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5050-クライミング8日目-

20120307












風は特に強い訳では無かったが
やはり高度が上がった分だけしっかりと寒さは増したようだ

進めば進むほど良質な睡眠環境からはどんどんと遠ざかっていく

もう理屈どうこうでは無いのだろう
単純に高山は寝る場所では無いのだ


まあ当然であろう
ここに生息動物は居ない









前日の寝不足と強行軍をこなした疲れもあって
僕は愛二の起こす声も全く聞こえず思いっ切り寝坊した

時計を見れば8時を過ぎている


なのにまだとても寒い
今までなら太陽は当たらないにしても空は明るみ
8時を過ぎれば暖かみも届いてきてなんとか活動できるものだが
ここの外はまだ真っ暗だ

何を隠そうここキャンプカナダ
アコンカグアの西側に位置していて
朝は全く太陽が当たらないのだ

テントの中の色々な物が凍っていた



室内を暖めるためと朝食のために火を点ける

その火が弱々しくも徐々に暖めだし
テントの内側に張り付いていた薄い氷は水滴となって落ちてくる
それを眺めながら僕達はほぼ恒例になった『予定の変更』をする







昨日の強行軍が見事に達成されたのに気をよくして
また今日の予定をアップアップダウン
つまり、

キャンプカナダ(5050m)に残っている荷物をニド(5570m)まで上げ
半分の荷物をキャンプベルリン(5940m)まで運び
僕達はニドまで降りてきて泊

というプランを立てた
そして見事に寝坊した
到底こんな日程は出来そうも無い


 よくも考えてみたら僕達は最近歩きっぱなしである
 少しは休息日というのも必要であろう


という訳であっさり前日に立てた予定を見限り
そしてキャンプカナダからニドまで荷物を上げる


のみ!


という事にしてしまった
人間気が抜けるととめどない



だが実際僕達に休息日が必要なのは間違い無い

二日目にいきなり不本意にも動かない日があったが
それからはそれぞれの日に差はあれど
日常的には起こり得ないほどの負担を連日自分達に課している

そうして気が付けばもう一週間以上経っているではないか

山の上に曜日も日付もあったものではないが
一週間経ったら一日くらい休んでもいいではないか











という訳で一気に気が楽になった僕達は
焦る事無くしっかりと朝食の準備にとりかかる
贅沢もしてしまう


アコンカグアに入山してから
当初はどんな日々を送っていくかもわからなかったし
上で食料が無くなってしまう漠然とした怖さもあった

だから、ただでさえ粗食な品しか持ってきていない中を
さらに厳しく食に対して制限を設けていた

ビスケットやチョコレートやハムなど
非常食として全く手をつけず
昼食などはフランスパンのみ、という事をしていた


ただ、それでは一向に荷物は減らないし
何より食べる為に持ってきたのだ

という訳で僕達はベースキャンプから上に登り出してから
食に対する規制緩和に踏み切った

たった3つしか持ってきていなかったパスタソースを二食連続で使い
さらには食後にお茶をたしなみながらビスケットまで頬張る浴深さ
我慢していた分、見事に食に対する煩悩は弾けてしまったようだ




















十分英気を養えた僕達はのっそりとテントから顔を出す

すっかりみんなに置いて行かれたと思っていた僕達は
目の前にまだテントがあるのを見て安心する



昨日僕達と同じルートを辿ったカップルと日焼け止め男
みんなそろってまだキャンプカナダに居る

話を聞いてみると
みんな高度順応の為にここは慎重に動いているらしい
今日は全員ニド行きのみのニド泊である


 そうそう、僕達も今日はニドまで登ってそこで泊まろうと思ってるのよ
 高度順応の為にもなる訳だしね


たまたまみんなと同じルートになっただけなのに
結果オーライで大いに笑顔で語り合う

あそこの峠はどうだったとか
これからのペースを考えると日程がどうだとか
天気の具合はまあまあみたいだとか

いっちょ前に話をし合っていると
ここまで何だかんだ来た訳だし、という感じで
ただの見栄であったのが無様であってもある程度の経験という服を着て
イビツな自信をつけだしてしまっているようだ

