで来た
その後アユタヤで尚吾とも再会し久し振りに三人になる
ただ、果たしてそれから三人再び一緒に行動するだろうか

僕達は既にタイからネパールに飛ぶチケットを取っていた
それはそれで遂に南アジアへ行くという節目を持っていた訳だが
その他に愛二とはインドの後に別れる事も決まっていた
果たして尚吾はどうするのだろう
メールを貰った感じだとどうやら前に言っていたのとは違う新しい何かを見つけたようだ


一緒に計画した僕達三人の旅がそれぞれの想いをしっかりと持ち出して
それがルートにも直接現れるようになってきた

もともと日本を出る前からフレキシブルに行こうと言い合っていたし
むしろそれが理想であるべきだ、とみんなで結論していた
だからこれは然るべき結果ではあるのだが
それにしても無計画にバラバラになるのは本末転倒である
僕達は三人で一緒に計画して一緒にみんなにバイバイをしたのだから



そんな状況だったからバンガローでの愛二との話も旅のルートの話であった
それをしているうちに『旅』とはどういうモノか、
そんな話をし合っている事に気が付いた

旅とは移動が重要な要素であるのだから
ルートの話をしていてその話に行き着くのは必然だろう


そこで僕は話しながら頭の中で突然リンクした所があった
話しながらある事に気が付くのは誰しも経験があるだろう

僕はベトナムのサパで迎えた大晦日の時と
その時に書いた自分のブログを思い出していた



僕達は今年の新年をベトナムのひっそりとした山間の町サパで過ごした訳だが
折角の節目なのでひっそりと宴会でもしようとなり僕がウノに負けて幹事を仰せつかった
街を歩き回ってある小ぢんまりとしたお店を見つけ貸切の年越しパーティーをした

そこで僕達は一年を振り返って漢字一字ずつをそれぞれに送る事にしたのだが
それは何も相手二人だけではなくて自分自身に対してもである

そんな時に僕は『欲』という言葉を自分にあてた

新年のブログにも書いた事だが
この言葉は何も去年一年だけでは無く今年一年に対しての想いでもあった
「『欲』に正直であれ」
人間はこれにまみれている
行動の理由を辿れば何処にだってその根っこはある

友愛だって平和だってビジネスだって

色んなこんがらがった理由を並べ立てたりするけれども
そこにはシンプルに欲が存在している筈
社会を離れているとそのシンプルな経路が暴かれる
なかなか誤魔化しが効かない



それを旅の話をしていて突然思い出した
サパの時は確かにこれからの一年の旅を想って『欲』と書いたのだが
それはどちらかと言えば自分自身の生き方に対してであって
特に『旅』という所に重きを置いていなかった

今回突然それが結びついた


「旅の道は欲の道だ」


と言った気がするがその時僕の頭の中にはホームページの映像があった

自画自賛のつもりは無いが(というかあれは友人ナミヘイ氏の力による)
僕はあのトップの薄い世界地図にしっかりと色の付いたラインが
縦横無尽に描かれていっているのを見るのが好きだ

あれを見ていると単純にも
「いやあ随分と来ましたねぇ!」
「西の方にも早く延ばしたいですねぇ!」
とか言ったりして自己満足に浸ったりするのだが

「旅の道は欲の道」と言いながら
あのラインこそ今の僕達の欲の形なんだとスゴク納得した





旅をしていると社会のしがらみから一旦解放される

すごく大雑把に言ったが色々な関係性から
抽象的にも物理的にも離れるのは間違い無い

そこで起きる事はさっきにも少し触れたけれども
見えにくかった欲が姿を現してくる事である


社会の中にいれば自分の遣りたくない事だって遣らなくてはいけない
仕事なら例は簡単だが小さな所なら電車を待つ所にだってそれはある

社会は何かと問われれば、いつか前にブログにも書いたがそれは『ルール』であると思う
そこには必ず幾ばくかの我慢がつき物である
社会に『定住』する限りその我慢は付きまとう訳で
そこに生活している以上何か理由をつけて自分の行動を正当化し
我慢を緩和させなくてはいけない

まあ、昨今の社会構造は少しずつ変化していて
フレックスタイムやら個人主義やら自己啓発セミナーやらが流行り
21世紀に入ってから余計に日本現代社会は流動的な感があるけれども
それでも社会はルールである事に変わりは無いだろう

それが言ってみれば欲を見えにくくしている


旅に出るとどうか


世界の何処へ行ったってそこには社会が存在するのだが
『easy come, easy go』という旅人を表す言葉があるように
根本的にはそこそこの社会に属する訳では無い
『定住』では無いからだ

そんな旅人に常に付きまとうのが『選択』である

「さて今日はどうしようか」
「街をぶらつくか、それともまた別の街へ行くか」

そこに居るも居ないも完全な自由
場所によってはその日の思い付きで国を越える事が出来る
それがキリスト教国からイスラム教国へであってもだ

行き先は特に決まっていない
ある場所である人に出会った
その人にまた再会したいからじゃあルートを変更しようか
ルートなんてあって無いようなものだ
ある人にどこどこを紹介されたからじゃあ行ってみよう
そんなのが常である

そこにはもう自分の純粋な欲望しか無い
むしろ欲が無くては旅は前に進まない


旅が前に進まなかったらどうなるか


それは『沈没』であり『定住』である
既に旅では無い

『沈没』するのも『定住』するのも悪では無い
旅の対義語としてあるだけである
旅の途中に立ち止まったとしたらそれは『欲』の充電のようなモノ

社会に生まれて社会に育てばそうやって純粋に自分の欲という所に
なかなか目がいかないのでどうしていいかわからなくなる時がある
自信が無くなる時がある(少なくとも自分はそんな時がたまにある)

よく昔から『自分探し』の『旅』と言うが
それはつまり自分の欲を確かめに行く事を言っているのだろう


別に僕は自分探しをしているとは毛頭思っていないが
というか単純に世界を見てみたいという欲に動かされているのだが

さっきのホームページのライン
あれは言ってみれば僕の欲の発露であって
等身大の僕を表している訳だ

人を判断する時、その人が何をしてきたかが大きな情報源になる訳だが
言ってみれば僕の辿ってきた旅路は
最も純粋にそして強烈に僕を表現しているモノという事になる






ホームページに描かれているラインが今の僕である







長々書いてしまったけれども
これが今の僕の答えであってそれはつまり今の僕であるという事です





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    ふらふら何処かへ酒飲んで本読んで人と話してぼーっとして海に入って空飛んでバスに乗ってまたふらふら何処かへ、、何処へ?うーん。。とりあえずの試行錯誤継続鍛錬。

    2009年5月、日本を後にし、ゆっくりだけどそのうち加速予定。

    未熟ながらもなんとか自分の言葉で世界を書き起こしたい。ただいまその道中。


    name : LAN
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