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降りかかるモノを掻き分けて

[20100705]



カオスと言われるインド
その中の一大都市デリー
つまり一大カオス




20100705 (1)




遂にここにやってきた
インドのすべてが詰まっている

正直に言えば
インドのバッドニュースが語られる時殆どがここである
という意味でインドのすべてが詰まっている

それはそうだ
インドの首都であり沢山の観光客がここをまず訪れる
そしてここでインドの洗礼というモノを浴びる訳だ





道は沢山の人でごった返し物は溢れている

溢れているというのはいわゆる都市的な意味ででは無い
本当に道端に溢れてしまっているのだ
これはバンコクやサイゴンにも通ずる
『アジア的な』都市という感じだろう

だから少しは東京にも通じる所があるかもしれない



だけれどもデリーのそれはやはりまた強さが違う
パワーというよりは雑然さの度合いか

椅子の上には人が座る

とか

ドアにはノブが付いている

という当然と思われる結び付きが無い
すべてのモノが際限無く細かく小さなモノに分解されて
そのままになっている

いや、どちらかといえば
結び付きを持たないまま放置されていて
必要な時々に集めて動いているような感じだ


そしてデリーはやはり都市である
都市的な物の溢れ方もしているから
余計にカオスを感じる






さらに最近インド政府は一大決心をしたらしい
そのカオスに秩序をもたらそうと中央駅の前の道を区画整理して
大きく綺麗な一本道を作ろうとしているのだ


20100705 (3)


溢れ出たモノ
建物であろうと木々であろうとすべてをひっくり返している

ただ随分とお金をかけている割りにはその方法はすごくアナログで
建物を壊すのに人がハンマーを振り上げている
道端のコンクリートが壊されその上に土が積み上がっている
それらを人が手作業で運んで行く

雨季が近づいているデリー
僕達がやってきた夜も雨がしっかりと降っていて
その道は余計にぐちゃぐちゃになっていた
そしてそんな中をふんどしにサンダルのおっちゃんが
土を運んでいるのだ


秩序を作ろうとしているこの計画が
余計に雑然さを加味している













そんなデリーで僕達は幸いにもある人を探し出す事が出来た
これはすごい幸運と言えるかもしれない








オッキー




20100705 (2)




ネパールのカトマンズ
僕達が右も左も分からずにやってきた
南アジアの水先案内人になってくれた人

ネパールで僕達の相手をしてくれただけでなく
インドの話も沢山してくれた
言ってみれば僕達の南アジアの先生だ


オッキーは僕達とカトマンズで分かれてから
先にインドに入って南インドを回っていた

僕達も後からインドに向かう事は決まっていたので
どこかでまた会えたらいいね、
そういう感じでずっと連絡を取り合っていた


そして見事にここデリーで僕達は再会した





20100705 (4)






オッキーは見事に日焼けしていた

南インドでの楽しい日々
僕達の知らない土地での美味しい食事にビールの日々




でも



再会は



気の合う相手との再会は




やっぱり見かけや場所や時間のギャップに
なかなか動揺しないもので


新しい話もある
僕達は別々の場所を通ってきたのだから話すネタは沢山ある

でも僕達はどうして
この間カトマンズでやったしょうもない話をほじくり返したりして
大きく笑っている

昔を懐かしむとかそういう感じではない
昔というにはまだ全然時間は経っていない

新しい場所をばかり通って行くこの旅
そんな中で少しでも安心したモノに触れたかったのかもしれない
故郷に帰って知った道を歩くように

共有は安心に繋がるのだ

その共有を感じたかったのかもしれない
その共有の一つの証明が過去だ



いや



そんな事を言っているが
結局オジサンくさくなっただけかもしれない

ただの言い訳かもしれないけれども
もしかしたら過去を懐かしむ真理はここにあるのかもしれない




ま、




何と言われ様と
何と言おうと







この日は最高だった







オッキーお勧めのタンドリーチキンにビールで
朝方まで笑い合った





20100705 (5)