一端の登山家気取りになっているのだはないだろうか
注意しなくてはいけない事である




















僕達は急いで準備を済ませると
一番初めにキャンプカナダを出発した

いくら自信の芽が出始めたとしても
さすがにある程度はわきまえているようで
彼等よりもペースが遅いのを理解しての先行出発であった




例の斜面に取り掛かる
気は楽なんだが足は一向に前に進まない

今日も『境界線』は僕達を遥か上から見下ろし続けている




そしてやはり後から出発したカップルと日焼け止め男に
今日もあっさり抜かれてしまう僕達であった


一体どうなってるんだこの世の中は
不公平にも程がある!
いくらなんでも毎度毎度軽く抜かれすぎである


と思ってここで初めて冷静に事の真相を追求しようという気になった

今日は珍しく気持ちに余裕があったお陰かもしれない
それとも偏屈であっても自信が付いてきたのが逆に良かったのかもしれない




休んでいる時にじっとカップルの歩みを観察した

オーストリア人の彼は身長が190センチ以上あって
体重は100キロはあるという大男であるが
対するマケドニア人の彼女は背は高いにしても細い手足をしている

だが、どうやら登山の経験値が豊富なのは彼女の方みたいで
先頭を歩いて指示を出したりペース配分をしているようだ
男の方はと云えば背中をすっかり曲げて
息を荒くしてなんとか彼女についていっている

たまたま同じ所で休んでいた時には彼女が歩き方について
彼に半分説教のように語っているのが聞こえてきた位である



そういうのもあって僕は彼女の歩き方を注視した








とてもとてもゆっくりとした歩み

一歩一歩、本当にしっかりと地面を蹴って
そしてその足が改めて地面に着くまで
全身が見守っているかのように身体はぶれない

無事にその足が地面に辿り着いたのを確認してから
やっと反対の足に重心を移動して力を込め出す

慎重に進んで行く



まさに亀のような足取り



力任せに歩くより
遅くても一定のペースで歩く方が長期的に見れば『速い』
というのは僕でも理解しているところではあるのだが

それにしても遅すぎでは無いだろうか

あれではパッと見、進んでいないのと同じである
だって普通に僕が5歩分歩いて振り返ったら
まだ一歩目に取り組んでいるくらいのスピードだ



しかし現実にはそんな彼女の歩みに
僕達は毎度抜かされてきたのである



まさに『兎と亀』

僕達は『速さ=ペース』という幻想に囚われた兎だったのだ
兎は何故抜かされるのかなんて全く理解できないし
全体のペースという捉え方が根本的に違ってしまっている


20120307 (1)



















