スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

選択しましょう


遅くに彼女が帰ってくる
とても疲れている


みんなでテレビの前のテーブルを囲む
このような居間の真ん中に置くテーブルに何人用なんてあるのか分からないが
普段は独りで使っている所を四人分の食器が並べられているのだから
何となく縮こまったように身を寄せ合う

そんな顔に鍋から立ち上る煙で唐突に視界が曇り
自分は何とも無い筈なのに少し心がうろたえる
冬の空気に冷えて知らずに固まっているのだろうか


みんなで囲む鍋はこの上なく幸せを感じられる
器の中で色んな物が僕達に負けずに
肩を寄せながら所狭しとしている

日本のに比べると小振りな白菜
少し固めのジャガイモ
信じられないくらいに高いしいたけ
形が極端にばらばらな玉葱


連日寒さの続く香港は今日一番の冷え込み
部屋の中は鍋で温まる
窓は空と同じように曇っていく
そんな外の寒さの証明を見ながら余計に身体が温まっていくのを感じる


食べ終わってそれぞれの場所にどっぷりと身体を沈めて
なかなか起き上がれない

何もしていないに等しいのに
何故か疲れのような重しが身体を程よく押してくる
マッサージのような心地良さは眠気を誘ってくる


見渡すと同じような顔が三つ目に入る
それは夢と現実の境目に居て
どっちに行こうか思い悩んでいる
選択肢を持った余裕からくる贅沢の中にいるように見える


ただ時間は過ぎていく
あっという間に日付の境目がやってくる

彼女はシャワーをして出てくると
冷蔵庫に向かって缶ビールを取り出す
否応無しに部屋の隅々まで照らしすぎる電気を消し
オレンジ色に光る小さな間接照明を点ける

さっきよりも部屋全体は黒く覆われたのに
それぞれが座る場所の近くには
みんなの影がさっきよりもはっきりと感じられる

それが一つの光源によるものだからと
理屈はわかるのだが
何だか不思議な事のように思える






誰がこの扉を開けたのか


いつの間にかとつとつと喋っている彼女がいる
そして僕は彼女の動作を交えてよく動く目を見つめたり
パソコンの作業中を示すカーソルかのように
ゆっくりと円を描くように足先を動かしたり
まるで表面に何か答えでも貼ってあって
それを探すかのように手で頬を触ったりする


好きだとは一体どういう事なのだろうか
人を愛する愛したいとは
夢とは何だろうか
自分の求めている事は
バランスなのか選択なのか
それともまたもっと奥の方の話なのか


今どうしたらいいのかわからない
悩ましい
いや悩む事はいい事だ
それは確かに間違い無い

今ある顔の数そのままに話は色んな側面から話される
じっと相手の話を聞きながら
投じられた話が自分の目からどういう形に見えるか考察する

彼女は過去の自分を話す
そうして悩んでいる告白をする
話を聞いて相槌をうって少し話して
そうやっていつの間にか僕達も口が滑り出す





後の自分がそれを思い返してそうして理論的に話を組み替えて
過去の事象は現在の自分によって様々に変化する
ようは色眼鏡の原理
それを逆手に取れば何事もポジティブに前に進んでいける
そうであれば選択をする事に臆する必要は無い
何事をしても自分の考え方次第なのだから

大事なのはそこに飛び込む時の覚悟であって
そこで最大限の力を発揮しようという気持ちであって



そう僕はいつも考えている
ただ僕はこうも思う



一体選択肢とは何なのだろうか
僕の前に沢山用意されているようで
実は全くそんな事はないんじゃないのか

自由に選べる物なのだろうか
結局進む道は一つなのに
僕の歩く道は一本道なのに


別に運命論を信奉する訳では無い
占いもまだ一度もやった事が無い
占いを否定する訳ではないが僕の中では観察眼を駆使して
見据えるのを避けようとしているか
それとも判断しかねているか後押しが欲しいか
その背中を少し押してやるようなモノだと思っている

占いの議論をするつもりはない
言いたいのは選択肢というのは結局自分で作り出した幻想でしかなく
目の前の時間の流れの中を流れる
様々なモノの組み合わせでしかないのではないかという事