どこまでも人工的

[20100704]



沐浴をした事にバナラシが怒ったみたいに
何だか追い立てられているような慌しい感じで宿を出た

身体は完全に調子を崩し
お腹がぐるぐる不気味な音を立てる度に
冷や汗を掻きながら予め決めていた今日の予定に身を任せる



バナラシ駅を電車が離れていく

来た時と同じ喧騒が駅を埋め尽くしている
電車の中は今までのと同じように家族連れやらが
席に横になって思い思いの姿勢でくつろいでいる

その中に僕もじっと身を浸す
強く何かを感じる訳でもなく

頭の中は自分が主人公だからここで考える事は
ナレーションのようにBGMのようにこの映像に色を添えてくるものだが
今の僕は僕の頭の中ですらエキストラのように
じっとただこの景色の中の一部を借りて静かに何も喋らずいる



次の目的地デリー


20100704 (1)




















珍しく僕達はインドに入る前からインドを出発する日が決まっていた
デリーから飛行機で飛び立つ事が決まっていた


インド滞在一ヵ月半


この間どのように回るか

インド一ヵ月半なんて随分と短い
インドは広い

そこで僕達はとりあえず今回は南インドを諦め
北インドを中心に回る事に決めた
短いなりにもやはりそれぞれ訪れた所はゆっくりと見て感じていきたいから

そうやっていくつかの都市を回ってきた

ガントック
コルカタ
ブッダガヤ
バナラシ

こうやって書いてみると随分と少なく
まだまだ行ってみたい町沢山あって、、
全然時間足りない!!

となってしまうのだが
それでももうここまできてしまった


人間不思議なものでこう期限が決まっていると
急に元気が抜けてきてしまう

「どうせまたインドは来る事になるだろう」
「今回で回りきれる訳ないのだから」
「だったら今回はこれくらいでいいか、どうせ一ヶ月半しかないのだし」

いやそれは僕が怠け者なだけか


まだ二週間弱残っているインド滞在
行こうと思えばまだ他にもいける都市はあるのに
僕達の、
少なくとも僕の心はすでにインドにはあらずで
次に向かう新しい土地に行ってしまっている


よくないなー


と少し感じつつ
結局動かずにそのまま流れていっている
心がここに在らずなのでこれがきっと覆る事はないだろう






ただ、


いくらなんでもこのままデリーは味気無い
と、路線図をみたらちょうど途中にアグラーがあるではないか!
タージマハルは見ておかなきゃみんなに怒られる
どこか寄り道する訳でもなく途中下車で寄れるのだからいいではないか
何も考えずに行く事が出来る

というずるい考えの下、アグラーに途中下車






生半可な気持ちでやってきたので殆ど何も調べないでやってきた

きっと駅にクロークがあるだろうからそこで荷物を預けて
アグラーなんてみんなタージマハル見に行くに決まっているのだから
駅に行ったらそこで地図やら客引きに場所を聞いたりしていけばいいだろう

そんな感じ
そりゃあ上手くはいきません

朝駅に着いた時にはクロークは開いていなかったので
そこで待つ事になったのだがなかなか開かない
待つ心の準備なんて勿論していなかったのでイライラしだす
その間にアグラーからデリー行きのチケットを買おうとするのだが
なんとその電車は違う駅から出ているという


