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仏教にまつわる伝説


仏教ゆかりの地であるブッダガヤに折角来たのだから
日本に生まれて何だかんだ仏教に触れてきた身として
仏陀が悟りを啓いた場所に行こうという事になった

ここのゲストハウス付きのバイタクのおっちゃんに連れて行ってもらう






郊外に向かう一本道を走る

両側は砂漠と言ってもいいような乾燥地帯が広がっていて
その向こう側に一つ岩山が見える
そこが仏陀が一番初めに悟りを啓いた所だと言う


20100619-1.jpg







コンクリートの道から脇の砂利道に入る

たまに小さな集落を通っていくのだが
その場所はブッダガヤに増して状況はひどそうだった


たまに白壁の建物もあるのだが
基本的には煉瓦造りかもしくは土塀である
家に扉などという機能的な物は備わっていない
すべてが開放されていて外と繋がっている

家とは『内』の環境なのではなくて『内』と『外』の空間を仕分ける境界物である
そう思う時に果たしてここの家は『家』と呼べるだろうか


まず地続きである
雨なんかふったらどうなるのだろう

少し高くなっている所もあるのだが
これでは雨季の時の強烈な雨では中に入っていきそうだ
むしろ地面よりも下がっている所だってある

大人になれば服は着ているのだが
子供達は殆ど着ていない

家の中でも外でも同じく裸である
トイレは基本的に家の中にはないのだろうみなが外でしている
基本的に水で流さないので家の中でしたら大変なのだろう

シャワーは集落に数箇所ある水汲み場所でみなが集まってやっている
そこで洗濯もするし食器の洗い物もやる
きっと炊事の水もここだろう
だから集落でみんなが集う場所は自然にそこになる


家の中がプライベートで外が公共スペース
などという違いは存在しない
ここの場所すべてをひっくるめて彼等の住む場所であり
家は雨風が降ってきたら逃げ込む部屋という感じである


家々の周りには田んぼが広がっているが完全に干上がっていて
右に左に伸びるあぜ道が辛うじてそこが田んぼである事を判らせてくれる

そんな景色が余計にここの貧しさを示す


20100619-7.jpg


奥に行けば行くほどそれはエスカレートしている印象
彼等は乾燥地帯の真ん中で寄り添って暮らしている






そんな集落が点在する真ん中に岩山はあった





岩山の中腹に白い建物が建っている

そこまで登って行くと猿だけが木の上にある実を取ろうとガサガサやっていて
他には誰も居ないで静かである


20100619-3.jpg


建物の後ろには切り立った岩場があって
そこに小さな格子の扉があった

鍵はかかっていなかったので開けてそこから中を覗いてみる
小さな入り口の割りには大きな空間がそこにはあった
そして真ん中奥に金色の像がある

今まで見てきた仏像といえば優しい顔で細い目に薄く笑みを湛えている
さてその身体つきはどうだったろう
そんなのは気にした事は無かったのだが頭で想像するに
その悟りを心に留めている余裕さやみなに幸せを届ける
というイメージからふくよかと言わずとも健康的な身体のような気がする


何故こんな事を書いたのかといえば
ここに鎮座している金色の像はそれは貧相な身体つきをしていたからだ
肋骨などと言わずすべての骨が浮き出ているような
顔はこけていて腕は骨そのものである


20100619-5.jpg


この像を見て伝わってくるイメージといえばそれは辛さに貧困である
顔をしかめたくなる様な見ているだけで辛くなるような像

像が金色で塗られしっかりと座臥している姿が
この人はここで何かを得たのだという事を表していて
辛うじてその辛いイメージを和らげる


20100619-4.jpg




仏陀はこの洞窟で6年間断食しながら瞑想し
そして悟りの境地に達したという










ブッダガヤにはもう一つ大きな聖地としての場所がある
それがマハブディ寺

僕達は洞窟を訪ねた後にここにも寄った


仏陀は悟りの境地に達した後ブッダガヤの地で再び瞑想に入る
伝説に依れば瞑想は一週間毎に場所を変え七週間続きそして遂に仏教を啓く
その7つの場所があるのがマハブディ寺である

言ってみれば仏寺の中の仏寺


入り口で履物を脱ぎ入っていくと
一つの大きな灰色の尖塔が目に飛び込んでくる

ごつごつとした印象で石で作られたそのままの強さを保ちながら
天に向かってぐっと突き抜けるような
ロケットのような飛翔感を持った大きな尖塔

それがマハブディ寺だった

ごつごつとしたのはそれぞれが小さな仏像でどれ一つとして同じ形は無く
大きさも様々で表情も様々な仏像が表面一面に貼り付けてあった


20100619-8.jpg




仏陀が瞑想した一週間毎にそれぞれ伝説が残っている

二週目に仏陀は歩く瞑想をしていた
これは実際に瞑想の方法の一つで今でも行われているのだが
仏陀が歩いているとその足跡から蓮が生ったという

四週目には瞑想している仏陀の身体から五色の色が流れ出てきた
青白赤黄緑
これは前にシッキムの時にも書いた
仏教が大事と考える世界を構成する物を表した色
青が空、白が水、赤が日、黄が人、緑が木
五色は仏教の旗にもなっている

六週目には瞑想している時に大雨が降った
だが大きなコブラがやってきて彼を護り
仏陀は無事に瞑想を続ける事が出来たという



そんな中最後の七週目に瞑想をした場所が塔の裏にある



そこには大きな木が枝を伸ばしていた

仏陀はこの木の下で最後の瞑想をした
この木こそが菩提樹で
仏教の広がりを恐れたイスラム教徒や雷などによって倒れ
今生えている木は四代目だという



菩提樹は柵で囲まれている

本来は菩提樹の下にある仏陀が瞑想したという壇上に行き
そこから菩提樹を見上げたりちょっとの間瞑想したり出来たのだが
今は入る事が禁止されている

僕達を案内してくれたバイタクのおじさんが
ここでビックリする名前を言った


「アサハラショウコウ」


まさかそんな名前をこんな所で聞くとは思わなかったが
確かに彼の主張ではここで修行しそして悟りに至り日本に帰った
オームとはこっちでは大事なロゴであり彼はそれを名前とロゴに使ったのだ

ここの菩提樹に柵が設けられ近づけなくなったのは彼のせいだという
彼はここにやって来た時に壇上に上がり
この仏教にとって神聖である菩提樹に向かって
「私は神だ!」と言ったのだと言う

常識から逸脱した出来事が伝わるのを伝説というならば
これも言ってみればそうなのか?

それにしてもあまりこっちでは聞かない日本人の名前
折角出てきたのがこの名前とはなかなか悲しいものだ











という事で僕達は傍から木を見上げ
涼しい菩提樹の木陰で瞑想とは言わずとも少しの時間を過ごした



数人が同じ様に腰をかけている
一人の僧が菩提樹の周りをゆっくりと一歩一歩踏みしめながら歩いている

彼は異様に人懐っこい犬と戯れ
たまに笑みを湛えながらじっくと時間を歩いていた





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    ふらふら何処かへ酒飲んで本読んで人と話してぼーっとして海に入って空飛んでバスに乗ってまたふらふら何処かへ、、何処へ?うーん。。とりあえずの試行錯誤継続鍛錬。

    2009年5月、日本を後にし、ゆっくりだけどそのうち加速予定。

    未熟ながらもなんとか自分の言葉で世界を書き起こしたい。ただいまその道中。


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