一瞬足元から遠めに俯瞰して見て
視界に入ってきた一画面が
色んな見え方をしてしまうだけなんじゃないか



子どもの頃にほんの少し流行ったあれは騙し絵というものだろうか
一枚の絵が色々な見え方をする

二人の人の横顔がワイングラスに見えたり
公園にある木々が人の顔になったり

初めにみると人の横顔が目に入るかもしれない
ワイングラスが飛び込んでくる人もいるかもしれない
そうして二つの見え方があると教えてもらう
一生懸命に視点を変えようとする

自分で気が付いてしまう人もいるし
なかなか見つけられない人もいる
でもどっちの人も同時に二つの絵を見る事は出来ない

間違い無くあるのは一本一本引かれた黒い線で
絵はそこに完成した集合体でしかない
でも人の目はある映像と意味を頭に呼び起こす


もう一つの絵を見ようとする時
必死に視点を探す
耳を口に見てみたり
流れる川を髪の毛に見てみたり

その時は自分が自分の頭の中に篭る時で
どちらかといえば流れる時間の中から一歩引いて
留まろうとしている状態ではないか

何故なら同じ絵を必死に詳細に見ようとしているのだから
ちょっと待ってくれ
流れていないでじっとしていてくれ
そういう意識の表れだ


でも時間は勿論止まってはくれない
無常に過ぎながら新しい絵が
正確に言えば新しく流れてくるモノが
次々に視界という画面に飛び込んできて

必死に思い出そうとしても詳細を思い出すのは難しい
同じ絵を違う視点から見ようとしているのだから

もしかしたらこんな見え方があるかもしれない
そう思い描いても
実際の目の前には既に違う映像が広がっていて
なかなか自信が持てない
当然それは違う視点から見ているのだから
自分は正解を知らないのだ







じゃあ一度悩んだら一体僕はどうするのだろうか



沢山ある選択肢を見据えて
一番鼓動が高鳴るモノに飛び込むのだろうか

それとも逆に選択肢を捨て
一番自然で居られるモノに流れて行くのだろうか



何だか同じようでいて違って結果はやっぱり同じような
もうどうでもよくなってしまうかもしれない
際限無いループの口が大きく目の前に待っているような気がする





結局人が考える事なんてくだらないのかもしれない
でも考える事はやめられない

主張を通す事をしなくてはいけない
数ある予想もしなくてはいけない
実はこの二つはすごく対立する頭の運動だ


でもどちらにも出口は頭の中には無い


選択肢の自由を信じる僕と選択肢の存在すら信じない僕
一体同じ僕が考えた事なのだろうか
それともまた違った僕が考えている事なのだろうか

それすらわからない
その選択も出来ない
それは選択すべきなのかむしろ選択自体が存在するかもわからない


無限のループの中に既に入っているのか




時計はもう朝の5時を指している
寝るか起きているかの選択も迫られている



本の虫


まさに本の虫だ

世界にはもっともっと本が大好きで一日中読み漁って
何十冊と読む人がいるんだろうけれども
それでも今の僕はそのグループの一端には入るような気はする



居候させてくれている人の家には本棚があった
僕の家にもあるような
合板で囲まれてガラス板をスライドさせるタイプの
その中に日本語の文字が躍っている

懐かしさが加わって
最近なかなか自由に読めていないストレスを発散するように
次々に手にとっていく


テレビの前のソファ
そこに腰掛ける訳ではなくて
床に座ってソファに持たれかかる

色々な体勢をとりながらも
右手と目線はほぼ固定され
左手が規則正しい動きをする



最近のストレスの原因は欲していながら読めないという所
今僕達は全部で20冊は本を所持しているが
なかなかそれに手を出す事が出来ないでいる

何故なら読み終わってしまうのが怖いから

何とも自分勝手な話なのだが
読み終わったら本はただのお荷物になってしまう
紙は重い

もう一度読んだらいいじゃないか

勿論そうであるし
実際何度も読んでいるものもある
ただそればかりではどうしようもない

そして最初の新鮮はなかなか得られるモノではない
あくまでそれぞれの本による話なのだが
それに僕も前に一度書いたが
読む時のタイミング
その時の環境によって印象は随分と変わってくる
それは分かる
十分に分かる

