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386日経ちました


さて、長々と昨日書いてしまったが
とりあえず無事に一つの言葉に辿り着いた訳である

ただそこに至るまでいつの間にか時間は過ぎていってしまっていて
気が付いたら日本を出てそれなりに経った
正確に言えば386日経った(2010年6月8日現在)

386と数字で書くとそうでもないような感じがしてしまうが
1年と21日間と書けば何となくまとまった時間がそこにはあるような気がする



一年が経てばどんな組織に居たって
学校でも会社でもいつの間にか後輩が出来ているものだ
その差は大きい

あたふたあたふた色んな新しい事に追われているうちに
気が付いたら何かを聞かれる立場になる

先輩からいつも新しい事を叩き込まれそれを覚えてもまた現れてくる新しい事
一体どれ程あるのか自分にとっての『新しい事』は
それは途方も無く続いていくような気がしてしまう

そんな感じであっという間に時間は経ってしまうのだから
自分はまだまだ知らなきゃいけない事が山ほど残っているし
それを確かめる機会もなかなか現れない訳で
毎日を必死にこなしていく

そのうち一年の節目はやってくるのだが必死な毎日をずっと繰り返してきた訳で
それを止める事はなかなか出来ないし実際先輩との位置関係は変わらない
そんな訳でそのまま新年度に突入するのだがそこには新しい存在が居る訳だ

最初はそんなに気に留めないかもしれないが
その彼等がなんと自分に色々と聞いてくる
そしてなんと自分はその質問が理解できて答える

そうすると後輩は「ありがとうございます!」だなんて言って
メモまで取り出す

また聞かれる
また答えられる

それを繰り返しているといつの間にか一年前の自分を
その後輩に重ねて見たりしてその時初めて

「あぁ、一年経ったんだな」

と感慨深い気持ちになったり
人によっては少し大きな気持ちになるかもしれない



そうだからまあ一年は大きい
特に最初に経つ一年というのはまた振り返るにはちょうどいい
比較する時にそこにある変化が明確で大きいだろうから



フラフラしている僕に後輩などいる訳も無いから
重ねて見る対象は一年前の自分しかいない

一年前の僕と言えば昨日書いたようにこれから旅に出るという事で興奮し
そしてどのようにしていくべきかをアタフタ試行錯誤をしていた日々であって
それから考えたら随分と落ち着いてフラフラ出来ているような気はする

振り返れば途中途中『定住』をしながらも
それでもそれなりに色んな事をして色んな場所へ行き色んな事を感じたモノである

昨日のホームページの話だが
ちゃんとトップページには僕が辿ってきたラインが描かれていて
幸せな事に目に見える記録として残っている

このブログだって三日坊主の僕が
まあよく続けているなと自分自身で感心するほど記事数は溜まってきて
いや読み返すとなるとウンザリするくらいになった

それらは自分自身の記録であるから
日記を紙媒体に書いていない僕には貴重な自分の資料である


何処の場所も色濃く僕の記憶の中には残っているけれども
それでもどうしても人間は忘れていく生き物で
細かい事は旅の事であっても既に思い出せなかったりする


僕達は小遣い帳をつけている
いちいちそれを持ち歩く訳では無いので一日が終わる時に書くのが基本だが
それでも面倒くさくなったりして次の日に回したりしてしまう時がある
一日にお金を払う時なんてそんなに回数無いのだから覚えていてもいい筈である

それでもある街に留まっていると行くお店も場所も大体決まってきて
一日のリズムが殆ど一緒の時もあるのだが
人間とはちょこっとした所で変化を求めてしまうようでいつも行くお店で