半信半疑でやってみようかと思う


ちょうど目の前には『境界線』直下の一番傾斜が厳しい所である
初めて取り組んだ時はたった100m位だというのに
30分以上はかかった場所だ

カップルがその遅いがしっかりとした足取りで
境界線の向こう側へと姿を消すのを見届けてから
僕達は歩きだした

やり方はよくわからないのだが
とりあえずゆっくりめで歩いてみる

気を抜くと不思議な事に足取りは速くなってくるので
常に気を引き締めながら力を抑えて歩く
遅く一定のペースで歩くというのは意外と難しいものだった



きっと辛い時間を早く通り過ぎたい心理が
無意識に身体を前のめりにさせて
足取りは自然に早くなってしまうのかもしれない

それは身体にはちょっとした無理なので負担はのちのち大きくなっていく
辛くなってきてまた早く終わらせようと思って
足取りを早くしようとして余計に力を込める

自分の体力範囲内に収まる相手ならいいのだが
とてつもなく大きく一度で解決出来ない相手となると
その無理はあとに響いてきくる

頭の中も力んでいるだけに
つられて回転がどんどん速くなってくる
熱くなってオーバーヒート気味になる

心身共に疲労困憊という事になってしまう訳だ






それを思えば何とも落ち着いた歩みである
歩けば歩くほどこの歩き方の真髄が見えてくる

『体力』などというのは全くもって概念的であり
実態がどういうものなのかは説明困難であり
さらに自分でも把握困難である

しかしどうだろう

明らかに前までの歩き方よりも体力が温存されているのが
実感としてわかるのである




そして大事なのはこれだけ遅く歩いているというのに
着実に前に進んでいるという実感もあるという事

むしろ

 抑えて遅く進んでいる割りに前に進んでいる

というのが

 無理して速く進んでいる割りに全然進んでいない

と比較して想像以上に僕の精神を補完してくれ
先に行けば行くほど身体が軽く
より前に行こうという気にさせるのだ










これは大発見であった








気が付けば僕は『境界線』を通り越していた
後ろを振り返ると愛二が随分と後ろの方で休んでいた

すっかりこの発見にうかれてしまって
後ろを振り返らずに歩き続けてしまったらしい
しかしこれによって僕は確かに前ほど休憩が必要無くなった


愛二にこの話をしてみるも
どうやら愛二には合わないようだ

歩き方は人それぞれだ

実際この歩き方もマケドニア人の彼女の歩き方を
観察しただけで彼女のそれとは違うかもしれない

どちらにしても僕は自分自身に合った歩き方を
ここで発見する事が出来たのだ















荷物の重さや疲れの具合にもよるかもしれないが
ここにきて大きく愛二とペースが変わってきた


今まで沢山の時間と場所を共有してきた愛二
喧嘩も無くまさに四六時中一緒だった時期もあった訳だが
それは愛二と僕には沢山の似た所があったからだと
今は思っている

全く一緒では無いにしても
体力の具合だったり
諦めのタイミングだったり
物事に対する姿勢であったり

性格も違うのに至極無事にここまでやってきた
おかげでペース配分が難しい山にも
一緒にこうやって挑戦できているのだと


ちなみに山に登る前に注意する事として
インターネットでこんな記事を読んだ事があった

『山の上は大変ストレスが溜まりやすい
 人と行く場合は些細な事で喧嘩にもなってしまいます』

少しドキッとしたのは事実だが
結局そんな事は今のところ全く起きていない
ペース配分もその時先頭を歩く人に一任されているが特段困った事は無く
今まで同じ様なペースで登ってきた




しかし、ここに来て初めてペースに差が出てきた

愛二は気を使ってくれたのか
僕に先に行くよう促してくれる


初めはそんな必要は無いと言い張っていたが
この歩き方が実際に何処まで通用するのか
そしてニドでの水問題を確認する為に
僕は先に向かう事にした


20120307 (2)

























さて、





水問題とはなんぞや、というあなたの当然の疑問に
早速答えたいと思います




それは、ニドには水が無いという事です


一番初めに泊まったキャンプ地コンフルエンシアには
山の雪解け水が引かれていて水はいくらでもありました

ベースキャンプには限りなく溢れ出てくるような水場
というのはありませんがその代わり
企業が水を下から運んできて大きな樽に溜めてあり
利用者はお金を払ったりしてそれを利用する事が出来ます
(僕達は仙人様のおかげで自由に使わせてもらえましたが)

さて問題はその上からです



キャンプカナダには勿論企業やレンジャー小屋などないので
人間が管理している水はありません

そのかわり10分程登った所に川があり
そこから水を汲んでくる事が出来ます



さてニドはどうでしょう

ニドには水が流れている川はありません
川はあれど、それは凍っているのです

メンドーサで登山用具をレンタルした時に笑いながら言われた


「上に水なんてないよ
 雪を溶かして使うんだ」


料理用の水だって飲む用の水だって
何から何までわざわざ溶かさなくてはいけない


ニドにはそこら中に良質な雪がある訳では無い
人の足に踏まれていたりしているから
何処かに探しに行かなくてはいけない

そしてそこから大量の雪を持って
テントサイトまで戻ってくなくてはいけないのだ




一日4リットルの水を摂取しなくてはいけない
という話は覚えているだろうか

では、4リットルの水を作る為に
果たしてどれくらいの量の雪が必要かご存知であろうか


答えは、、、






わかりません





だから暗くなる前に早めにニドに着いておく必要がある
出なくては雪を取る場所もわからないくなってしまうし
危険も伴ってくるし
雪はどんどん凍っていってしまうのだ























結局僕はかなり早くニドに辿り着く事が出来た


愛二と別れてから二時間程歩いたが
途中休憩を一度挟んだだけ
という驚異的な行程だった

自分でもビックリである


いくら遅いといっても途中何度かかなり息が上がる時があった
それは多分に集中力に影響しているようだ


人間の集中力は厳密には15分間しかもたないと何かで聞いた事がある

その論を採用するならば、自分なりに何か誤魔化しながら
長い時間、さらには長い人生においても
同じ事に取り組んでいっているという事であろう


さて、この『ゆっくり歩行』
先にも書いたように想像以上に難しい
一定に遅いペースを保つのはかなりの集中力を要していたようだ

ふと気が付くと足取りが速くなっていたりする
やはり早く着きたいという深層心理からだろうが
一度そうなるとまたペースを戻すのは難しい


 ヤバイ!早くなってる、遅くしなきゃ


となってブレーキをかけると
そこで余計なパワーを使うばかりでなく
お望みのペースにいきなり戻る訳ではないから
調整する為にまた速くしたりそして遅くしたりを繰り返す事になる
そうしてあたふたしている間に
規則正しかった息は一気に苦しくなって
そしてやはり規則正しさによって隠されていた足の疲れが
一気にのしかかってくる


頭の中もぐちゃぐちゃしてきて
イライラすらしてきてしまうので
いっその事足を止めてしまおうかと思ってしまう

しかし、それでは折角のこの歩行の意味がなくなってしまうので
限りなく止まっているに近い動作でもいいので
動き続ける事だけはしてみた

そうすると不思議な事に
心は落ち着いてきて休めている感覚なのだ

歩きながら休めるなんて
山登りにおいてこれほど最高な事はない

超遅いペースで歩きながら
そのうち体力が回復したら
また徐々にペースを上げていく

こうして僕は無事にニドに辿り着いた



20120307 (4)



