何度も読みたくて大事にしたい本もあって
なかなか手放せないで持ち続けているのもあるが
当然新しい本が欲しくなってくる


僕達の部屋は大きくない
限られた大きさのリュックなのだ

本当に自分の部屋というのはいいものだ
常に自分の物を置いておける


そういった理由で僕は
わざわざ日本から買って持ってきてもらった本も
なかなか手が出せずに
大事に「保管」している

活字を読むのが嫌いではないむしろ好きなのに
ページを開けずにいるのだ
こんなに残酷な事は果たしてあるのだろうか



旅をする人間は同じような悩みを持った人がいる
そんな偉大な先人達の作った素晴らしい習慣がある

たまにゲストハウスには本棚がある
そこには大体英語の本だが
日本語の本だってスペイン語の本だって
いろいろなモノがある
蓄積されていったゲストハウスの歴史が
そこに現れている様に
すす汚れた物が


習慣とは自分の持っている本と
そこの中の本を交換出来るという事

古本屋ではない
対価は自分の本というだけ

それはそれは本当に素晴らしいシステムで
本は一度ある場所で生まれてから
旅人に連れられて外の世界に飛び出し
世界中を旅し続けるのだ

そうやって沢山の旅人に読まれながら
本は自分でも知らなかった性格を見出されていったりするのだろうか


まあそんな感じで素晴らしいシステムが存在するのだから
活字枯渇問題に臆する事無く
どんどんと読んでしまえば良いのだが
そうであればこんなにも耐えていない

問題なのは今まで通り過ぎてきて
なかなかそういうゲストハウスに巡り合えていないという事だ

いつ何処で出会えるか分からない
それはかなりのリスクを自分に与える
だからどうしても手を出せないでいる

だからといって突然そのゲストハウスに出会って
僕自身が持っている本をまだ読んでいない
という状態では結局交換は出来ない

さてどうしたものか

そんな事を考えながら結局思いっきり読めずに
ストーリーを楽しみながらも
今まで意識した事が無いような事を
読みながら考えてしまっている


とても哀しい状態だ




それが


そんな僕の目の前にまだ読んだ事の無い本が
山ほど詰まれている本棚が

まさに宝の山だ




あぁ本当に幸せだ



きっと今本当に自分は本の虫だ





去年の直木賞の最後のページを閉じる
次は去年の本屋大賞
こういうオムニバスな感じもとても良い




ページを開く手は躊躇が無い



ひきこもり


香港に来て殆ど外を出歩いていない
行き来するのは地元のスーパーとこの家くらいの距離だ
寄るのもその間にあるセブンか文房具屋

殆ど家の中に居て
たまにブラインドの向こうに見える
ドラえもんに出てくる裏山のような
こんもりとした斜面に根を張る木々を眺める

背景は今日も青ではなく濃い白だ



流石にこんなのでは息が詰まってしまう
快適なのは快適なのだが
このまま沈んでいってしまいそうだ
時間は順調に過ぎていっている

まだ出国の日時が決まっていなければいいが
こういう時だけしっかりと台湾行きのチケットを
ベトナムのホーチミンの時に手に入れている

それに訪問しておきながらずっと家に篭っているのも
何となく家主に対して気が引ける

何しろ男三人が自分のいない部屋を我が物顔で居座り続けているのだから
それは気味が悪いだろう
電気代だってバカにならない

仮に居心地が良くて台湾行きのチケットを破ったとしたって
早く出て行ってしまわなければ
それはそれで友達の精神的負担は増すばかりで
当然選択出来ない訳で


先から家だ家だと書いているが
僕達は居候であってあくまで訪問者であって
訪問者は訪問者らしく
何かしらしなくてはいけないだろう





この場所の立地が悪い訳ではない
というより凄まじく好立地


彼女に言わせてみれば
東京で言う
新宿原宿渋谷代官山から徒歩十分の立地

大型百貨店が建ち並び
すぐ近くに高級ブランド旗艦店が軒を連ね
レストランにバー
日本の居酒屋までがそのエリアにひしめき合っている

目の前にはニューヨークで言う
セントラルパークのような
朝には太極拳が静かに行われ
昼にはコートでバスケやテニスをして汗をかく
そんな地元の人達の憩いの場
ビクトリアパークがあり
そのすぐ隣には大きな図書館まである