「いつもあんかけヤキソバだから今日はあんかけ炒飯にしよう」

とすると途端に次の日に会計が思い出せなかったりする

「昨日の昼食ってどうしたっけ?いつも通りだった?」
「うーむ、、、」

となって愛二と二人して必死に思い出そうとするのだが
ほぼ常に一緒に行動をしている大の大人二人が
同じ時間と場所を共有していながらそれを共に思い出せない

こんなのは実はしょっちゅうあったりする


前日の昼食を思い出せないくらいなのだから
それは国を越えてしまうと思い出せない事はあるのは当然である

だからよく
「あー!ブログきつい!」
「やめて外でのんびりしたい!」
とかみんなで愚痴り合っていたが
それでも続けてきて良かったと思っている







こうやって一年の節目に立つと
大抵振り返った後に次の一年への抱負という事になる

歴史を教訓として未来を想像する訳である


何をするかな、何処にいよう
あーしようこーしよう

そこには沢山の妄想の世界が繰り広げられる訳で
とんでも無い映像が浮かんできたりして楽しいが
そんな妄想にもルールがあって必ず必要な物がある


それは自分自身だ


海上で石油採掘基地に赴いて一発当てるでもいいし
有人火星探査船に乗り込んで人類で始めて火星に上陸してもいいし
はたまたスーツを着てパソコンにかじりついてもいい

どんなに突拍子も無い映画を作ってもいいが
そこには必ず主人公が居る

だって自分自身の未来の妄想ですから


そんな妄想をしている中で『未来の僕』が突然こっちを振り向いて言う

「どう?こんな未来?」





「うーん、、海の上でひたすらに待つのはちょっと暇すぎるんじゃないかなぁ」

「じゃあ僕は?」

「うーん、、まずこの一年の間に有人火星探査船が出来ないだろうなぁ」

「じゃあ僕は?」

「え?君は一体何をしているの?」

「うーん、、」



『未来の僕』と『今の僕』の会話を聞いて『過去の僕』が割り込んでくる



「何でもいいけどさ、『未来の僕』君、一年経って『今の僕』君が居る所を見たまえ
 そんな所に居る訳が無いだろう」

「いやぁ、夢は大きく持てといいますし、これくらいの僕の方がいいでしょう」

「『今の僕』君をみなさい、昔の『未来の僕』君の姿に近づきましたか?」

「そんな事は知らない、それは『今の僕』君の問題であって僕の事では無い」

「それはヒドイ、僕達は決して交わらないけれども一心同体ですよ」

「それなら言わせて貰うが、僕は君と違って夢のある『未来の僕』ですよ
 いつもいつも僕の足を引っ張るような事はなさって欲しくないものです」

「そういう事を言うなら、僕こそ歴史であり象徴としての僕ですよ
 『未来の僕』君はいつもいつもフラフラして頼りないです
 もっとしっかりしてくれないですかね」



いつの間にか『今の僕』を通り越して未来と過去が頭の中で交差しだす
未来の妄想には過去に得た知識が元になるし
過去のそこかしこには昔に夢見た沢山の未来がずっとある

未来と過去が頭の中でイザコザを起こせば
それはもう面倒この上ないので僕はそこで妄想を止める


そうすると今の僕だけになる


スッキリする


目の前の遣りたい事がシンプルに現れる

例えばお腹がその時グーと鳴れば
「じゃああそこの美味しいあんかけ炒飯でも食べに行くか」
例えば次の日に街を移動する事を思い出せば
「予めチケットを取りに行かないとな」

それを繰り返せば自然と時間は経つし
歩いた道は出来てくる

食事をした後はどうしよう
次の街のそのまた次はどうしよう


今の僕は常に今の僕でしか有り得ない

未来の僕は無責任な事を言う
過去の僕は生真面目な事を言う







今まで通ってきた道はその時その時に小さくも大きくも
様々な夢や妄想を持ちつつ歩いてきた訳です

でも未来は好き勝手言い続けるし
過去はそんな放り出され続ける沢山の夢が捨てられてきたのを見ている

そんな両方を見るとその度にしっかり前を見据えようと思うのだが
別にそれに固執する必要も無いだろうと最終的には思う

未来にも過去にも縛られる必要は無い
その瞬間瞬間しっかり感じた事を心に留めて歩いて行く


それは紙の上に鉛筆で線を描くように一線が引かれるように
そうしたらそこには自然に立場というのが出来るというモノだ




線の右側に左側
上下左右



世の中にいくつもある線
国境だって年齢制限だってレストランのパーテーションだって何だって

それが見えなくたってそれを知らなくたって
自分が歩いていたらそこに線は出来上がる

友達を見れば彼は自分より左に居るから彼は左だなとか
自分より上にいれば彼は自分より上だなとか
人からみたらあの線より君の線は右よりだから
君は世の中的に言えばちょっと右よりだねってなる

右よりかぁ
僕はそんなふうに歩いたつもりは無かったんだけどなぁ

そんなふうに思った所でしょうが無い
もう知らぬ間に自分の立場は出来上がっている
道を通って行っている限り



だから何も自分自身で考えすぎる事はないじゃないか

だって誰かが勝手に判断するんだから
しかも知らない所から判断もされたりする
世の中のラインなんてすべて知る必要は無い
というか知れる訳は無い
だってそれぞれの人の居場所によってそれは見え方が違うのだから


日本の中から日本を見るのと外から見るのと
日本の中からだって日本人として見るのと外国人として見るのと

もっと言えば元々外国人で今は日本人になって日本を中からずっと見ていた人が
今度は日本の外に出て日本に友好的な国や全然関心の無い国とかを
常に移動しながら日本を眺めるのは

全く違う




立場なんてとりあえず放っておけ
それによって良し悪しが決まってしまう未来も過去も放っておけ

未来には真っ白な紙があるだけで
過去にはラインが一本引かれているだけで



今の僕は鉛筆を持っている手でしかない



もう『未来の僕』も『過去の僕』も勝手に言ってなさい
それぞれが僕でありながら実際に活動するのは『今の僕』なのだから
じゃあ『今の僕』が一番偉いでは無いか





一年前の僕が何かを思って日本を旅出ました
きっと一年後の僕も何かを思って何処かに居ます

一年前には『今の僕』がそこに居ました
一年後には『今の僕』が何処かに居ます

『今の僕』は今ここに居ます


このブログを始めた一番初めの日
確か海に向かって叫んだなんて書いた気がする

じゃあとりあえず『今の僕』も叫んでおきましょう
相手は『未来の僕』君ではありません
彼は妄想の中にいる人だから
彼の返事は期待するまい
そして呼びかける相手もまた返事をしない


「おーい、一年後の『今の僕』君、何処で何してるのー!?」


だって『今の僕』君はまだここにいるから
だからとりあえず叫んでおいて

さて、歩き出しましょう、今まで通り気の赴くまま
『欲』に駆られるまま










それにしてもまた写真も無しに長々書いてしまった
でもそこは一年の節目という事で許して欲しい
いや所々で『一年の節目』と書いたが正確には386日であった

本当はきちんと一年経った時に書こうと思っていたのだが
その日はネパールでトレッキングに出発する前日のドキドキの中であったのだから
そこもまた許して頂きたい







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    ふらふら何処かへ酒飲んで本読んで人と話してぼーっとして海に入って空飛んでバスに乗ってまたふらふら何処かへ、、何処へ?うーん。。とりあえずの試行錯誤継続鍛錬。

    2009年5月、日本を後にし、ゆっくりだけどそのうち加速予定。

    未熟ながらもなんとか自分の言葉で世界を書き起こしたい。ただいまその道中。


    name : LAN
    now : Quito ( Ecuador )
    latest update : 20120816
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