折角何も考えずに楽な途中下車を選んだのに結局こんな事態に


オートリキシャーの運転手にタージマハルの場所を聞く
すると地図を見せてくれるが
ここから歩いていける距離ではない

しょうがないのでいくらか聞いてみると
一日ハイヤーで200ルピーなんて言う
今まで一度に使った事無いぞ、そんな金額!?
値下げを試みるがなかなか下がらない

しょうがないので他の運転手に話しかけてみるも
みな同じような値段

タージマハルに行って
またこの駅のクロークに荷物を取りに来て
それからまたデリー行きの電車が来るという別の駅に行かなくてはいけない

しかも追い討ちをかけるような事実
タージマハルの入場料が想像を遥かに超える金額750ルピー


もう頭のスイッチは切ってあるも同然だったので
そこに容赦無くどんどん降って来る選択に
ただいらいらするばかり












結局150ルピーで一日ハイヤーという贅沢を選択

こういう時は勢いに頼るしかないが
その勢いは大抵暴発気味で思っている方向には進まない

もう何も考えるまい

ここアグラーではそれ以外に何もしないと決めた
そうでもしないと何だか大きな失敗をしそうで怖かった









駅に荷物を預けてタージマハルへ

タージマハルの壁の周りには沢山の家々が寄り添っていて
その間を縫う狭い道には自転車にリキシャーに牛がひしめき合っている


20100704 (2)


その間を無心で進んで行く
観光客相手の店が並ぶ門から続く道
沢山の客引きから声を掛けられるがすべてを聞き流す


20100704 (3)


少し日本語を喋れるという男が話しかけてきた
その人は丁寧に入場の手順を教えてくれているみたいだ
ただその遣り取りを完全に愛二に任せてしまう

今何か手を出したらすべて思いもよらない方向にいってしまいそうだ
そんな不安だけがずっと自分の周りを付いて回っている
それにまとわり付かれない様に必死にそっぽを向いて
足早に進んで行く






荷物検査があって
それから入場

ゲートのすぐ向こうにはちょっとした空間があって
その先にまた一つゲートがある

何だかディズニーランドみたいだ

みんながこの空間で荷物の確認やまず、の記念撮影をしている
これから現れる『例の景色』にみんながそわそわしているのがわかる


20100704 (4)







ゲートに入ると暗いドームの下に沢山の人が蠢いている
さっきのみんなのそわそわが反響して
ぎゅっと閉じ込められている

そんな暗い先に白い光の塊

そこに出口があるのがわかる


20100704 (5)





どうやらその白い塊はただ光の塊では無い様だ
形がある










例の景色


20100704 (6)









心は

ちょっと動いた
どうやらびっくりして少し戻ってきたみたいだ




大体有名であればある程景色はがっかりしてしまう
特に人工的なものであると

でも

これは確かに少しびっくりする

何だろう、中途半端ではなく
どこまでも限りなく人工的

線対称
高さ、角度、大きさ
全部何も隠さず人工的
植えられている木々も生きているように見えない

ここまで開き直って人工的だとすっきりするのかもしれない




素晴らしく人工的
人間の感覚を超える人工物


20100704 (7)


不思議な事に人間が作り出した人工物が
結局矛盾を抱えている一生物としての人間の感覚を超えるというのは

はっきりと引かれた建物のライン
でもそこまでハッキリと区別をつけられない曖昧な人間
どこに接点があるのか
生産者と生産物という繋がりがある筈なのに


それを表すかのように
タージマハルの床は太陽の熱を際限無く吸収して
熱くて僕達はゆっくりと歩いてられない

靴を脱がなくてはいけない本堂の近くでは
みな小走りに行くか日陰を見つけて歩いていく






近くに寄ってみても
とんでもない印象はなかなか消えない
真っ直ぐ迷いの無い感じ


20100704 (8)


壁の装飾も色が使われていながら
かっちりとはまっていて何とも冷たく感じる


20100704 (9)



まさかこんなモノがインドにあるなんて










唯一安らぎを感じた建物入り口

そこには日陰を求めて沢山の人が座っていた
沢山の人間が息を抜いている
この空気感がまたさらに人を呼んで一番盛り上がっていた

辛うじて現れたタージマハルの中のインドの喧騒


20100704 (10)



喧騒と白亜の宮殿
全然合わないこの組み合わせ


何だかちょっとこの景色を見て安心した
だからこそこの建物がここにあるんだという理由が










結局曖昧で矛盾した物がいいのかもしれない



いや、違うな



矛盾を見つけて安心するんだ
そこに人間らしさをみて












きっと一ヶ月いてこのインドを受け入れてしまっていたから
矛盾を楽しめなくなった僕の心はそっぽをむいてしまっていたんだ



20100704 (11)