アジアで一番大きいと言われる図書館
総工費9億香港ドル
12階建てだが
建物や路面電車にバス
何が何でも細長く上に伸びる香港には珍しい
ずっしりとした箱型の建物



もしかしたら日本語の本もあるかもしれない




香港の街を歩くと
字に触れる事が異様に多い気がする
あの有名な道路にせり出す看板群を思い浮かべれば
何となくイメージは伝わっていただけるだろうか

いや日本でも何処でも
ポップは溢れているのは確かなのだが
それらが迫り主張してくるパワーが強い気がする

それは単純に道の広さに対する大きさなのか
はたまた香港の広告業界の優秀さに拠るものなのかはわからないが
兎に角記憶に残る

その中で印象的だったのが日本語だ
想像以上に日本語が溢れているという事


何度も訪れている台湾
日本の国内でも多くの人が知っている通り台湾における日本観は
最近の特定事例は抜きにして概ね歴史的に友好的だ
それは文化面において特に強い

コンビニでは日本の雑誌が棚に幾つも並べられ
日本語の書かれたお菓子が多くを占める
街角でよく日本語を聞くし
おじいちゃんおばあちゃん世代は戦争の時の教育によって驚くほど上手く喋る
書店には入り口の近くに日本語書籍コーナーがほぼ確実にあるし
テレビで日本のドラマの再放送をやっていたりする


それとは違い
台湾と比較するとどちらかというと英語圏の影響が強く
さらには地理的にも日本と離れている為に
それ程日本の影は見受けられないと勝手に思っていた


それがどうだろうか
街の至る所に日本の影を感じる
それは台湾と同等かそれ以上

東南アジアを抜けてきて出会ったからだろうか
それとも日本が近づいてきて単純に恋しさからなのか
幾分その気は否めないのだが
数としては間違い無く多い


事実家の中でテレビをつける
アニメ専門チャンネル
アニマックスに合わせると
流れてくる映像は見覚えのあるものばかり

間の番組編成の予告であっても
流れてくるのは日本の映像ばかりだ



全く違った地で知った物を目にするのは
決して気分の悪い事ではない

それも中国や香港に入った時に感じた
旅の間の景色の断絶

周りの環境とは違った部屋の中にいるような感覚
言語によってもたらされるその壁が
やはり目に入る日本語によって穴をうがたれているという事か





話を戻せば
そんな香港にある図書館なのだから
日本語の本があるだろうという僕達の予想は
何もただの絵空事ではなくて
むしろ確信に満ちた予想である

しかもアジア一大きいのであれば
これは期待できる



中国を通って香港に入った
僕はまた部屋に篭ったような感覚に陥った

事実部屋に篭りきっている


穴がうがたれたようならば
そうか部屋を出てみようか



main_line
main_line
Profile
    ふらふら何処かへ酒飲んで本読んで人と話してぼーっとして海に入って空飛んでバスに乗ってまたふらふら何処かへ、、何処へ?うーん。。とりあえずの試行錯誤継続鍛錬。

    2009年5月、日本を後にし、ゆっくりだけどそのうち加速予定。

    未熟ながらもなんとか自分の言葉で世界を書き起こしたい。ただいまその道中。


    name : LAN
    now : Quito ( Ecuador )
    latest update : 20120816
LAN Twitter
    旅の日記はなかなかリアルタイム更新とはいかないが、twitterならなんとか、、

     → follow me on Twitter

関連日記

共に旅立った同志達のブログ

sallan

I.G.
http://salig.blog37.fc2.com/

SHOGO
http://salshogo.blog37.fc2.com/


共に旅をするパートナーのブログ
ばーちーの、ちるり旅
http://jstyle623.blog129.fc2.com/

最新日記

 → check my all posts

カテゴリ
本 (0)
UAE (4)
カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
最新コメント
SAL
検索フォーム
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。