ニドには既にフランス隊がテントを張っていた

僕はまずロベルトに挨拶をしに行く
水をどこで手に入れるか、という話と
彼等を激励する為だ




フランス隊は遂に明日頂上へ向けてアタックをかけるという




ハッキリいって
僕達にはこのニドからアタックをかける事自体
衝撃的な事実である


その高度差は約1400m
道のりにしたら一体何キロという距離になるであろう

彼等は明日朝4時に出発するという



さらにはロベルト達の隣にテントを張っているカップルに至っては
朝の1時に出発するという

そんなんだから彼等は当然まだ太陽は頭の上にあるというのに
既に就寝する準備に取り掛かっていた


20120307 (3)













いやいやいや


アタックってそういうものなの?!












いや、確かにこの登山行に際して
最高のイベントにして最大の難間であるのだから
それは今までいくら大変といっても
格段に厳しいものになるとは思っていたが

まさかこれほどのモノとは思えていなかった




普通登山家なら自分の力量と山の難易度を鑑みて
挑戦するかどうかを決める訳であるが
僕達はハッキリいって素人



というよりも高所登山、、


いやいや、というよりも本格的な登山が初めてであるから
実力どうこうなどわかりっこない

ましてや山の難易度に至っては
説明されたって理解が出来ないのだ





という事で

僕達は山に登ってある程度理解が進んできてから
山の上で難易度を知るというトンデモない自体に
今陥っているという訳である














そうしてさらにトンデモない事には














僕達も遂にアタック日が目の前に

迫ってきたという事である
















ロベルトがレンジャーに聞いた所によると
天気は明日明後日までは持つらしい

その先は崩れてしまう可能性が高いという


天気予報など、特に山の天気だ
予報はあってないようなものであるが
数少ない山の参考資料ではある

ロベルトは僕達に明日アタックするよう薦めたのだ




別に望んでいるという訳ではないし
こんな日常が全くもって好きになってる訳ではない

けれども


何故だかこの

 
 朝起きて寝袋からぐずぐずしながらお湯を沸かして
 味気ないパスタを食べてお茶をすすって
 「寒っ!」って言いながら外に出て荷物をまとめ
 気合いを入れて歩き始める
 延々太陽が登っても身体をくの字にして歩き続ける
 そして体力を使い果たしてテントサイトに辿り着き
 身体が動かないのにムチ打ってテントを建て
 水を汲んできて、、、


という日々

書いていると僕にはすぐに映像が出てきて
それだけで疲れてしまうような日々が
何だか延々に続くような錯覚に陥っていた


映画とか小説に出てくる
『完全管理社会』における人間活動は
きっとこうなっていった末の姿なのだろう

次からはより実感を持って観賞が出来そうだ




そして、



突然現れた『アタック』という言葉は
そんな凝り固まった日常感を見事にぶち壊した



しかも他人がどうこうではない


遂に自分達の事として突き付けられたのである























僕達はすっかり緊張してしまった


もう寝る、というロベルト達を激励して自分達のテントに戻る

今まで我慢してきた美味しい食料達を頬張ってみる


それでも緊張は消えるどころか
意識してしまっている以上増すばかりだ



ふと自分の荷物を眺めてみる








技術的には難易度が低いと云われているアコンカグア
だから今の僕のリュックには殆どが食材だけだ

防寒具は既に殆ど身に付けている

始めに比べると随分とコンパクトになっている
重さも半分以下くらいにはなっているだろう

それでも、






果たして上まで辿り着けるだろうか






リュックの表面にはネパールに居た時に
安く出来るというのでやった刺繍がある

このリュックを背負って今まで沢山の所まで行った










兎にも角にも



このリュックと共に
僕は新しい世界、『山の頂』を踏みしめたい

と思うばかりであった





20120307 (5)




















アコンカグア登攀8日日
キャンプカナダ (Camp Canada) : 5050m - ニドコンドレス (Nido de Condores) : 5570m , 3 hours



aconcagua8.jpg










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    ふらふら何処かへ酒飲んで本読んで人と話してぼーっとして海に入って空飛んでバスに乗ってまたふらふら何処かへ、、何処へ?うーん。。とりあえずの試行錯誤継続鍛錬。

    2009年5月、日本を後にし、ゆっくりだけどそのうち加速予定。

    未熟ながらもなんとか自分の言葉で世界を書き起こしたい。ただいまその道中。


    name : LAN
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