『沐浴』後



無事に『沐浴』らしきものを済ませたその日の夕暮れ時
僕はまた一人でガンジス河のほとりへ行った


いつもよりも涼しい風が吹いていて気持ちがいい
もう暗くなって河沿いの石段に当たるオレンジ色の街灯の光だけ
そこにガンジス河が流れているのはたまに通る船や灯篭の火でわかる


僕は石段に腰を下ろして何も見えない先を見ていた


暗闇とは何も無いとは違う
そこにはやはり見る対象はある





20100701-4.jpg









前日に僕達がガンジス河に入ると言った時
宿のオーナーが僕達に言った事を思い出す


「ガンジス河に入るのはいい事だ、是非するべきだ
 入る時はヒンドゥーの神を想わなくてもいい
 君達の信じる『神』を想って入りなさい
 そうすればきっといいだろう」


『神』と書いたが実際には彼は『ゴッド』という単語は使わずに
『信じるモノ』とだけ言った



間違い無い
信仰とはそういうものだろう



ガンジス河はインド人の沢山の想いが詰まった場所である
それは傍からみればただの河かもしれないが
事実ガンジス河はインドの歴史に大きく寄与している

そのインドにとってのガンジス河と同じ様なモノは
インドと言わず世界中に、勿論日本にだって存在する

実際には物理的な働きしかないかもしれない
河は生活にはなくてはならない
水がある事によって人々の生活が豊かになる

世界を見渡せば古来早くから発展した都市は
殆ど洩れなく海沿いか河沿いである

そんな実際的な理由から人々は豊かになり
文明を営んで都市的生活を享受する
その感謝に畏怖の念から河に対しての信仰が出ても不思議では無い


ただ実際的な所から信仰が生まれたとしても
既に人類史は長く続いていて信仰から歴史が作られるのも数多である
それはエルサレムの例を出すまでもなく世界中にある


だからこのガンジス河信仰がただインドの人の心にだけ響く
と言って単純に傍から眺めるのはオカシイであろう
どちらかといえばオーナーの言葉が正しいと僕は思う

どんな対象でもどんな人種であっても
想うというのが人間でありそこに大差は無い

ちょうど皮膚の色や髪の質に言葉は違えど
結局人間は人類と言う生物学的には同じ科目に属しているのだから


ガンジス河であろうとヒンドゥー教であろうと
そこには人々を時には戒め時には鼓舞した歴史があって力が宿っているのだから
信仰の対象がなんであれ信仰があるのであれば
それは思想や様式の錯誤があろうとも大した問題では無い気がする

それが本当の信仰では無いだろうか












僕は黒いガンジス河に向かって手を合わせる


朝ガンジス河に入った時はその行為自体に注意をとられて考える余裕が無かった
それもしょうがない話である

ただ僕は一度『沐浴』をしたのであるから
一つ祈りを捧げてもいいのではないだろうか
そんな権利を主張させて欲しい



僕には信ずる特定の神はいない



僕には僕の良く知っている人達しかいない



すべての僕の信頼すべき家族が常に安らいだ心でありますように
すべての僕の尊敬すべき師が常に新しく道を開きますように
すべての僕の敬愛すべき友が常に刺激的に前進しますように




僕に繋がるすべての関係

相手とその糸に一層の強さを持ちますように









祈りすぎだろうか


構うまい、想いが大事だ







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    ふらふら何処かへ酒飲んで本読んで人と話してぼーっとして海に入って空飛んでバスに乗ってまたふらふら何処かへ、、何処へ?うーん。。とりあえずの試行錯誤継続鍛錬。

    2009年5月、日本を後にし、ゆっくりだけどそのうち加速予定。

    未熟ながらもなんとか自分の言葉で世界を書き起こしたい。ただいまその道中。


    name : LAN
    now : Quito ( Ecuador )
    latest update : 20120816
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